第1701話、帰還手続き
異世界勇者の召喚とそれに伴うその他取り決めだった勇者憲章は、異世界勇者の召喚禁止条約に変わった。
加盟国の皆様には、異世界勇者に頼らず、自分たちの世界は自分たちで面倒を見てもらいたい。
異世界人を拉致するのはやめてもらう。
さて、紙の上では、条約が締結された。問題は、それがしっかり守られるか否かだ。
条約は破られるためのもの、という寝言はゴミ箱にでも捨ててもらうとして、現実として、条約を守っていますよー、という裏で、実は密かにやってたりするのが世の中というものだ。
こればかりはね、本当に世界を滅ぼすくらいしないと、変わらないんじゃないかなー。……そんな暇人じゃないし、クルフ・ディグラートルでもないからやらないけどね。
現状での各国の異世界制裁機構への態度、条約の批准する気があるレベルかは、現在の勇者たちの送還作業への態度で、ある程度測れるだろう。
俺は、この異世界で、言いように利用されてきた勇者、あるいは飼い殺し状態の勇者たちとそれぞれ面談し、送還の手続きをとった。
要するに面談である。
「帰れるんですか!」
そう言って、泣いて喜ぶ人たち。これはわかりやすい。
「……少し、考える時間をくれないだろうか」
一瞬、嬉しそうな顔をしたかと思えば、考え込んでしまう人たち。このタイプはわかりにくい。
帰りたいが、こっちの世界で、何か帰りずらくなる理由がある者。よくしてもらった程度なら、長いホームステイしたという気分で、自分の世界に帰ればいい。
だがそうでない場合もある。
「実は、こっちの世界で家族ができまして……」
はい、わかるよ、わかる。俺もアーリィーという奥さんができたからね。現地世界の人とくっついちゃった場合も、そりゃああるよね……。
「魔族は敵! 仲間の仇討ちをせねば、帰れぬ!」
どこぞの世界の騎士様は、自分の信じる騎士道に殉じるおつもりらしい。こっちの世界の偉い人に利用されているだけなんだけど、個人で因縁を作ってしまった場合。
こう異世界召喚者たちを一人ずつ見ていくと、召喚された異世界も色々あるわけだ。俺のいた世界で、よく異世界召喚、転生物ジャンルの読み物で、特に日本人がそれに巻き込まれるというのがあるけど、そういうこともなく……。
いや、そうでもないのか。このリストの中に、日本人が五、六人くらいいるっぽいが、全体の傾向からすると、召喚されやすいのか?
そういえば、ディグラートル大帝国の召喚でも、俺、ヨウ君、橿原は日本人、リアナも未来世界っぽいが地球人だった。……やっぱりあるのかな、そういう召喚されやすい何かが。
閑話休題。因縁やら家族やら恋人を作った者たちには、要相談ではあるが、結局は自分で決めてもらうことになる。提案はするけど、俺は個人の意思は極力尊重したい派だからね。……尊重するとは言っていない。
「はあ? 私はこの世界がいいの。帰る気なんてないわ!」
こういう勇者もいる。手に入れたチート能力を、上手く活用する術を得た者たち。元の世界より断然いい暮らしができるという、ある程度、未来設計ができているタイプ。……中には未来設計ではなく、チートがあれば何とかなるでしょ、という人生を楽観しているような不安な人もいたけど。
中には元の世界に戻ると奴隷に戻るとか、借金地獄が待っているから嫌、というのもいた。
「借金なら、両替する必要はあるが、賠償金で精算できるだろう? それでも嫌か?」
「それなら、まあ……」
お金で解決できるのはまだ優しい。チート頼りで成り上がりや安定生活を目指すタイプは……うーん。
この手のタイプは、個人の意思がもう結構な部分で固まっているから、俺としては、元の世界の話を聞いて、戻れるのは今回だけですよ程度に説得するしかないんだよね。
でもまあ、これらはまだいいんだ。
問題は、リストにあるのに面談に現れない者、そしてリスト漏れの者だ。
