第1675話、勇者たちの反抗
フィンさんの屋敷を襲った勇者は、割り出した。
犯人の目星はついて、奪われた財産、死霊術の資料などを奪還するとなるが、相手が『まとも』かもしれない異世界勇者となると、些か躊躇いの感情があった。
私利私欲に走り、勇者の名を汚す悪党勇者ならば迷いはない。
だが、これから魔王を倒しにいくかもしれない相手ともなると、この世界のためにも、その行為を妨害するのはよくないのではないか、とも思うのだ。……いやまあ、客観的に見れば、フィンさんとこに行って泥棒をしているわけだけど。
フィンさんは、異世界勇者によい感情を持っていないし――屋敷に踏み込まれた時点で、敵視はしているだろうけど、回収に行ったら、たぶん荒事確定なんだろうな……。
などと、俺としてはすっきりしない気分でアドヴェンチャー号を操縦し、王都――ロイエというらしいそこへステルスモードで飛ばしたわけだけど。
「ベルさん、フィンさん、来てくれ」
コクピットに呼べば、王都に着くまでキャビンで休んでいた二人がやってきた。
「どうした、ジン」
「燃えている」
俺はコクピットガラス越しに指さす。教えられた通りに飛行艇を飛ばしたら、このざまですよっと。
「王都だろ、あれ」
外壁に囲まれた大都市が、赤々と燃え上がっている。夜なのに、昼みたいに明るい。
「まるで戦場だな」
「魔王軍が攻めてきたのか?」
フィンさんが質問したが……どうなんだろうね。
「近づいてみれば、何が起きているのかわかるかも」
ステルスモードのまま艇を近づける。規模の大きな町だ。王都だけあって大勢の人間が住んでいるのだろうが、避難はどうなっているのか。
ベルさんが、もっとよく見ようと前のめりになる。
「戦闘をしてるっぽいぞ」
それは魔法のようだった。赤いローブをまとう魔術師が、建物を潰し、砕き、そこにいた人々を燃やし、貫き、命を奪っていく。
「魔王軍の魔術師か?」
「いや、あれは勇者だ」
フィンさんが淡々と、しかし仮面の奥から殺意のようなものを漏れさせながら告げた。
「腕に、召喚勇者の証である銀の腕輪をつけている」
一種の身分証であり、この世界で勇者の特権にあずかれる腕輪。その赤ローブの魔術師は、それ左腕につけていた。
「異世界勇者が、王都を破壊している?」
「とうとう、召喚されたことにプッツンして反旗を翻したんじゃね?」
どこか面白がるようにベルさんは言った。因果応報って言いたいのか? 民間人を巻き込むのはNGだろう。
「ジン」
フィンさんが真っ直ぐに俺を見た。
「この世界の住人として、異世界勇者の暴虐を見過ごせない。責任の所在を言うのであれば、この世界にも多少の責はあろう。しかしそれは為政者のしたことであり、民がその責が負うものではない」
その民のために為政者が異世界召喚に頼った例もあるとは思うが……まあ、それでも、あまりに異世界勇者の召喚が多すぎるのも事実だ。それだけ多くの異世界人を拉致してきたわけで、これは為政者たちも、異世界人がどうなろうと構わないという身勝手さもにじみ出ている。……だから反乱されちゃったんじゃないの?
それはそれとして。
「民間人への攻撃はやり過ぎだ。テラ・フィデリティアのコードでも交戦が許可されるパターンだな。……オーケー、フィンさん。止めよう」
関係ない世界だ、と割り切れるほど、俺も人間できていないからさ。
・ ・ ・
アリス・ロッターは、異世界勇者だった。
勇者反乱――突如として起こった複数の召喚勇者による攻撃で、王都の各所は破壊や火災が広がっていた。
守備隊はそれらの鎮圧に向かったが、そもそも『チート』と呼ばれる特殊能力を持つ異世界勇者に対抗するのは至難の業であった。
だが、止めねばならない。アリス・ロッターは真面目が故に、災厄を引き起こす勇者にもまず呼びかけた。
「いったい貴様は何をやってるんだ!」
力の限りの叫びだった。家を、物を、人が壊されていく。宙に浮いて魔法を放っていた赤いローブの魔術師が、アリスに気づき、睨みつける。
「あン? なんだてめぇは」
無造作に銀色の髪を伸ばした青年だった。その目つきは鋭く、問いかけと同時にその手から、火の玉を雨の如く、叩きつける。
アリスの手にする聖剣が青白い光をまとう。そして空を斬るように振るえば、火の玉のシャワーがアリスに直撃するものだけ、綺麗に弾かれ、彼方へと飛んでいく。
「貴様も勇者なら、このような愚かな行動はすぐにやめろ!」
アリスは一喝する。対する銀髪魔術師は眉根を寄せた。
「も、ってことは、てめぇも勇者か?」
「そうだ!」
アリスもまた銀の腕輪を見せる。だが破壊に走る異世界勇者と異なり、召喚される前から騎士であり、民を守る盾を自負する彼女は、反乱には加わらなかった。
「なんだ、お仲間じゃねーか」
魔術師は笑う。
「いや、この場合、仲間じゃねえってか? だよな、オレたちの行動を止めようなんて、仲間なわけねえもんなぁっ!」
ハッ、と魔術師は鼻で笑う。
「勇者なら、愚かな行動はやめろ、だ? なんだそりゃ? てめぇ、マジでんなこと言ってんのかよ。だいたいオレもてめぇもこの世界に呼び出された口だろ? 他所の世界の、見ず知らずの奴のために働くなんて、馬鹿げてると思わねえのか?」
「何が言いたい?」
「わかんねえかなぁ! てめえもこの世界の人間に義理立てすんのはやめて、こっちへ来いよ。オレたちには力があるんだ。それを使って好き勝手しようぜぇ!」
「寝言は寝てから言え」
アリスは吐き捨てる。
「世界が違えど人は人! 力なき者を守らずにして、何が騎士、何が勇者か!」
「はぁ?」
銀髪魔術師は、ポカンとした顔になった。
「あーあ、わかったわかった。てめえはオレが死ぬほど嫌いなタイプだってのが、よーくわかった。お喋りは終いだァ! とっとと死ねやッ!」
赤ローブの魔術師は両手を振り上げた。
「オレの無限魔法で、てめえを塵一つ残さず消してやんよ!」
その瞬間、魔術師の背中から、暗黒の槍が飛び出し、その体を貫いた。
「な、に……」
「消えろ、異世界勇者」
冷淡に、それは告げた。白い仮面で顔を隠した暗黒魔術師は天より降臨する。
「勇者、滅ぶべし」
は?――アリスは呆然とする。不意打ちで倒された赤いローブの魔術師が地面に叩きつけられ、血の染みになった。
英雄魔術師@コミック第10巻、11月15日発売! ご予約よろしくお願いします!
1~9巻、発売中! コロナEX、ニコニコ静画でも連載中!




