第1786話、一つの決断
子供は可愛い。自分の子供となれば、それが十一人目であろうとね。
兄弟姉妹、母親たち、そして俺の愛情を受けてアリーシャもたっぷり愛されて生きてほしい。
もちろん、他の十人の子供たちも、俺と結婚した彼女たちも。
そうやって家族と過ごして、それに没頭できたらよかったんだけど……。
どうにもね、頭の中をよろしくないものがチラつくわけだ。そのことをベルさんに相談したら、あの魔王様は――
『ジン、そいつは病気だぜ?』
……そうだろうね。大陸戦争が終わって、なおも精神的に引きずっているんだ。
戦場の空気。焼きはらわれた村、町。殺された人々、戦場で倒れた兵士の死体。それを記憶から引きずり出したのは、ここ最近の事件。特にヴァラン人によるニーヴ・ランカ人虐殺だろう。
ああいうことは、やっちゃあいけないんだ。テラ・フィデリティアの戦闘規範にも、民間人への攻撃は認められないってある。
戦争ってのは、攻撃は軍事目標に限定するもので、インフラを破壊するにしても民間人を無差別に殺すことは駄目なはずなんだ。
……ああ、いかんいかん。また思考が飛躍した。前の世界の歴史とごゃちゃにしてはいけない。この世界では、民間人を攻撃するのはよくあったことなんだ。国や民族以前に、盗賊が辺境集落を焼き打ちにしたり云々……。あれも非道だけど、虐殺とは違うな。あー、もう!
「――ということで、ちょっと現実の空気を吸いにきた」
シーパング領にあるニーヴ島。ニーヴ・ランカ人の町に俺は来ている。表面上、活気があって、難民たちが人らしい生活を送っている。
俺が声をかけたのは、以前相談にやってきたラドーニ氏。ヴァラン人の虐殺を止めさせ、奪われた故郷を取り戻すため、力を貸してほしいと頼んできたニーヴ・ランカ人だ。……俺から声をかけられると思っていなかったのか、吃驚していたけど。
「その、お子様が生まれたそうですね。おめでとうございます、ジン・アミウール様」
「ありがとう」
俺は答えるが、少し気持ちが入っていなかったかもしれない。ラドーニ氏も、そんな上の空のような俺の返事に首をかしげる。
「どうか、されたのですか?」
「赤ん坊の手というのは、とても小さいんだ」
「え、ええ、そうですね」
「それに柔らかい」
折れてしまいそう。弱いんだ。とてもね。
「俺は娘――アリーシャというのだけれど、彼女は元気に育ってほしいと思っている」
「……」
「だけど、世の中には、何の力もない子供ですら、殺す恐ろしいことが起きている」
ニーヴ・ランカ人のラドーニ氏の前で言わなくてわかるだろうが、今だとヴァラン人が、ニーヴ・ランカ人というだけでまだ何も悪いことをしていない赤ん坊ですら殺している。
「胸が痛いよ。俺にとっては、見ず知らずの他人なのに……。アリーシャを見ていると、その見知らぬ赤ん坊でさえ、他人のように思えなくなる」
「同情、ですか……」
「重ねてしまっている。それが自分の子供だったら、と思うと恐ろしくてたまらない」
俺は天を見上げた。空はこんなにも晴れているのにな。辛気臭くなってごめん。
ラドーニ氏は、いたたまれないという顔で言った。
「こういうことは、許してはいけない。罪もない子供ですら殺すということは」
「そうなんだよ」
俺は同意する。
「あってはならないことなんだ。本当なら」
「ですね。ですが、今まさに我が民族が、ヴァラン人によって虐殺……迫害されている。我々は逃げることしかできず、シーパング同盟も動いてはくれない」
ラドーニ氏は言った。それには、反論させてもらうよ。
「俺たち同盟が大帝国や吸血鬼と戦っていた時、ニーヴ・ランカ人は何をしてくれた?」
「……」
「ニーヴァランカは動いてくれなかったよ」
「だから、見捨てると?」
どこか絞り出すようにラドーニ氏は言った。本当は怒鳴りたいが、それを懸命に抑えているように。
「……すみません。シーパング同盟はともかく、あなた様は我々を救い出してくださったのに」
「気持ちはわかる。俺があなたの立場なら、同じことを思っただろうからね」
人にはそれぞれ立場ってものがある。
「立場、立場なぁ……。あなたにはあなたの、俺には俺の立場がある。それはヴァランの王にだってあるし、シーパング同盟のお偉い人たちにもある。規模が大きくなればなるほど、個人の意思だけではどうにもできない事柄も増えていく」
前にも言ったかもしれない。王様で侯爵で、不本意ながら神様なんていわれていると、迂闊な行動は、簡単に他に迷惑をかけてしまえるんだ。
「それで、考えた結果、一つの答えに辿り着いた。ラドーニ氏」
「はい」
「虐殺はいけないことだ。特に相手と意思疎通ができるのであれば」
「はい……」
「止めるべきだ。悪いことだからね」
「そうです。……もしや、ジン・アミウール様は、国ではなく、個人でお力添えをしてくださるのですか!?」
「あなたは少し性急だね」
これには俺も苦笑だ。ラドーニ氏は早まったとばかりにばつの悪い顔になった。個人で助けてくれる人を探すのも手だと勧めたのは俺だから、わからないでもないけど。
「俺の考えを言おう。俺はちょっとした、とある武装団体を立ち上げようと思う」
「武装団体、ですか……?」
だから、ラドーニ氏、そこで期待するような顔をするのはやめてくれ。話を全て聞いたら、あなたの期待とは違うものだとわかるから。
「正直、相手がヴァラン人だから戦うのではない。それは、あなた方ニーヴ・ランカ人の問題だ。よろしいか? 俺が戦うのは『虐殺』という行為に対してだ」
「……?」
「理由を問わず、『虐殺』行為を行う者に対して、それをやめさせるまで戦う抵抗組織を結成する。つまり、今現在、ニーヴ・ランカ人を虐殺するヴァラン国に対して、シーパングとも同盟とも関係なく、俺個人の組織が宣戦を布告する」
「!」
「だが同時に、ニーヴ・ランカ人がヴァラン国の虐殺に対する報復として過剰なる報復、ヴァラン人への虐殺行為に走ったら、それに対しても俺は攻撃する。虐殺行為とあれば、たとえそれがシーパング同盟であったとしても、やめさせるまで戦う――そういう組織を俺は作ろうと思う」
虐殺に対するカウンター。いかなる国、民族が相手だろうが関係ない。
「如何なる理由があろうとも、虐殺はいけない。……そうだろう?」
それ以外の解決方法を模索してくれ。人間は、相手を皆殺しにする以外に解決方法がないほど、話のわからない種族ではない。そう思いたい。
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