第1770話、死にかけている人を救うにも理由がいる
出現した怪獣の討伐があらかた終わり、騒動に乗っかったネオ・ナチャーロは姿を消し、ネーヴォアドリスにちょっかいを出したニーヴァランカ正当軍は、大帝軍によって滅びた。
これにて一件落着! ……だと、よかったんだけどね。
「――どうしたものか、兄貴」
ジャルジー・ヴェリラルド王は、ここ最近の中でも取り分け険しい顔をしていた。そんなんだと、眉間の皺が残っちまうぜ。……とは思うものの、そうなる理由もわからなくもない。
「建国宣言をしたヴァラン国だがな、ニーヴ・ランカ人を虐殺している」
ヴァラン人は、ニーヴァランカにおいて支配者階級が多かったニーヴ・ランカ人の住処、財産、そして命を奪っているという。
「ニーヴァランカという国が、ひっくり返った。当然、殺されているのは上級民ばかりではなく、一般人が大半だ。ニーヴ・ランカ人であれば、誰彼構わず、な」
「日頃の恨み、なんだろうね」
俺は、先日勉強したニーヴァランカという国についての知識を思い出す。
「ニーヴ・ランカは、ヴァランを二等民というか、自分たちより下に見ていた。そういう普段の言動も、ヴァラン人に恨みを募らせる原因になっていたと思う」
こういう見下し、差別がなければ、ここまで苛烈な報復を招くこともなかったのかもしれない。普段から人を見下したり、攻撃的な人間も、ふとした時に逆襲されるから、そういうのは弁えて行動しなくちゃいけない。これは案外、他人事じゃあないんだ。だから普段の言動にも注意しないとね。
「とはいえ、一般人への虐殺は、穏やかではないね」
「本来、シーパング同盟としては、ニーヴァランカ――いやヴァラン国は、同盟の外。他国のことだから、あまりとやかく言えない。できたばかりの国に、力の差を以て内政干渉をすべきではない」
外圧をかけられる謂われはない、とヴァラン人には反発されるだろうね。虐殺なんかしなけりゃ言われなかったんだろうが。
「で、問題はここからだ。ヴァラン人の虐殺を逃れるべく、ニーヴ・ランカ人が国外へ逃れようとしている。国土の関係上、ネーヴォアドリスの国境にもな」
はい、ここで同盟国にも飛び火しようとしていますよっと。無関係を装うこともできなくなった、と。
「ニーヴァランカ正当軍による国境侵犯。以来、ネーヴォアドリスの国境線は強化された」
「まあ、そうだろうね」
二度も侵入されたら、ネーヴォアドリスの政権にとっても、軍にとっても沽券に関わる。三度目の侵入は許さない、と身構えているわけだ。
正当軍が潰れた今、軍は侵入してくることはないだろうが、今度は難民が押しかけてきている、と。
「軍の方から、難民救出すべきではないか、という声が上がっている」
ジャルジーは、複雑な表情だった。
「気持ちはわからんでもないが、国を預かる立場としては、それを安易に認めることに躊躇いがあるわけだ」
「政治は、一時の感情でやるべきではない」
怒りに任せて、戦争を仕掛けていいわけではないし、隣の国で虐殺をしているから、介入します、なんてことを王様が勝手に決めるわけにもいかない。
個人の行為なら自己責任で済む……いや済まない場合もあるが、ジャルジーのように王や、同盟軍のお偉いさんがそれをやると、同盟や国の民全員を巻き込むことになる。お上が勝手に始めた戦争に、俺たちを巻き込むな、って声も出るだろう。
軍から行動を求められる声が上がる、というのは、おそらくだけど、正当軍へ報復行動でニーヴァランカに従軍した現地部隊からだろうな。
人間、目の前で虐殺なんてやられたら、見て見ぬふりをするのも難しい。安直なヒューマニズムではあるが、こういう感情は人にとっては大事なものではある。
非道な行いを見て、何も感じないほうが異常であるし、気取って冷笑している奴は、おれはお前たちと違って冷静だぞアピールするお子様な精神構造をしているだけだ。
「オレたちの行動は、同盟の態度に繋がる。今のところ外交姿勢のわからないヴァラン国のこちらに対する態度が、敵対的なものになるかもしれない」
「直接、戦闘しなかったとしても――」
俺は腕を組む。
「ネーヴォアドリスが、難民を受け入れただけで、隣国との関係悪化の可能性はある」
「何をしても、向こうにとって損と見れば、態度を硬化させる」
ジャルジーは頭を掻く。
「虐殺が気にいらんからと武力をもって叩けば、真・ディグラートル大帝国や圧政を敷いていた帝国と同じだからな」
内政干渉。内政干渉か……。
「正直な話、一般人への虐殺行為も、ニーヴァランカという国であったことで、シーパング同盟には関係がない、と言ってしまえばそれまでだ。国境を閉ざし、逃げ場を失ったニーヴ・ランカ人が、ヴァラン人に殺されていくのを指をくわえて見ていればいいわけだからな」
「でも」
「でも――」
俺の『でも』にジャルジーは頷いた。
「だからといって外交がこじれて戦争になって欲しくない――それが民の声だ」
大陸戦争の反動。今は一般人の多くが、戦争から逃れたがっている。これは大陸東側ほど、つまり二大帝国に国土を蹂躙された者ほどそう感じている。
二度と戦争は見たくない。被害者たちのトラウマを思い起こさせるのだから、忌避するのもわかる。日常生活に支障が出るレベルの怪我を負った者もいて、消えない心の傷に、悪夢に苛まれる者もいる。
前線の助けたいという声も、ある種、そのトラウマなのだろうな。二度とああいう無抵抗に殺される人を見たくないから、助けたい。それで戦争になったとしても……という気持ちになる。
……どっちもわかるから、つらいな。
「難しい話だよ」
ジャルジーは頭を抱える。
「賛否両論あれば、なおのことな。どちらかに決めねばならない。政治だからな。いつまでも優柔不断というわけにもいかない」
同盟議会は、いざという時、即断できないのか!?――などとお叱りの声が上がる。何をやっても文句が出るというのは、たまったものではないな。
「仕方ないね」
俺は席を立った。
「国や同盟では動けないこともある。ならば、軍でも国でもない、ボランティアが動くしかない」
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