第1756話、蘇るあの男
シェールィにとって、その来訪は歓迎できるものではなかった。
それは無論、『神聖・魔法国』の魔術師たちにとっても。
「シェールィ、あれはいったい何者なんだ?」
ゴーロス遺跡の地下指揮所。神聖・魔法国が遺跡を改造したそこに、シェールィと魔術師たちはいた。
彼女らは、大帝国からの鹵獲品であるモニターとカメラを使って、外から着陸場とその上空の様子を見ている。
組織が使っている小型空中艇――旧大帝国の連絡艇が、遺跡に降りてくる。だが乗っているのは仲間ではなく、謎の男と思われる。
「何者かと言われても、相手は名乗らなかったわ」
シェールィは、僅かに苛立ちを滲ませる。
「でも、彼は私のことを知っていた。おそらく、私たちのことも」
マールスティルを殺したことを、知っている謎の男。おそらくニーヴァランカの者なのだろうが、シェールィには心当たりがなかった。
「わからないことだらけよ」
「そうだな。そもそもニェードラ探索に向かったフネだろうあれ。どうしてその謎の男が乗っているんだ?」
後から来たらしい魔術師からの疑問。シェールィは答える。
「ニェードラで鉢合わせしたらしいわよ。生き残ったのはルィーナクだけで、それも捕まったところまでは通信ができていたんだけど、そこで魔法具を没収された」
「では、ルィーナクは尋問されて、この場所は吐いたということか。これは処分も免れんな」
「彼がまだ生きていたら、ね」
そこで、風の噂魔法具が、交信状態になった。それを見やり、魔術師たちは緊張を新たにする。
「来たな」
「正体を探るんだ、シェールィ」
「別の誰かかもしれないわよ?」
風の噂魔法具を持っているのは他にもいる。その通信かもしれないというシェールィだが、魔術師たちは首を横に振る。
「十中八九、あいつだろう」
遺跡に到着した連絡艇。周りが見守る中、魔法具の通話機能を起動させる。
『外していたから聞いていなかったのだけれど、誰か使ったかしら?』
『あー、切っていたのか、それは仕方ない』
例の謎の男の声だった。
『君たちの遺跡に到着したんだがね。見えているだろう? このまま降りても問題ないか?』
そう言いつつ連絡艇は、着陸寸前である。
『許可した覚えはないわ』
『こちらも許可された覚えはないな』
ズウンと着地したような音が、聞こえたような気がした。モニターを注視していた魔術師たちが、シェールィを見る。風の噂魔法具は念話通信なので、同じく魔法具を持っていないと話の内容がわからない。
『ずいぶん乱暴なこと。こちらでは名乗らないお前をどう呼べばいいかわからずに困惑してる。それは大変失礼なことではなくて? 私のことを知っていて、そちらは名乗らないのは、フェアではないわ』
『言っても問題ないか?』
うん? 周りの風の噂魔法具を持っていた者たちが怪訝な顔になった。シェールィも、相手の言い回しが変なのに首をかしげる。
『おかしなことを言うのね。聞いているんだから、答えればいいのよ』
『言っても信じてくれるか自信がないんだがね……』
もったいぶった言い回しである。怒鳴りつけたい衝動をシェールィはこらえた。
『私の名前は、クルフ・ディグラートルだ』
『!?』
ガタンと驚きのあまり椅子から落ちた者がいた。風の噂を持っていない者は何事かという顔をするが、逆に持っている者たちは激しく混乱した。
『元大帝国皇帝といえば、お分かりいただけるかな?』
『クルフ・ディグラートル……そんな。お前は――』
喘ぐように息苦しくなるシェールィ。
『クルフ・ディグラートルは、先の大戦で死んだはず!』
『残念だったな。私は不死身だ。……噂くらいは聞いたことはないかね?』
不死身の大帝国皇帝ディグラートル。確かに大戦中は、そんな噂はあったけれども――シェールィは助けを求めるように、周りを見るが念話通信を聞いていた者たちも激しく動揺していた。聞いていなかった者たちは、場の豹変ぶりにただただ困惑している。
「いったい何だ? 誰だったんだ?」
こらえきれなくなって問う者が現れる。シェールィは唾を飲み込んだ。
「クルフ・ディグラートル……元大帝国皇帝と」
「馬鹿な!」
「クルフ・ディグラートルは死んだはずだ!」
聞いていた者たちから、すでに思っていたことを改めて言葉としてぶつけられる。
「嘘だ。こいつは嘘をついているんだ」
「嘘……? 偽名だって言うの?」
「そりゃあそうだろう。だって、そいつはもう――」
そう言われると、確かにこちらの動揺を誘うために嘘の名前を名乗った可能性があった。有名な故人を名乗ったところからして怪しいといえば怪しいのだ。
『シェールィ、聞いているかな?』
あまりに沈黙が長くて、自称クルフ・ディグラートルが確認してきた。シェールィは呼吸を整える。
『ええ、聞こえるわ、自称クルフ・ディグラートルさん』
敢えて、自称に力を込めた。嘘でも騙されないよという意思表示。
『それで、自称元大皇帝さんが、何の用で来たのかしら?』
『ここ一連の怪獣騒動。マールスティル氏のことを含めて話をしようというのだ。……最初にそう言ったはずだが?』
『ええ、そう。そうだったわね。わかった。話しましょう。直接会って――よね?』
『通話で済むなら、わざわざ来なかった』
愚問だった。シェールィは仲間たちの反応を見ながら言った。
『迎えに行くわ。待っていなさい』
シェールィは念話通信を切った。動揺する魔術師たち。
「会うのは危険では?」
「ここまで来てしまっているのだから、会わないなんて選択肢はもうないのよ」
嘘か本当かはわからないが、シェールィは自称クルフ・ディグラートルと会う覚悟を決めた。
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