第1687話、チートはチート
どういう理屈かは知らないが、目の前の暗黒騎士――異世界の魔王に必殺スキルは通用しなかった。
クロウは自分のチートにがっかりした。必ず殺せなければ、必殺ではない。案外、この世界のチートも大したことないのだと自嘲する。
だが笑ってばかりもいられない。この異世界の魔王は、強い。伊達に魔王を名乗っているわけではないということだ。これを必殺スキルなしで倒さなくてはならない。
「ああ、もう面倒だ、本当に」
クロウは目の前の暗黒騎士に斬りかかった。
暗黒騎士と少女剣士の戦いを、ネクロマンサー――フィンは遠巻きに眺めていた。
彼の周囲には、この王城で遭遇した元勇者たちのゾンビが八体。手持ちの盾はこれだけになる。フィンとしては、ベルに任せておけば余裕で終わるのではないかと考えていた。
だが実際のところ、クロウは天才的戦闘センスがあって、ベルと互角に立ち回っている。これが真に勇者として活かされていれば、どれだけ人の役に立っただろうかと思う。実に残念なことだった。
クロウが元の世界に未練がないというのであれば、王都への攻撃、民を傷つけた反乱の首謀者として裁かれなくてはいけない。
これまでの通り、殺すか無力化しなければ、おそらく大人しくならない。
アリス・ロッターの話によれば、クロウは超再生能力を持っているという。即死でなければ、すぐに回復、再生するという人間離れした能力だ。
さすがチートというべきか。敵対した場合、クロウを仕留めるのは実に難儀ということだ。
フィンはじっと機会を見定める。超再生できない一撃死を与えるタイミングを。
厄介なのは、クロウが相手の思考を読むことができる、という点だ。幸い、フィンの周りには、殺意と苦痛の思念が残るアンデッドがいる。それが壁になって、クロウはフィンを注意深く見ることはないだろう。
まったく見ないことはないだろうが、奴の敵の思考を読む能力、これに読み取られるのはできるだけ避けたい。
フィンは掩護しつつ、その時が来るまで影に徹する。王座の間に響く剣戟。ベルとクロウ、双方の戦いはほぼ互角に見える。
ベルは人間形態では力を抑えているようだが、それでも力、素早さ共に、常人を凌駕している。
その力は巨人の振り下ろす一撃に等しい。断頭台の刃の如き一撃はしかし、クロウは、巧みに滑らせるように弾く。
その点、クロウもまたその身体能力は化け物だった。力こそ劣るが、その速度と卓越した刀の使い方で引けを取らない。
「まったく……このアダマンタイトの刀でなければ……とっくに刃こぼれしていたところ、だっ!」
クロウは小さな斬撃二連を放った。それでベルの鎧の胴を叩く。致命傷よりも、相手の注意を引く攻撃だ。これで暗黒騎士の注意が下がれば――
だが思惑どおりにはいかない。ベルは、当てられた動揺もなく、次の打撃を繰り出したのだ。魔王は多少の傷など歯牙にもかけない。
逆にベルの片手一本の薙ぎの斬撃が迫る。回避が遅れた分、クロウは左肩を肩当ごと切り裂かれた。恐るべき豪腕。血が跳ねたが、すぐに超再生スキルが身体の傷を癒す。
「むぅ、だっ!」
クロウは声を張り上げる。一撃と引き換えに大振りとなった暗黒騎士、そのがら空きとなった首を狙う。いくら魔王といえど、首と身体が切り離されればお終いだ。
「もらったよ!」
「なんのっ!」
ザクリ、と刀は、暗黒騎士の首――ではなく割り込んだ左腕、そのガントレットで阻まれる。
「嫌な止め方を平然とするんだね」
この時、クロウは相手の思考を読むより自分の感嘆を優先させてしまった。故にベルのデスブリンガーが首元に割り込み、一気に引き裂かれたことに反応が遅れた。
鮮血が散った。首からあふれ出る血液。確実な手ごたえ、致命傷。
「ベルさん!」
フィンが警告する。
「心臓を貫け!」
超再生を持つクロウに、首を割いた程度ではすぐに再生されてしまう。
「おっと、そうだった!」
戦いに夢中になり失念していたベル。だが――
「残念だったね……!」
爛と輝くクロウの目。ニヤリと笑った彼女の振り下ろした一刀は、暗黒騎士の両腕を切り落とした。
「おっ!?」
両の腕を失い、一瞬無防備になるベル。嗜虐的な笑みと共に刀を構えるクロウ。
「バイバイ、異世界の魔王!」
させんよ――フィンの両腕から黒い塊が飛ぶ。ダークランス。闇の槍の連続発射。さらにゾンビを二体、突撃させる。
魔法による連続攻撃。とっさに気づいたクロウが、ベルから離れて飛び退く。
回避されるのは折込済み。フィンの命令を受けた元勇者のゾンビがクロウに挑むが――
「甘いっ!」
あっさり返り討ちにされる。
それも予想通り。ゾンビが稼いだわずかな時間で、ベルは自身の腕を再生させた。クロウに超再生があるが、それは魔王であるベルも同様。暗黒騎士の切り落とされた腕が、目に見えない糸で繋がっているようにもとの場所に収まるべく戻る。
再生されたベルの腕。それを見たクロウは声を荒げる。
「ちょっと! そんなのセコイ! ナシだよ!」
「お前が言うな!」
ベルはデスブリンガーを持ち直し、再び向き直る。クロウはため息をついた。
「なるほどね、魔王様を倒すのは現状、困難極まるというところか。何か手を考えないとね」
それでも彼女は、口元にニヤリと笑みを浮かべている。
戦意はなお旺盛。不可能を前にして、それでも超えてやろうという不屈。いや、戦闘中毒だ。
「いいねえ、お前」
そしてバトルジャンキーというなら、ベルもまた負けてはいない。髑髏を模した面貌の奥で、異世界の魔王もまた三日月型の笑みを浮かべた。
「遊んでやるぜ」
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