第1703話、どうしてわからないのか?
「――ということで、危うく国が一つ滅びるところでした」
俺は、複数の国の代表者たちの前で、そのように言った。いずれも先日、新勇者憲章こと、召喚禁止条約を調印にいた者たちだ。
今回呼び出したのは、召喚した勇者のリストの提出に記入漏れがあり、その件で訪問した国々だ。先日、指摘が入ってあれこれ理由を述べたにも関わらず、呼び出された代表者たちは緊張の面持ちだった。
その理由の説明に、わざわざ映像を用意して、ベルさんとクロウが乗り込んだシャルベラン王国、カルペン国務大臣の屋敷での一部始終を見せた。
この世界では、まだこの手の映像技術はなかったようだが、魔法という形で理解したようだった……、というのはどうでもいい。肝心の内容に、代表者たちは真剣な面持ちを崩さなかった。
外交の場に慣れているのだろう。目に見えて狼狽している者はなく、皆、表情を崩さなかった。……多少発汗の量が多いのが目立つ人もいたけど。
映像には、保護されたカーメリルさんがクロウに泣きついているシーンまで映されていた。首輪と鎖に繋がれ、地下室暮らしで、奴隷とほぼ変わらない扱いは実に痛ましく、俺もカルペンという私欲の塊をぶん殴れなくて残念に思った。
「我々は、大変不愉快な思いです」
俺は、もったいぶって、映像を切った。
「こちらとしても話し合いによって、問題は解決に向かったと思いました。我々の善意に対して、あなた方も善意で応えてくれると信じて、リストのご提供を願った」
「善意……?」
ぼそり、と一人が言ったので、俺は振り返り頷いた。
「まだこの世界が滅びていない。それは我々の善意に他ならない」
俺は、最初に警告した。異世界制裁機構は、本当ならば異世界の拉致行為に対して、正式に報復をすることも辞さず――そういう態度の国々も多いと。……まあ制裁機構自体、俺の出任せではあるけれど。
それはそれとして――
「この世界を、魔王より先に滅ぼすこともできる。しかし、世界は違えど同じ人類。我々は話せば解決すると信じた。執行猶予を与えた。だが残念ながら、こちらの善意も、執行猶予の意味も理解できなかった愚か者がいました」
カルペン大臣が、シャルベラン王国の王城の前で、首を吊られている写真を見せる。
「シャルベランの王に、私はこの件を伝えたところ、自分たちは知らなかったと言い、慈悲を乞いました。そして即刻、国務大臣だったカルペンを自分たちの手で処刑したのです……。自浄くらいはできるんですね」
些か事が早過ぎて、口封じかとも思ったけれども、カーメリルさんの話では、彼女を利用したのは大臣だけということだったので、そういうことにしておいた。その大臣が、カーメリルさんのチートで私腹を肥やし、お仲間にも恩恵をもたらしていた――つまりは共犯者もいたんじゃないかと思うが、こちらとしては、異世界から浚った人を帰してあげられるなら、それ以外のことはしらん。
「自浄できるくらいでは、正直もうどうにもならないんですがね。……我々も堪忍袋の緒が切れる寸前のところにきている」
「……」
「ここに集まっていただいた皆さんの国は、どうですか? 本当にリストに漏れた召喚勇者は死亡だったのですか? それを証明できますか? ……もう、知らなかったは、通用しません。我々をこれ以上失望させないでください」
最後通牒である。ここで隠し事をすれば、もう交渉はない。
・ ・ ・
正直に言うと、俺の感情はもうグチャグチャだった。
この世界のお偉いさんたちの返答を待つ時間を使って、俺は、その偉いさんの都合で召喚された勇者という名の人たちを元の世界に帰す作業を延々とこなしていた。
春夏秋冬、四季折々。ちょっとした観光気どりをするには、少々ヘビー過ぎた。人の感情ってのは、周りの人間にうつるものだ。
つられて笑い出したり、もらい泣きしたり、不愉快な感情を見て同じく不愉快になったり……。以前、クロウに協調した反乱勇者たちを帰した時もそうだったんだけどね。
まず、帰ってきたことに、その人は感動する。二度と踏めないと思っていた故郷の土を踏みしめ、その時点で涙を流す人もいた。涙もろいなどと言えない。
これまでの苦労が脳裏をよぎり、同時にそこから解放されたという高揚感が、その人の感情を揺さぶる。
家に帰り、あるいは家族や恋人に会って、もう号泣だ。召喚された直後や、それに近い日付や時間で帰ってくるようにコントロールはしても、時々ズレて、数日、数週間ぶりなんてこともあって、家族の方も何があったと抱きしめてこようものなら、もう、ね……。
学生だったり、若い子なら、まあそうだろうねと思えるけど、大の大人がこれで大なり小なり泣いているのを、俺は見つめ続けた。
付添人なんて他人でしょ、なんて思えればどれだけ楽だったことか。俺も経験者だからなまじ気持ちがわかるから、同情してしまうわけだ。
家族に会えてよかったね。故郷に帰れてよかったね――あぁ、何と気持ちのこもっていない言葉か。
端的に言えば、虚しい。なんでそうなるのか、理由は簡単だ。帰れた人たちがいる一方、帰れなかった人たち、異世界で果てた人々のことを思えば、素直に喜べなかった。
悔しさ、憤りがこみ上げてきて、せっかく帰ってこれた人たちに、それを見せないようにするのに苦心した。本当は喜ぶべきなのに、無念の感情がこみ上げて駄目だった。
こんなんだから、あの世界の人間に対する俺の態度は、非常に好戦的であり、冷徹であり、威圧的だった。
帰れた人の中にも、あの世界での辛い日々や苦痛、怒りを露わにする人はいた。彼、彼女らの怒りは当然だ。もっと怒ってもいい。……クロウみたく反乱まで行くのはどうかとは思うけど、気持ちはわかる。
生還者ですらこれなのだから、異世界で命を散らした人たちの無念を思えば、俺も平静でいられるわけがなかった。
感情は伝染するんだ、本当に。
・ ・ ・
「は?」
俺の返事は、それはそれは横柄だったと思う。
「魔術師集団?」
「そうだ」
フィンさんは淡々と答えた。
「異世界召喚魔法について、禁止する条約に反対する集団らしい」
ネクロマンサー先生が教えてくれた。この世界の召喚魔術の研究者数名と、それとは関係ないが界隈で高名な魔術師が代表となって、異世界制裁機構に抗議しているらしい。
それを聞いた時の俺は、直接敵対しているわけでないのに、それはそれは汚い侮蔑の言葉が過った。
聞いていたクロウが、刀に手をかけた。
「始末する?」
この期に及んで、わかっていない魔術師たちの抗議。特定魔術の安易な禁止は、この世界の魔法開発においてよくない、とか云々。……そんなこと知ったことか! 安易な禁止だ? それで何人の異世界人を殺したんだ!
魔術の探求、研究には犠牲がつきものってか? 暴君が自分と異なる意見を弾圧する気持ちが、何となくわかっちまったよ。
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