第1685話、暗黒騎士 対 天才少女剣士
王座の間に、金属同士のぶつかる音が相次いだ。
暗黒騎士と少女剣士の戦い。剛腕でもってなる暗黒騎士の大剣を躱し、時々刀で弾く少女剣士。
空を切る剣の風圧は凄まじく、勢い余って玉座が真っ二つになる。ヒラリヒラリと舞うように軽やかにジャンプしたり、回り込もうとする少女。鋭く振り下ろした太刀を、暗黒騎士もまた、最低限の回避ですり抜ける。
「いやはや、やるねぇ、キミ」
クロウは笑みを貼りつける。
「少し楽しくなってきた」
「そうかい」
暗黒騎士――ベルはデスブリンガーを振るう。クロウは紙一重で避けると、一度距離をとる。あどけなさを残す顔立ちに浮かぶは、邪気のない表情。
「当たったら、一撃で死にそうだ……。さすがだねぇ」
クロウは微笑んだ。無邪気なそれは、向けられた敵意や殺意にも動じない。
「よかったよ。当たれば一撃なら。……そうでないと、ボクを殺せないからねっ!」
ダン、とクロウが床を蹴ると、驚くべき速さでベルに肉薄する。その瞬間、暗黒騎士の体が霞のように消えた。
その瞬間、ネクロマンサー――フィンが、闇槍の魔法を複数放った。
「そういうことしちゃうんだ!」
クロウは闇の攻撃を、僅かな間で見切り、その間を駆け抜けた。避けるとかいうレベルではないギリギリの範囲を抜けて、そのままフィンへと向かってくる。
「無粋だよ、ネクロマンサー! その首、もらった!」
フィンへの攻撃に切り替え、距離を詰めるクロウ。そこで佇んでいた勇者の死体――アンデッドたちが、主を守るようにいた前に出た。
それらはつい一時間前まで、同じく反乱に加わった同志たちだった。しかし、クロウは何の躊躇もなく、刀を振るい、アンデッド化した勇者たちの首を刎ねた。
クロウの刀が、きらりと瞬き、フィンに迫る。だがそこに横合いから割り込むは、ベルのデスブリンガー。
鍔ぜりになるかと思いきや、勇者ゾンビが動き、クロウは素早く身を引くと、向かってくる死体の首を落として、その数を減らした。
そこへアリス・ロッターが王座の間に現れる。
「クロウ!」
「おや……、これはこれは、生真面目アリスじゃないか」
妖艶なる少女勇者の目が輝く。
「キミも来たんだね。前に会った時は、ボクとは非常に相容れない思考の持ち主だと思ったけれど、やっぱり止めにきたのかな? それとも――」
「当然、この馬鹿げた反乱を止めにきた!」
「だろうねぇ……。期待してはいなかったけど!」
背後から迫ったデスブリンガーを躱すクロウ。
「うーん、アリス。ボクは今忙しいんだ。用件は手短にお願いね」
「っ!? ふざけたことを……!」
いきり立つアリスに、クロウは目を丸くする。
「え? そのためにわざわざここに来たんじゃないの?」
暗黒騎士と剣を交えながら、余裕な調子を崩さない。
「もしかして、本気で止めにきただけ? 他にもないの? こう、どうして自分は反乱に声をかけられなかったのか、とか」
「知れたこと! 私がそれに頷くわけがないだろう!」
「そう、キミは、全力で勇者の使命を果たそうとしている。実にお利口さんだ。皆が皆、ボクと同じ考えじゃないこともわかってる。勇者と呼ばれていい気になって、正義感に従って行動する人もね。そういう人は、きっとボクの邪魔になると思ったからね」
「――よそ見していていいのか?」
ベルの声。瞬きの間に、クロウの右肩を切り裂いた。鮮血が迸り、クロウの顔から初めて笑みが消え、苦悶の色がよぎる。
「……っ、痛い痛い。ボクを斬るなんて、やっぱり強いね、キミ」
冷や汗を浮かべながら、クロウは唇を苦笑の形に歪める。暗黒騎士の追撃を、クロウは飛び退くが、そこへフィンの放った魔法が迫った。クロウは王座のもとまで下がりながら、薄ら笑いを浮かべる。
「いやいや、危ない危ない……。さすがにこの人たちを相手にお喋りしながらは、いくら何でも舐めていたね。悪かった悪かった。まあ、仕方ないね」
少女勇者は傷口から手を離し、再び刀を構えた。傷は消えている。
「さて、そろそろ本気を出したほうがよさそうだね。真面目に戦おうか」
「不真面目だったというのか?」
ベルが不機嫌な声を出す。アリスの表情が曇ったまま告げた。
「もう諦めろ、クロウ。この馬鹿げた反乱劇をやめるんだ」
「愚問だよ、アリス!」
クロウは暗黒騎士に斬りかかった。上段からの打ち込みを、ベルは大剣を使って弾くと、すぐに右手側からの斬撃を見舞う。だがクロウはすでに身を引いており、カウンターを涼しい顔で避けた。
「認めてやるよ。お前は、戦いの天才だってな!」
ベルは、再度距離を詰め、追い討ちをかける。クロウは薄ら笑いを浮かべながら、暗黒騎士の二の太刀、三の太刀を最小の動きで刀で防いだ。ベルの動きも速いが、クロウはそれ以上に立ち回る。
それを見やり、アリスは呆気にとられる。これ以上、激しく、しかし決着がつきそうでつかない戦いは初めて見た。
上段から下段。目線でフェイントを交えつつ、変幻自在に剣がぶつかる。だが互いにその刃は届かない。
「これが、Sランクをつけられる勇者の実力……!」
「世界は広いとは言うけど……!」
クロウは面白くなさそうにわずかに顔を曇らせる。顔面に向かってきた大剣を、頭を下げて避けるが――
「あまりいい気分じゃないね。ボクが攻撃を躱し続けているのに、まったく動揺しないのは面白くない!」
「そうかい? オレ様は、ウザったく感じているよ」
「その割には、冷めているよね、キミ。普通、渾身の攻撃を避けられたら悔しいだろう?」
面白くないな、とクロウは吐き捨てるように繰り返した。
「ボクは、ボクに挑む相手が、どうして攻撃が届かないのか焦って、いっぱいいっぱいになっていくのを見るのが好きなのに!」
「奇遇だな、オレ様もだ」
髑髏の面貌の奥で、ベルはニヤリとする。一瞬の隙を見逃さず、再度懐へと飛び込み、一撃を見舞う。
が、クロウはそれを見ることなく、刀で防いだ。
「興ざめだよ。もういいよキミ。『死んで』」
クロウのスキル――対人戦最強の技が発動する。その瞬間、相手は死ぬ。
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