第1736話、燃える
状況が切迫していると、人は突拍子もないことを考えたりするものだ。
ニーヴァランカ側の伝説の獣資料を参照したものの、どうにも判断材料が不足しているので、俺は、直接、ニーヴァランカ正当軍の拠点に乗り込むことにした。
「正気ですか!?」
ラスィアが声をあげた。俺は正気だよ。まともであるかは自信がないが。
「あまり時間がない」
何せ、大怪獣オオサンショウウオは、なおも歩みを続けているからね。
こいつが崩壊の日とやらの元なら、さっさと退治するが、救世主の可能性が出てきた。それが事実だった場合、討伐は世界崩壊を加速させる。自らの手で自分たちを破滅させることになるのは愚かの極みだ。
「崩壊の日というのも、イマイチわからないからな。人の手に負えないものだったら困る」
怪獣、伝説の獣とやらが唯一の対抗手段でないことを思いたい。人類が力を合わせれば乗り越えられるレベルだといいが、それで犠牲になる人々の数を減らせるなら、伝説の獣に頼るほうがいいこともある。
「グレーニャ・ハル。この伝説の獣や崩壊の日を研究しているニーヴァランカ側の学者はわかるか?」
俺は情報局と繋いである通信で、ハル局長に問うた。戦術モニターに映る彼女は、手元の資料に目を落とした。
『何人かいるけれど、ヴェク・マールスティルという魔術師にして学者が、第一人者のようね』
「じゃあ、直接会いに行こう。場所はわかるか?」
『西部ニーヴァランカのリターチ地方にある、リターチ城。古い城なのだけれど、ここにいるのは間違いない。……いま、地図データを送った』
「さすが」
手回しがいいね。こちらが必要なものを、俺が言う前に手配するところが心憎い。ちなみに、本人の写真まで送られてきた。撮影は、シェイプシフター諜報員の隠し撮りだろう。
「オオサンショウウオもどきの動きは、監視衛星で見張っておいてくれ。『バルムンク』はリターチ城へ向かう」
ステルス航行を準備。さすがに、何かときな臭いニーヴァランカのことを考えると、シーパング同盟所属船籍が堂々と侵入するのは、外交上よろしくない。無許可のそれは国境侵犯だからね。
同盟軍にニーヴァランカ侵攻の意志あり、と向こうに思われて、戦争の原因にはなりたくない。内戦状態で、それどころではないと言ったとしても、些細な恨みは結構尾を引くものだから。不安の種は作らない、残さないように努めるのがいい。
・ ・ ・
ということで、寒風……は吹いていないが、ニーヴァランカに転移移動した。
……どうも俺の中では、雪の国という印象があるんだよな、ニーヴァランカって。さすがにシーズンではないので、雪は見えなかった。
『リターチ城を確認』
シェイプシフター航法士が報告した。ラスィアが、表示された城の全体を見つめる。
「古城……廃城、どちらでもとれそうですね」
「一応、警備はいるようだが、あまり人数はいなさそうだな」
城ではあるが、そこまで大きいわけではない。小さくもなかったが。
石造りの頑丈な外観。小高い丘を中心に造られているためか、堀はないが、周囲に比べて高い印象だ。地形と合わせて城壁の高さを稼いでいるんだろうな。
俺はキャプテンシートから立った。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。フネを頼むよ」
「お一人で大丈夫ですか?」
ラスィアは、あくまで業務上の確認というそっけなさで聞いた。
「戦争しにいくわけじゃないからね。ちょっとお話を聞きにいくだけだ」
ただ、怪獣の今後もあるから、あまりのんびりもできないが。
「正攻法だと、良くて門前払い、悪いと足止めで時間をとられそうだから、スニークミッションといこう」
「良いほうが門前払い、ですか」
皮肉げに笑うラスィアである。そうとも、下手に通されて、上司に相談するとか言われて待たされるのならまだしも、その上でマールスティル氏と面会できない、なんてパターンが最悪だからね。
伝説の獣、事はネーヴォアドリス領の侵犯と関係もしているし、俺がシーパング同盟関係者だから、むしろ警戒されるのがオチだ。
結論、正攻法で会える可能性は低く、かつ面倒になる可能性が高い。だから、ここはこっそり行くのさ。
ステルス、ステルス……。
・ ・ ・
戦艦『バルムンク』も潜伏状態で消えている中、俺は短距離転移で、リターチ城に降り立つと、透明マントで姿を消す。魔法でもいいけど、何らかの魔法作用が干渉すると解けてしまうから、装備のほうがいい。
警備の兵の目を逃れ――と、何だ? 城内が騒がしいような……?
『ラスィア、聞こえるか?』
俺は念話を飛ばす。すぐに彼女から念話が戻ってきた。
『聞こえています。何かありましたか?』
『そのようだ。どうも兵の動きが慌ただしいが、外から何か変化はあるか?』
『お待ちを』
ラスィアの返事を待つ間も、俺は城内を進む。武器を手に早足で移動する城の兵たちと、何度かすれ違う。
これは、侵入者でもあったかな……? 俺も侵入者といえばそうだけど、気づかれていないはずだから、別の誰かということになるが。
『ジン様。観測の結果、こちらからは特に何かわかるようなものはありません』
というラスィアのお返事。ふむ……。
『若干、見張りの兵の動きが早くなっているのを確認しましたが……』
『もしかしたら、先客がいるかもしれない』
とりあえず、城のマップデータを参照しつつ、ヴェク・マールスティル氏がいるという地下の研究室へ足を向ける。
「――本当なのか、マールスティル様が殺されたというのは?」
「そうらしい」
急ぎ足の兵二人組が、そんなことを話ながら、通路を通り過ぎていった。……おいおい、一番聞きたくない内容だぞ、今の。
ネタバレというか、何があったのかわかってしまったが、実際に確認しないとな。目的の地下室前に行けば、若い女性魔術師が出てきた。
弟子かな? 彼女が去って行くのを見届け、中の様子を魔力で探る。室内が熱をもっているのがわかる。これは、もしかして燃えてる!?
おいおい、間違いでなければ、室内は火事か!?
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