第1782話、家族は癒し
「おかえり、パパー!」
「やあ、ルマ。お迎えか」
帰宅した俺に、娘が早々に抱きついてきたので、逆に抱っこして一回転。シェイプシフターメイドの挨拶を受けて、居間に入ると子供たちが夕飯前にお絵かきなどをして、適当に過ごしていた。
「おかえりなさい、ジン」
「やあ、アーリィー。ただいま」
愛する妻に身を寄せ、挨拶の頬キス。また少しお腹が大きくなったような気がするのは気のせいかな?
「大丈夫か? 予定じゃ来月……ってもうすぐじゃないか」
「そうね、とても元気な子よ」
アーリィーは愛おしそうにお腹を撫でる。新たな命がそこに宿っているのだ。
「女の子かな。男の子かな」
「どちらだって、ボクたちの子どもだよ」
それはそう。貴族や王族になると、お世継ぎができないと、母親が悪いなどと見る悪しき習慣がある。だから男の子を、なんて周囲がプレッシャーをかけてくるものだが、アーリィーはすでに両方を生んでいるから、そういう重圧からは解放されている。
子供たちも新しい弟か妹の誕生をわくわくしている。うちの子は皆いい子だからね。時々喧嘩することもあるけど。……もう少し大きくなったら、反抗期が始まって、盛大にギスりはじめたりするのかなぁ。
期待と不安を抱えつつ、賑やかな夕食をとった後、のんびりタイム。居間には、俺とアーリィー、そしてエレクシアがいて、食後のお茶を楽しみつつ談話中。
子供たちはアヴリルとリムネが遊びに付き合っている。……二階は賑やかだなー。
「――それで、ニーヴ島はどうですか?」
シックな装いのエレクシアが、聞いてきた。普段のドレス姿の女王様と違って、優しいお姉さん風に感じられるその姿。彼女のプライベートが見えるのはここだけ!
俺の方が年上なんだけどね。彼女はだいぶ大人びているように感じるのは、それだけ年を重ねたということだろう。
「仕事の話かい?」
「プロヴィア女王として気になることもありますけど、あなたの妻として、夫のことを知りたいというのが強いですよ。ねえ、アーリィー?」
「そうだね、エレクシア。で、ジン、どうなのそっちは?」
「問題はない。……少なくとも表面上は」
「ひっかかる言い方だね」
「何が心配なんです?」
心配って言ったら――
「ある程度、予想はしていたんだけど、避難したニーヴ・ランカ人の中には、故郷奪還を考えている人がいる」
「当然ですよね」
「そうそう。自分の生まれ育った国だもの」
エレクシアとアーリィーは、即答に近かった。
「それで、シーパング同盟に助けてほしい、と」
「そうなんだけどね……」
今は皆、戦争なんてしたくないから、ニーヴ・ランカ人が助けを求めても、同盟は動かない。
「国家は慈善団体じゃない。政府を動かすなら、国民の不利益になることはしない。それでもするというのなら、何かしらの見返りがなくてはいけない」
タダではやらない。つまりはそういうことだ。国が他国を助けるというのは、何かしらの利が発生しているということだ。
「今のシーパング同盟に、ニーヴ・ランカ人を助けるだけの動機やメリットを用意できないと、彼らの望みは果たされない」
「まさしく」
エレクシアは考え深げな表情を作った。
「今のニーヴ・ランカ人難民たちに、同盟を動かす飴玉はあるかしら……?」
「正当軍だったところは潰れてしまったんでしょ?」
アーリィーが首をかしげた。
「暫定政権もなければ、お金もない、物もない」
「土地を割譲する、とかそういうのだったら、ヴァラン国に土地を奪われるのと変わらないからな。ヴァランの虐殺をやめさせたい、自分たちも故郷で暮らしたいという願いだけでは、国家は動かせない」
「それをわかっているのに、あなたは深刻な顔をしてる」
エレクシアがやんわりと言った。今の、耳元で囁かれたら、ゾクリとしちゃうだろうね。清楚に見えて、男の動かし方を知っているからね、この人。
「何か問題が?」
「同盟が動けないなら、俺、ジン・アミウールが助けてくれないかってさ」
俺が言えば、アーリィーとエレクシアは顔を見合わせ、ニッコリ。
「国じゃなくて、個人できましたか」
「そういう方法もあるよ、って言った手前、まあ俺の方に来たって感じ」
言わなくても、遅かれ早かれ、個人援助に動いただろうけどね。ラドーニ氏も含めて、難民だって馬鹿じゃない。
「ちなみに、その頼みにきた人、女性?」
「どういう意味だい、アーリィー?」
「だってジン、女性の頼みは断れないでしょ」
「そうそう」
エレクシアは自身の恵まれた美貌に手をかけた。
「体を差し出すくらいの覚悟を示せば、あなたは助けるのではないかしら?」
わたくしを好きにしていいから、大帝国に復讐をして――昔のエレクシアは身一つしかなかったとはいえ、それで俺を動かしたんだから、まあ、否定はできないよね。
「……言っておくけど、恋多きだった時期はフリーだったからだ。今は、ちゃんと妻たちとしかしていない」
「そういう話をしているんじゃないのよ」
エレクシアは微笑んだ。
「で、個人としてのジン・アミウールはどうするつもりなんですか?」
「考えている」
俺は空になった湯飲みを、手の中で回す。
「かつての英雄魔術師だったなら、割と自由だったんだけど、今は何もしなくても、シーパング国やヴェリラルド王国の大貴族、プロヴィア女王の配偶者、エルフとアミール教の神とかついてくるからね」
正直、難民救済だってグレーゾーンだった。人道上といくら叫んだとて、そこにシーパング同盟の意思がー、なんて受け取られかねないのが、俺の立場だ。
「同盟各国に迷惑はかけたくない。ヴァラン国のやっていることはよくないけど、歴史を紐解いていくと、一方的にヴァラン人が悪いとも言い切れない」
だから虐殺が許されるわけではないけど。当事者であれば、何も考えず報復や復讐で動けるが――
「俺、ニーヴ・ランカともヴァランとも関係ない部外者だからな」
それぞれに正義があるわけで……。ああ、嫌だ嫌だ。俺、正義って言葉、嫌いなんだよな。
「……」
「アーリィー?」
お腹を押さえ出して、痛みに耐えるような顔をするアーリィー。エレクシアがソファーから立った。
「アーリィー、もしかして――」
「きた、かもしれない――」
陣痛が始まったかもしれない。おいおい、もう少し先じゃなかったのか!?
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