異世界のそれぞれの国側から提出されたリストにあるのに、現れない勇者のタイプは三つ。
1、帰る気がない。
2、すでに国の指示を聞かない。
3、連絡がとれない。
……最後の奴は、国といざこざを起こして逃げているとか、最悪、すでに死んでいる可能性もある。
1に関しては、話は聞いたけど、面倒臭がりなのもいるだろう。チートで生きていく、それでいいでしょ、ということで出向くのが面倒とか嫌とか言うタイプ。
まだ面談に来てくれるだけマシというのがこれなんだよね。
厄介なのは、2。すでに国の言うことに聞く耳を持っていない。1と被っているのもいるが、それ以外となると、二つのタイプが考えられる。
一つ、召喚されたが勇者にされたことに反発し、自分から脱走した人。二つ、チート万歳。国? 魔王? そんなの関係ねぇ――こういうタイプの悪目立ちが、異世界勇者に対する社会の悪評に繋がっていると思う。
前者は、話さえできれば、元の世界への帰還に乗ってくれるのもいるだろう。ただ中には人間不審を極めて、誰の話も聞かなくなっている場合も考えられる。
後者は、クロウの反乱に乗ったような、キリ・バーゴウやアンドリュー・バルガスのような好き勝手したいという、元の世界でもお引き取り拒否されそうな犯罪者率が高そうだ。
運命に翻弄されて、こうなってしまった例もありそうだけど、残念ながら、あまりにあまりなら、処理しないといけないのかなぁ。……誰も幸せになれない。
3の連絡がとれない勇者については、現地の国々にも協力してもらって探すしかないな。国が手伝うのは、呼び出したのは自分たちでしょう、アフターフォローしろよ、ってことではあるけど、2が混じっていると国の捜索から逃げまくって、雲隠れか。
本当に、面倒ばかり引き起こしてくれる。勇者の数が一人二人じゃないから、大変なんだ。夏休みの宿題を手伝わされる家族の気分だぜ。
今は、こうして直接会える人たちを優先する。それでなくても多いんだから。
こちらとしては、帰る意思の確認と、勇者リストを見て、漏れがないから勇者たちに一人ずつ確認する。
彼、彼女らが全員の勇者を知っているわけではない。中には忘れてしまった場合もあるんだろうけど、顔見知りの勇者なのに、リストに載っていないとか、何か心当たりがあるだけでもだいぶ助かる。
この世界の勇者憲章加盟国の誠実さ、あるいは管理能力の把握に役立つからね。
そうやって聞き出すと、やっぱり数名リストの漏れが出てくる。……当然ながら、リストに載っていない勇者が、こちらの召集の件を知らないから来るはずもなく、そこのところどうなっているの、と関係国に問い合わせを行う。
大抵は記載し忘れ、という答えになるのだが、中には後ろ暗いというか、口の重いのもいるわけで、それをさらに問い詰めると――
「こちらが把握する前に、逃走したことがありまして……」
チート以前に、どこぞの世界で魔術師だったらしく、その場で魔法を使って逃げられてしまったという……。
召喚で暗殺者や騎士を引く例もあったからな。一流魔術師という当たりを引いたが、わけもわからず誘拐されれば、そりゃあ逃げますよ、って感じか。
聞けば、それ以後、それらしい人物は現れなかったというので、この世界に順応して生きているか、あるいは死亡しているかもしれない、という答え。……こういうわからないのが一番困るよな。
他にも同様の記載漏れがあったが、大抵は死亡しているから、リストにいれなかったとかいう例が多かった。
「……本当かな?」
俺は、とある王国――シャルベランの担当官を、じっと見つめる。
「この勇者、物質を金銀財宝に変えるチート能力があるようだが……。本当に死亡しているのか?」
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