第1689話、誰にも事情はある
「――で、何でお前、こっちに来てるんだよ?」
ベルさんが睨むのは、クロウ。
「いやだって、このお兄さんが『来るか?』って言ったから」
「……」
そのお兄さんこと、俺はアドヴェンチャー号を操縦している。被害のあった王都を離れて、夜の空を飛行中。……フィンさんが仮面の奥で睨んでいるような気もするが、俺は気づかないフリをする。
「それで、よくこっちへ来たな、お前」
「城の兵隊がいっぱい来てたし。こっちのお仲間は、全滅したっぽいし」
クロウが口を尖らせば、ベルさんは腕を組んだ。
「まあ、元の世界に帰してやると言ったのに、話を聞かずにオレ様たちに挑んできたからな。それがなかったら、もう少し籠城できたんじゃね?」
「籠城どころか、王都を落とせた。それくらいの戦力はあったんだ」
クロウの声の向きが変わる。
「で、あなたが、異世界勇者を元の世界に返すことができる友人さん?」
「魔術師だよ」
俺は自動操縦のスイッチを入れると、椅子を回してクロウに向き直った。
「自己紹介が遅れて申し訳ない。ジン・トキトモ。とある世界から異世界に召喚されて、魔術師になった男だ」
「クロウ」
美少女剣士は名前だけ名乗った。
「ボクは、あそこで反乱を起こした。同志たちと一緒にこの国を攻撃し、王を殺害した。言ってみれば大悪党。でもあなたはボクに声をかけた。何故だい?」
「異世界人のよしみ、ってやつだ」
わけもわからない世界に放り出された経験者だからね。同じ境遇に会った者たちの気持ちは、多少理解している。
「方法はよろしくなかったが、反乱する気持ちもわからなくもない。だから俺の中では、君を完全に悪党認定していないのさ」
「そうなんだ」
アドヴェンチャー号のコクピット、その空いた席に腰掛けるクロウ。
「ついてきちゃったボクが言うのも何だけど、これからどうするの? ボクがいるってことは、あなたたちも反乱勇者の仲間ってことで追われる身になるんだけど」
「関係ないな。俺たちは、さっさと元の世界に帰るから、いくら追いかけられようが、捕まえられないさ」
「いいね、それ」
どこかしんみりとした調子のクロウ。何か思うところがあるような、そんな感じだ。せっかく矛を収めているんだ。聞くなら今だろうな。
「自分のいた元の世界に帰りたいなら帰してあげるけど、君は断ったって?」
「うん、ボクは元の世界に未練はないから」
クロウは、召喚される前の、元の世界の彼女の話をした。
治療法のない病魔に蝕まれ、苦痛の中に生きてきた人生。死を望み、しかし動かない体。声も出せず、生きていることが拷問そのものだった日々。殺してくれないことへの恨みが募り、だが突然、異世界に召喚された。
理解されないことの裏返しに、相手の考えを理解できる能力。
苦痛からの速やかなる解放である超再生。
そして死を望む憎悪を、人にぶつけることができる必殺剣。
チートとして、クロウに宿り、そしてその体も病魔から解放された。異世界召喚されたおかげではある。だが、だからと言って、魔王を倒す勇者を、はいそうですか、と受け入れるには、クロウは人を恨み、また歪んだ感情を持っていた。
「せっかく自由に体が動くようになったんだ。だからボクは自由に生きたい。魔王を倒す使命を押しつけられるのもあれだけど、ボクに何もしてくれなかった人間に顎で使われるのは我慢のならないことだった」
この世界の人間は、クロウの病気のことなど知らない。だが同様に、クロウとて、この世界が苛まれている魔王という敵についても知ったことではないのだ。
「それで反乱ねぇ」
気持ちはわかる。勝手に呼び出して、命を賭けて魔王討伐とか、無茶ブリにもほどがある。
「で、クロウ。君はこれからどうするんだ? まだこの世界で反乱を続けるのか?」
「うーん、気持ち的にはね。ボクらを勇者として利用する奴らに復讐したい」
今日、王を殺害したのは、直接のお礼参り。異世界から勇者を召喚し、それを魔王討伐にあてて、自分は後ろで好き勝手やっている権力者たちの存在は、面白くない……と彼女は言った。
「直接関係なくても、あいつらは害悪だからね。無能を一人殺しても、それで終わらない。勇者召喚する奴は、全員クズだと思ってる。そういう奴らは地獄を見るべきだと思うよ」
……その異世界召喚されなかったら、今の動ける体になれなかったっぽいんだけど。
でもまあ、だから感謝しろ、というのは違うよな。それはたまたまクロウの場合は、ってだけで、他の大半の召喚者は、こちらの世界の都合で連れてこられた。家族から引き離され、二度と会えないと絶望することになった。
この案件は、クロウではないが、俺もお怒りモード。
「ベルさん」
「うん?」
「ちょっと寄り道しよう」
俺は提案する。
「この世界の異世界召喚、全部ぶっ潰してから帰ろう」
そう言った時、フィンさんから凄い圧を感じた。何だかんだついてきて、今までずっと黙っていたアリス・ロッターもまた目を剥いている。……というか君もいたの?
ベルさんはニヤリとした。
「やるか」
「異世界召喚は悪い文化だ。異世界に転生したというならまだしも、召喚は、やっていることは拉致、そして強制もしくは強要だからね」
それにフィンさんからも、この世界では、異世界人はチートが授かるからと、この世界の権力者はどんどん異世界から人をさらっていると聞いている。それで勇者たちをある程度自由にさせて、自分たちの世界の民にも迷惑をかけておいて、有用な召喚者は利用しようとしているんだから性質が悪い。
元の世界に帰れず、無念にも死んでいった人も少なくないだろう。……ゲドゥルト氏のような例を見たから、これは推測ではなく確実な話だ。そもそも勇者たちが反乱を起こした時点でお察し。
「し、しかし、ジン殿! それは反逆では――」
アリスは真面目だな。でもね……。
「君も冷静になって考えてみてくれ。自分の周りにいた友人、知人、あるいは家族が突然、神隠しにあってしまったとする。それが実は異世界召喚で、神隠しにあった者は二度と会えないとなれば、どう思う?」
「……っ!」
俺は嫌だよ。俺は、まあ経験者だしどうにでもなるけど、大切な人――アーリィーとか、俺の親しい人が消えたら、凄く心配して必死に探すわけだ。でも見つからない。何故なら異世界にいるから。……冗談じゃないよ。
「いいかい。この世界の愚かな奴らが異世界召喚を続ける限り、たとえ元の世界に帰れても、自分や身近な人が被害に遭うかもしれないんだ。それを放置していくのは、いけないことだと思うんだよ。止めないと、異世界召喚という名の誘拐事件はいつまでも続くことになる」
というわけで、クロウ。
「君は、他人がどうなろうと知ったことではないだろうけど、その報復に俺も協力しよう」
「……まさか、こういう展開になるとはね」
クロウは、何やら決まりが悪そうな顔になる。
「一応敵対していたから、手伝ってくれるとは思わなかった」
「俺は君を敵だと思っていなかったが」
ベルさんやフィンさんは、どう思っているか知らないけど。
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