第1705話、それ、前にも誰かが言っていたような?
異世界召喚禁止条約に反対する魔術師集団。
その相手をするのは、本音を言えば面倒くさいのだが、ベルさんやクロウに任せたら、武力で鎮圧してしまいそうで、それはそれでやり口がクルフ・ディグラートルのようになってしまうから、俺はワン・クッションを置きたい。
話せばわかる。
わかってもらえるかは知らないが、一応、フリだけはやって、それでも駄目なら仕方ない。自分の中で、やるだけやったというアリバイが欲しいんだな。
手荒なことをしないで済むのが一番。最後にぶち切れ制裁では、結局ディグラートルと同じになってしまうんだから。
……そう考えて、ふとクルフを連れてきて、彼に交渉させたら、どういう対応になるのか、ちょっと見てみたくなる。やっぱり大帝国流の粛正ルートになるんだろうか?
想像の中だけで、ちょっとこの思いつきを玩ぶ。……と、現実逃避している場ではなかったな。
お仕事お仕事。
「――我々は、改めて、異世界召喚の禁止条約に反対する」
魔術師集団の代表者、アグレポンド師が重々しく告げた。いかにも魔術師といった風貌、たっぷりモジャモジャの髭を伸ばしたご老人は、真っ赤な服を着たらサンタクロースに見えなくもない。
場には、最長老のアグレポンドのほか、話し合いの参加に二人の重鎮。他十名ほどのオブザーバーが、代表者の後ろに控えている。
「反対すると言われましてもね」
俺は、対面の老魔術師を見た。
「すでに加盟各国の間で、条約は締結されました。あなた方にそれを破棄する権限はあるのですか?」
「全ての国ではないが、不可能ではない」
アグレポンドは傲岸にも言った。
「しかし、こちらが破棄すれば、お主ら異世界制裁機構なる組織は、この世界を破壊するのであろう?」
よくおわかりで――と頷いておく。内心、俺はこの世界を破壊する気も滅ぼす気もないよ。……まあ、そうしたいという衝動が、ここのところ何度も込み上げてきているのは認める。
俺は、民間人を虐殺する気はないんだよ。
「であるならば、ここは話し合いで、まず大元である異世界制裁機構から、召喚禁止を撤回してもらいたい」
魔術師たちが、国の支配層に取り入ったり、あるいは自らそのトップになって、異世界召喚禁止についての約束を破棄したとしても、結局、異世界制裁機構と事を構えることになる。だから、まずこちらから、ということだろう。
「こちらから撤回する理由はありませんね。あなた方のせいで、迷惑を被っているわけですから。それをやめるように言った、こちらとしてはそれだけの話なのです」
「我々の世界では、魔王による脅威にさらされています」
代表の一人、ミシャールという名の女性導師が、深刻そうな調子で言った。どうも教会などの宗教関係者っぽい。
「異世界から召喚した勇者様におかれましては、この世界を救っていただいております。多くの人命が、勇者様の活躍で生き長らえているのです。ここで異世界から勇者様をお招きできませんと、世界は……」
「それは、本来あなた方の世界で、どうにかする問題でしょう」
俺はにべもない。
「自分のところの不始末は、自分で処理してください」
「なんという無慈悲な……」
ミシャールは口に手をあて驚いてみせるが、俺は内心冷めていくのが止まらない。
「この世界の人類は、異世界から人を誘拐しないとやっていけないほどの弱いのですか? 未開拓にもほどがありますよ。蛮族ですか、この世界の人間は」
「蛮族!」
後ろのオブザーバーである魔術師たちの顔がみるみる赤くなる。魔術師というのは、基本、学がある方だから、そこを蛮族呼ばわりは、罵倒が過ぎたかな。……怒りたいのはこっちだ。
「そうでしょう? 自分たちではできないから、できそうなのを浚ってきて、押しつけているんだから。自分たちは何の生産性がない無能だと言っているようなものではありませんか?」
「む、無能!?」
「貴様っ――」
「オブザーバーに発言権はない。黙っていろ」
俺は一喝した。それで気圧されたのか、外野が大人しくなる。……そう言えば、先日送り返したとある勇者が、俺を見て『闇が深い』とか『大量に人を殺した目』云々とか言っていたような。閑話休題。
「いつまで、こんな低次元な言い訳に時間を使うつもりです? 我々も暇ではないんですよ」
「低次元と申されるか!」
代表の一人、デルマエンという魔術師が、心外と言わんばかりの声を発した。俺、もっとマシな言い分を期待していたんだよ?
アグレポンドが口を開いた。
「確かに、貴殿の言われるのはもっともだ。しかし、我々の世界の窮状も考慮していただきたい。貴殿らから見れば我らは未開の蛮族やもしれぬ。だが我々は魔王の脅威にさらされ、他に頼るものがなかった。世界を救うため、手段を選べぬこともある」
「これもそうであると?」
そんなんで、俺の同情心を引けないって相当だよ、わかる?
「あなた方の世界は、今までどれだけの異世界誘拐をやってきたのですか?」
俺は、勇者リストのコピーをテーブルに置いた。
「これだけ多くの人をさらって、魔王は倒せましたか? 倒せていないですよね? その世界を救う方法、間違っていませんか?」
俺の後ろに控えているクロウ君は、三年もこの世界にいる。勇者としては上澄みの彼女が、ブラブラ時間を使っても、この世界は滅んでいませんが?
「ちなみに、禁止条約締結の際にも某帝国の代表者とも同じようなやりとりをしたんですがね。……同じことしか言えないなら時間の無駄ですな」
本当、無駄な時間だった。俺はあと何回、同じような問答をせねばならんのだ?
結局、その後も、この世界の魔法の発展がどうとか、技術交流がどうのと言っていたが、どんな理由をつけても誘拐だし、ピンポイントで欲しい人材を召喚できないだけ、被害者増やすだけと返してやった。
どれだけ言おうとも、俺を納得させるだけの理由を、彼らは捻り出せず、この世界に科した召喚禁止を覆すことにはならなかった。
でもまあ、これって異世界制裁機構を名乗る個人によって締結された話だからね。法的な拘束力ってないのよな。ただ、破ったらどうなっても知らないよ、っていう大義名分のための言い訳に過ぎない。
よくよく考えれば、とんでもない話なんだけど、これも異世界召喚という名の誘拐阻止のためだ。
そして今後の誘拐阻止のため、俺はさらに手を打つことを決めた。
今回やってきた反対派魔術師たちは、どうしてこうなったのか理解されていないようだからね。
今後も禁止を破って、召喚しそうという召喚肯定派の皆様には、生贄になってもらおう。
ほら、言うじゃないか。
目には目を歯には歯を、って。
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