第1677話、誰の言葉を信じるか?
元の世界に帰してあげられる、とその青年魔術師は言った。
アリス・ロッターにとって、それは諦めかけていた希望。待ちに待った言葉であった。
「どういうことだ?」
「どうもこうも、言った通りだよ」
ジンは爽やかに笑った。悪意もなく、冗談でもなく、ただありのままに。
「俺はこことは違う世界から来ている。ほら、異世界勇者の証の腕輪を持ってないでしょ。フィンさん――見た目はアレだけど、反乱勇者よりもよほど正しい心根の魔術師を、この世界に帰してあげるために来た」
「それが本当かどうか――」
「試してみればいいさ。俺も、ここではないが異世界召喚された人間だからね。君らの気持ちはある程度理解している」
帰りたいという思い。彼は、その思いに応え、何人もの異世界召喚被害者を帰してきたという。
「帰れるのか、私は……」
「自分のいた世界を忘れていなければ、大丈夫さ」
「本当に……。召喚された世界から帰る術はない、と言われていたのに」
アリスの目に涙が浮かぶ。元の世界から切り離され、帰ることができないという絶望。しかしそれをひっくり返す存在が現れた。
「信じても、いいのか?」
「駄目だったら、その時はその剣で切ってくれて構わないよ」
ジンは快活だった。
「さて、他の召喚者たちは、俺の話をどこまで信じてもらえるかな。できれば反乱している者も含めて、希望者は元の世界に帰したいところだけど」
何という男だろう。アリスは、目の前の青年魔術師から、絶対的な安心と温かさを感じた。
この時、彼女は初めて本物の『勇者』を見た気がした。いや勇者どころではない、彼は神ではないのかとも思った。
異世界に連れ去られ、帰ってこれないとされた場所から、元の世界へ帰す。これは神の所業ではないのか?
正直、まだ半信半疑ではあるが、このジンという男は、元の世界に帰るためには絶対に失ってはいけないことはアリスにもわかる。
だから、この戦いで間違っても彼を死なせてはならない――アリスはそのための盾になる覚悟も瞬時に固めた。
・ ・ ・
ゲドゥルト・ヴィンターは、空から降らせた巨大鉄球で、王都の建物を破壊していた。
クロウの企みに乗った異世界召喚勇者のひとりである彼は、三十代後半。眼鏡をかけ、教師然とした男である。
「いざ加わってみたものの、あまり気持ちのいいものではないな」
独り言が漏れる。瓦礫に潰れた王都の住民らの姿。逃げまどう人々。泣き叫び、親を呼ぶ子供の姿には正直胸にきた。
――あぁ、故郷の息子も、消えた私を思い出し泣いているのだろうか。
怒り。理不尽な怒りの感情がこみ上げる。
突然、この世界に呼び出された。
勇者と呼ばれ、世の為人の為、魔王とその手下と戦う任務を与えられた。役割を果たせば、元の世界に帰れる、そう信じて。
だがその望みは絶たれた。
異世界から呼び出した者を、元の世界に帰す方法はない。少なくとも、この国の連中は知らない。
騙された。
ゲドゥルトは憤慨した。故郷には病に伏せる息子がいる。彼は、最愛の息子に会うことは二度と叶わないのだ。
「あぁ、まったく腹立たしい限りだ」
この世界の人間の事などどうでもいい。勇者と言われ、それを果たそうとしたのは、ひとえに故郷の息子の下へ帰るためだった。それが叶わないのであれば、従う理由などない。
「ちょっとした腹いせだ。ちょっとした復讐でもある」
そんな視界の端に、わらわらと王国の兵士たちの姿が映る。どうやら王都での騒ぎの鎮圧のために守備隊がやってきたようだ。
ご苦労なことだ。王都攻撃組の役割は、守備隊連中をひきつける囮である。
「まあ、倒してしまってもいいのだろうな」
この創造魔法、どこまでできるか試してやる――ゲドゥルトは瞳を閉じる。脳裏に描くは、数百本にも及ぶ槍。それを雨の如く降らせたらどうなるか。
「行け!」
ゲドゥルトの想像が、創造となり、虚空に圧倒的多数の槍を具現化させる。そして槍は、迫る王国軍の兵士たちに雨となって降り注いだ。構えた盾を貫き、不運な兵は倒れ、残りは槍の雨から逃れようと逃げ出す。
「この様子では近づける者はいないか」
ゲドゥルトが視線を転じれば、新たな一団が視界の片隅に現れた。そしてその取り合わせに首を捻る。
「王国軍、ではない……?」
暗黒騎士、暗黒魔術師は一瞬、魔王軍の手先かと思った。だが銀の腕輪をつけた勇者――女騎士と、現地の男魔術師もいる。
「魔王軍でもない、のか?」
困惑しているゲドゥルトだが、騎士が声をあげた。
「やめろ! お前も勇者なのだろう!? 反乱などという馬鹿なことは今すぐやめるんだ!」
「この期に及んで、こちらの世界に加担する勇者がいるのか」
ゲドゥルトは呆れた。そんなことをしても、お金や名誉しかもらえないのに。いや、魔王を倒した暁には、召喚した勇者を排除しようとこの世界の王たちは考えるかもしれない。
「貴様こそ、王国に手を貸すのはやめろ。死ぬまで利用されるだけだ」
「それは……そうだとしても、民を巻き込むことに何の意味がある!? 大量殺人をして楽しいのか!?」
「これは報復だよ。私は、愛する家族から引き離された。この世界に呼ばれて早々、愛する息子は、独り寂しく死んだ……。この世界のくだらない争いに巻き込まれ、余命幾ばくもない息子のそばにいてやることもできない、哀れな父親なのだよ、私は」
だからこそ――ゲドゥルトは声を震わせた。
「私から家族を奪ったこの世界に復讐してやるのだ!」
「……すまないが」
「うわっ!?」
ゲドゥルトは突然耳元に聞こえた声にビクリとした。見れば先ほどの魔術師が、いつの間にかゲドゥルトのそばに立っていた。
「その息子さんのいる元の世界に帰れる手段があるのだが……それを聞いたら、この攻撃を止めてくれるか?」
「なっ……元の世界に帰る方法がある、だと……!?」
ゲドゥルトは目を見開いた。帰る方法――いや、そんな馬鹿な!
「でたらめだ! この世界から元の世界に帰る方法などない!」
「こっちの世界の人のいうことは信じて、別世界から移動してきた俺の話は信じない、か?」
「ちょっと待て、別世界から来た、だと……?」
「そうだ」
その男魔術師は胸を張った。
「異世界召喚された人を元の世界に戻していたら、こちらに来たんだが、……お困りなら俺が元の世界に帰すが……どうかな?」
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