第1778話、救出活動の終わり
ヴァラン国のニーヴ・ランカ人排斥が進んでいる。
追撃するヴァラン人部隊から難民を守るべく、揚陸船『ペガサス』に収容した俺は、その難民たちに話しかけている。
現状、隣国を含め、シーパング同盟も、ヴァラン国と外交関係がほとんどないため、これといって干渉できない。
「今の体制がいつまで続くかわからないため、あなた方が元の場所に戻れる目処は立ってしません。数日? 数カ月? 数年?」
それとも……そんな日は来ないかもしれない。ニーヴ・ランカ人には気の毒なことではあるが。
たが、このまま虐殺されてしまうことに比べれば、ね……。
「そこでこちらが提案できるのは三つです」
一つ、シーパング国籍を取得し、シーパング人となる。
二つ、ニーヴァランカ国のニーヴ・ランカ人のまま、状況が改善するまでシーパングで生活する。当面、シーパング島に作った人工島がその居住地域ということになるが、外国人扱いなので、一定期間ごとに手続きなど色々必要。
また、法律についても、シーパング本国のものを守ってもらう。破れば軽度であれば一定の罰則が科せられるが、重度であれば国外追放。
三つ、ニーヴァランカ国の人間のまま、シーパング以外の他国へ移住する。同盟国と交渉する必要があるし、同盟外でも希望があるなら、そちらに送迎くらいはする。
「一定期間を設けますので、当面はシーパング島のとある島で生活してもらい、今後の身の振り方を考えてください」
俺がかのジン・アミウールで、お貴族様ということもあるからか、皆大人しく話を聞いていた。こちらが言う前に、説明を遮って発言する者はいない。お行儀がいいのは良いことだ。
それもひとまず温かな食事にありつけて、今は危険なく休むことができる場所があるってこともあるんだろうけど。
細かなことを言えば不満もあるだろうが、ここで拾われなかったら、今頃寒い荒野を歩き続け、夜盗や獣、追っ手のヴァラン人にビクビクしていたに違いない。
今後のことを、簡単にだが知らされたことも影響しているだろうな。この船がどこに行くのか、それすらわからなければ、まだ疑い深い人たちが警戒して、ろくに休めなかっただろうし。
……とはいえ、これだけ尽くしても、心身とも休めない人もいるんだろうな。
ヴァラン人が追ってくる悪夢を見て、よく眠れなくなったり、重度のストレスで具合が悪かったり。
さっきチェックしたら、医療関係の物資の消費が思いのほか早かった。いわゆる薬の類い。在庫については魔力生成で足りなくなることはないからいいけど、心と体のバランス、その維持は難しい。個人の気質なども影響するから、一概には言えない。
・ ・ ・
「ジン様」
戦艦『バルムンク』に戻った俺に、さっそくラスィアが声をかけてきた。
「ネーヴォアドリス国境で、予想通りトラブルが発生しているようです」
「予想通り、ね」
キャプテンシートに座る俺に、ラスィアは戦術モニターを操作した。
「ネーヴォアドリスへ亡命を希望する難民が、国境で足止めされています」
「これが予想通りって言うんだからね……」
ネーヴォアドリスは、新しく国となったヴァラン国と国交がないため、迂闊な行動が取れない。
戦争アレルギーなご時世。怪獣騒動とニーヴァランカ正当軍の国境侵犯問題で、民のご機嫌は斜め。ニーヴ・ランカ人が虐殺されている件についても、できれば関わりたくないと考えている。身から出た錆、自業自得。自分たちが巻いた種だろう、と。
人道上、助けるべきという声もあるだろうが、国境侵犯された際に、ニーヴァランカにいくつか集落が焼き討ちにされ、兵も民も殺されたとあれば、むしろ悪意を持った声の方が強いだろう。
国内で受け入れ反対の声が強いとあれば、ネーヴォアドリス国を統治する王家もまた、ヴァラン国との関係を考え、国境封鎖は妥当な判断であろう。
受け入れて国内の反発を高めるのはもちろん、どういう国であれ戦争はしたくない隣国から敵視され、戦いになったら目も当てられない。
侵略されたとなれば、シーパング同盟が加勢するのだが、同盟各国の民も、ニーヴ・ランカ人のために金と命を捨てる行為に疑問を持ち、どうして戦争の原因を受け入れたのか云々と議会への衝き上げも予想される。
要するに、誰もが対岸の火事ということでお茶を濁したいのだ。戦争アレルギーって怖いねぇ。人が死んでいるんだぞ!――自分で首を絞めたのが原因だろ、である。
「でも、お助けになるんでしょう?」
ラスィアは俺を見るのである。
「そうだよ」
一度こちらが救いの手を差し伸べたけど、怪しまれて拒否された人たちもいるんだろうけど、極力助ける方向で俺はやっていくよ。
「目の前で起きていることだからね。自分の目で見ている人間と、話を聞いただけの人間では考え方、受け取り方に温度差があるのは仕方がないことだ」
先の戦争アレルギーの人々も、目の前で人が虐殺されている光景を目の当たりにすれば、自業自得だよという感情より、何とか助けられないかと考えるものだ。もちろん、自分には何もできないと目を背ける人もいるし、それが大半かもしれない。
だが、内心の葛藤はより大きく、迷い、悩む。それだけでも大きな違いがある。
「国境の兵士は、辛いだろうな」
ニーヴァランカの人間を憎んでいる者もいるだろう。だがヴァラン人がやってきて、ニーヴ・ランカ人を一方的に殺戮していく光景を見てしまえば、良心の呵責に苛まれ、傷つく者も少なくないだろうね。
国境線の向こうで起きたことに手出しができないというのは、もどかしくもあるだろう。
「そういうのは、よくないよね。結局、誰にとってもさ」
俺は、ネーヴォアドリス国境へ『バルムンク』と『ペガサス』を向けた。そして揚陸艇を出して、国境の壁を前に立ち尽くしている難民たちへの収容を行う。
このままでは追いついてきたヴァラン軍に殺されると、絶望感に苛まれていた人々は、前回よりも多くが俺たちの救助に応じた。
ネーヴォアドリス人の拒絶を、じかに突きつけられたのも大きい。ここで収容してもらわないと、十中八九、人生が詰むことがわかってしまったからね。
結果的に、シーパング島の人工島を往復し、収容した避難民を下ろし、またヴァラン国とネーヴォアドリスほか同盟国の国境へ逃れようとしたニーヴ・ランカ人避難民を、さらに回収。往復を繰り返して、大半の人間を救助することに成功した。
ベルさんやマッドら、傭兵となっているメンバーが一部出張って追撃部隊を返り討ちにしていたことも、多くの避難民の命を救うことができた。
それでも頑なにこちらを拒んだ人はいた。隙間から国境を超えて密入国する人もいたが、それ以外は、同盟国以外の国へ逃れたり、あるいは追撃部隊の手で処分された。……自分たちで選んだこととはいえ……まったくもう。
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