第1735話、それは果たして同一の存在なのか
「――それで、ジン様。攻撃はしないんですか?」
ラスィアが真面目な顔でそう言った。戦艦『バルムンク』の艦橋。キャプテンシートに座る俺は……うーん、ちょっと考え中。
「どうされました?」
「考えている」
「ええ、そうでしょうとも。途中でも構いませんので話してくださいますか? それか、あの怪獣への対処を」
「それを考えているんだよ」
俺は腕を組んで、思考中。
「このブラッソは山岳地帯で、幸い、人の集落からは遠い。考える時間をくれ」
集落から遠い、というか、現ネーヴォアドリス領、旧トレイス王国は、そもそも人口がまばらだ。大陸戦争で酷い目にあって国は潰れ、民は逃げた。新しくネーヴォアドリス人がきたけど、それもまたさほど多くない。
「わかりました。……で、何を考えているんです?」
ラスィアが問うので、俺は肩をすくめる。
「怪獣が大陸の数カ所で同時発生したのは偶然かい?」
種類も違う巨大生物が、時を同じくして現れる。これを偶然と言うには、出来すぎている。
「ああ、サーペントもどきを倒す前にも、ベルさんとそんな話をしていましたね」
ラスィアは頷いた。
「早く背後関係を調べたいから、さっさとやっつけないといけない、とも」
そこでダークエルフさんは目を細めた。
「……で、この怪獣は倒してしまわないんですか? 早く倒して調査するんですよね?」
「倒してしまっていいのかな、って思ってさ」
もう二体――同盟軍艦隊やベルさんの分も含めるとさらに二体撃破したわけだけど。
「ちょっと、早計だったかな、と思ってる。レヴィアサンの時のように、保留すべきだったかな、と今さらね」
「しかし、怪獣たちは人々の村や町を破壊していましたから、放ってはおけませんでしたよ」
だから、救援要請に従い、同盟軍艦隊が動き、俺やベルさんも討伐に参加した。
「そうなんだけどさ、怪獣からしたら図体がでかいから、何の遠慮もなく歩いていただけで、人間なんか気にしていなかったかもしれないよ?」
人間側が自分たちの住処を守るために攻撃し、それに対して怪獣が反撃してきたから、攻撃的に見られているだけかもしれない。こちらが仕掛けなかったら……いや、その場合は、普通に町とか踏み潰されていたか。
「ニーヴァランカで、怪獣のこと、伝説の獣とか言われていたらしい。そういう伝説が残っているんだけど」
俺は、ラスィアを見た。
「その伝説、こちらでも調べられないかな?」
レヴィアサンの卵の件で、ダスカ師たちが調べているんだけど、その手掛かりになるかもしれない。何せ、怪獣のことを伝説の獣なんて呼んで、伝説として残っていたわけだから。
「なるほど、では早速」
ラスィアはコンソールに向き直り、何がしらの操作をした。少しして、シーパング情報局から、こちらに通信が入った。
『割と、いえ、とても忙しいのだけれど――』
グレーニャ・ハル局長がモニターに出た。俺は苦笑する。
「すまんね。ラスィアがどう送ったか知らないけど、忙しいなら部下に任せてもよかったんじゃないかな?」
『あなたからの通信は、何かしら重大な情報があるかもしれないから、重要視しているのよ』
「……ラスィア、どういう通信送ったの?」
俺が確認すると、副官さんは事務的に答えた。
「伝説の獣にまつわるニーヴァランカ側の資料を要求しただけですが?」
「そうらしいが……資料あったらもらえる?」
戦術モニターのグレーニャ・ハルに視線を戻す。彼女は首をわずかにかたむけた。
『怪獣退治のヒント探し?』
「今回の騒動の背景を知りたいんだよ」
怪獣の同時多発について、正確な情報を知りたい。ということで、グレーニャ・ハルにも、ラスィアに言ったような説明を簡単にしておこう。
『――その手掛かりが、ニーヴァランカの伝説にある、と?』
「あったらいいよね」
ダスカ師たちも頑張っているだけどね。怪獣が出てきてしまった以上、情報は早いほうがいい。
「って、何を読んでいるんだい?」
『諜報員が記録したニーヴァランカで伝わっている『伝説の獣』についてのメモ』
「それが見たいんだよ!」
『たった今、そちらにもデータを送ったのだわ』
「おお、すまない」
手元のモニターに転送されてきたファイルを呼び出し、参照。まず目に入ったのは。
「崩壊の日……」
何とも不吉なワードだ。
『「その日、大陸中の獣は目覚め、世界を災厄から救う……?」』
ハルが眉間にシワを寄せる。
『この目覚める獣というのは、怪獣のことだと思っていたのだけれど……これには、その怪獣が世界を救うという風にも読める』
「災厄というのが何なのか気になるね」
伝説の獣が怪獣であるなら、あの怪獣たちは、降りかかる災厄から世界を守る存在。守護神のようなものであり……もうそれを四体も倒してしまったんですけど?
「敵だと思っていた怪獣が、世界を救う鍵になるかもしれないということですか?」
同じく資料を見ていたラスィアが席を立った。
「これはすぐに議会に報告して、軍による討伐を中止する必要があるかもしれません」
「ちょっと待て」
『待つのだわ、ラスィア』
俺とハルがほぼ同時に、ラスィアのそれを止めた。
「まだ資料を全部読み込んでいない。その判断は早計だぞ」
『そうなのだわ。こういうのはそれらしい答えを見つけても、検証なしで飛びつくものではないわ』
しゅん、となるラスィア。
「仰る通りです……」
かつてのサブマスターだからこそ、慌てて答えを出して動いてはいけないのがわかる。
「そもそも、怪獣と伝説の獣を同一の存在と見ていいのか、疑問だ」
俺は引っかかっている点を指摘した。
「怪獣と伝説の獣が別の存在であったなら、災厄とは怪獣のことで、それをまだ眠っている伝説の獣とやらが、怪獣を倒すという解釈もできる」
『逆に、怪獣と獣が同一のモノだった場合、あの怪獣たちは、『災厄』なるモノと戦う存在ということになる』
グレーニャ・ハルは目を伏せた。
『やはり、確実な情報が必要なのだわ。現時点で、敵か味方かはっきりしていない以上、これ以上の迂闊な戦闘は、最悪、災厄を招くことになりかねない』
「複雑なことになったなぁ……」
俺は、さらにニーヴァランカ側資料を読み込んだ。
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