第1710話、とある異世界の後日談
フィンさんの世界の、異世界勇者召喚が禁止され、それから数カ月前。俺は、世界を行ったり来たりして、きちんと取り決めが果たされたか確認した。
アフターケアというやつだ。
数十人いた召喚勇者がいなくなり、民が暴力的なチート勇者に悩まされることはなくなった。
当初は、勇者がいなくなったことで、魔王軍が侵略してくるのではないか、とそれを不安に思う者は少なくなかった。
一応は勇者が魔王から世界を守っていたから安全だった、という認識を持っていたということだ。
が、勇者が消えた後も、魔王とその軍勢は、人類側に攻撃してくることはなかった。例の黒い靄の壁から、出てくることはなく、モンスターが出現したー、という話はあれど、魔王軍とは関係がなかった。
俺が訪れると、その国の王族や貴族は緊張する。暴力で従えるという手段を取ってしまうとこうもなるというお手本のようだ。
初めにガツンとやると、後が大人しくなるってやつだな。……本当はもっと平和的に行きたかったんだけどねぇ。
こちらの要求が、勇者召喚関連の事柄だけだったのが、幸いしているのは間違いない。例えば領土を寄越せとか、資源や金を搾取するといったことをしていたら、抵抗組織とドンパチやっていただろう。
日常生活にほとんど影響しないとなれば、抵抗する理由もないものだ。
「初めは不安だったのですが、魔王軍は現れませんな」
「魔族にとって、もはや人間など眼中にないのですよ」
こちらから手を出さなければ、当面の間、平和であり続けるだろう。
「自国防衛の軍備を用意するのは構いませんが、くれぐれも魔王軍に仕掛けるなんて愚かな真似はしないように。同じ人類とはいえ、我々は助けませんからね」
変に期待されて、異世界勇者代わりに利用されても困る。自分たちの世界のことは、そこに住む人々が何とかするべきだ。
……まあ、それで言うなら、魔王軍に仕掛けようが、俺がどうこういう問題でもないんだよな、本当なら。
勝手にやって、それで滅びても自己責任ではある。……ただ、それに民が巻き込まれるのは心苦しい。フィンさんという俺にとっても友人のいる世界だからね。
ともあれ、俺は、しばらくこの世界を定期的に訪問。数カ月はかかったが、召喚施設は全て破壊。研究資料も破棄されるのを監督した。
俺が見てないところで、秘密裏に施設を作られたり、隠されたりするのも面倒だから、こちらへ来るたびに監視要員を置いた。有り体に言えば、スパイである。……人間、よからぬことを企む者はいるものだからね、しょうがないね。
「――ということで、これで本当に最後かな」
俺は、フィンさんに挨拶した。仮面のネクロマンサー先生は、新しい家――地下屋敷に住んでいる。建築には俺も手伝った。割と会心の出来だ。
「そうか。君には世話になったね」
フィンさんは穏やかだった。
「この世界は、勇者召喚問題から解放された。魔王の存在がまったく不安ではないと言えば嘘ではないが、大国が召喚を利用して、民に迷惑をかけることはなくなった」
「魔王や魔族を敵視するのは、まあ仕方ないところはある」
話し合いで済むような相手だったら、そもそも勇者召喚なんて頼ることもなかっただろう。
「だが、問題はその世界の人間が解決するものであって、余所から引っ張ってくるのは間違っているよ」
「その通りだ」
フィンさんは手を差し出しので、握手で答える。
「三年半か……。ようやく落ち着いた」
「ゆっくりすればいいさ。俺もそうする」
ここ数カ月、こっちの世界だけじゃなくて、向こうの世界でも忙しかったんだけどね。例をあげるなら結婚とか結婚とか、それまた結婚とか、新居とか、挨拶回りとか。
フィンさんは肩をすくめる。
「英雄魔術師は多忙を極めているな」
「戦争が終わったら、一休みできるかと思ったんだけどね。王族に関わることで、割とやることが多くて参ってしまうよ」
「結婚事となれば、忙しいものだよ」
「でもフィンさん、独身だろ?」
何を物知り顔をしているんだい?
「おっと失礼」
言い訳させてもらえるなら、この多忙のストレスをそうあっさり流されるのも癪だったからね。八つ当たりだ。すまない。
「気にしてないよ。ネクロマンサーと結婚しようという奇特な異性はそうはいないし、そもそも私は必要とも思っていない」
独身貴族を極めるおつもりかな。孤独が好きな人もいるから、周りが世間一般常識を持ち出すのは感心しない。フィンさんがそれでいいのなら、俺は言わないよ。
「それじゃあ、俺は行くよ。元気で」
「君の行く末に幸あれ」
「あなたも」
そして俺は、異世界を共に駆けた戦友と別れた。
……これで、ディグラートルの召喚で呼ばれた異世界の友人たち、全員をそれぞれの世界に帰すことができた。
実のところ、あの世界にも、まだ大帝国から逃れて、生き残っている異世界人がいるかもしれない。シェイプシフター諜報部を使って調べさせているが、もしいるのなら、元の世界に帰してあげないとな。
では、この世界ともおさらばだな!
・ ・ ・
と、もう少し話を続けよう。
まず第一、異世界勇者ながら反乱を企てたクロウの末路だけど……俺んとこで引き取ることになった。
元の世界に帰りたいとも言わないけど、フィンさんたちの世界では、絶賛危険分子で、魔王ほどではないにしろ、報復やら暗殺やら考えている奴がいないとも限らない。それでまた大勢死ぬとか寝覚めが悪いので、まったく関係ない世界で、一から出直しということだ。
「お世話になります!」
美少女が満面の笑みを浮かべるのは絵になるなぁ。あんな世界じゃなければ、彼女もまともだし、少々リハビリは必要だったが、しばらく一緒にいて問題ないと判断した。……シーパング国へようこそ。
第二、アグレポンド師が、異世界移住を希望したこと。
「こちらで異世界の研究はしづらい」
異世界制裁機構が乗り込んでくるような真似はするな、と異世界移動の研究を召喚と混同され、周りからよく思われなかったのが原因の一つ。
「わしは、別の世界で、この世界にはない魔法について知りたい」
魔術師的好奇心が、大きな割合を占めているようだった。異世界の乗り物を見て、さらに異世界間移動をやっている俺の存在を知ってしまったからね。
「この世界に二度と戻らない覚悟はあるのですか?」
俺がその気になれば、戻ってはこれるんだけど、タクシーじゃないんでね。本来はそうポンポン異世界を移動するようなものでもないんだ。
「構わぬ。そちらの世界で骨を埋める覚悟だ」
と、自分のいた世界に未練はないとご老人が申すので、俺はアグレポンド師を、こちらの世界に連れて行くと決めた。
それで、フィンさんの世界のことは、本当に最後だ。
異世界召喚者の帰還編のラストでした。
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