第1669話、原隊復帰と、彼女のその後
月面都市エキュルラットは、地球連邦宇宙軍によって占領された。
月面駐屯軍第503機動歩兵大隊と、特殊戦闘兵団ガーディアンズ所属の戦闘強化兵小隊は、月面同盟軍の制圧する都市の敵を撃破、退却させることに成功した。
荒廃した都市は、戦争の跡も生々しい。しかしリアナにとって、異世界での戦いと違い、帰ってきたという懐かしさが込み上げた。
――わたしは戦争しか知らない。
もう考えなくてもいい。上官の命令に従い、戦うだけでいい。
異世界の日々は、リアナにとって新しいことも多く、自分で考えてやっていかなくてはいけなかったが、ここでは戦いにだけ集中できる。それはとても楽な生き方だった。
戦闘中は月面環境だった都市内は、今や地球環境下に再調整され、宇宙服なしでの活動が可能となっている。
景色をぼんやり眺めていたリアナ。ふと、背後に気配を感じて振り向く。黒髪ショートカットの同僚強化兵のリサ・ウェルチが、不思議そうな顔をして立っていた。
「……何?」
「凄く、おかしなことを言うね」
控えめな調子で、リサは言った。
「リアナ、出撃前より髪が少し伸びてない……?」
「……」
調整をミスった。なにぶん召喚で異世界に飛ばされたのは三年前。その時の状況に合わせて、髪の長さの調整だったりを出発前にしたのだけれど、記憶違いというか微妙な差異が発生してしまったようだった
リアナは無言でリサを見つめれば、彼女は手を振って顔を逸らした。
「ごめん。変なことを言った。忘れて」
「ん」
リアナは何事もなかったように流す。元々お喋りではないから、会話も最低限。戦場では相棒だが、プライベートでは……それなりに親しい、と思う。
「どうしたの、リアナ?」
しげしげと見つめたせいか、リサが少し困惑していた。ここ最近、直属の部下としてリサと名付けたシェイプシフターがいて、外見を彼女に似せていたのだが、やはり本物は違うと、改めて思った。
「何でもない」
異世界に行って、あなたの名前をつけた部下がいた、なんて言うつもりはない。
思えば、異世界にいた頃は自分でも『らしくない』ことばかりしていた。剣と魔法の世界の原始的な軍。そんな中、異世界人であるジンに会い、彼が作った近代的軍に協力して戦った。
戦争はリアナにとって存在が許される場所。だから人が死のうが、リアナにとってはそれは日常であった。
相変わらず人付き合いは希薄で、軍隊における階級の上下でしか付き合えないタイプのリアナである。そこでリアナを中心とした特殊部隊を作るように、とジンに言われ、作ったのがこちらの世界に未練たっぷりのソニックセイバーズという強化兵部隊。
自分をいれた精鋭四人の部隊だが、残る三人のメンバーにつけた名前は、リアナに関わりがある者たち。
リサは、ここ最近の相棒で、Fシリーズクローンではない、別枠の強化兵だ。軍以外の社会で生きてきたらしく、外の世界のことを色々教えてくれた。強気な兵隊が多い中、かなり控えめな性格だ。
リリーは第五世代Fシリーズクローンで、言ってみればリアナたち第三世代の妹に当たる。ずいぶんと甘ったれた性格で、容姿も幼ければ、言動も幼い。これで機械制御とハッキングに強く、狙撃の腕もリアナに劣らないという高スペック持ちだ。
ライザは……、リアナと同じ第三世代であり、リサと組む前の相棒、双子と言って差し支えないコンビだった。
ただし、こちらの世界では行方不明。おそらく死亡しているだろう。彼女は、かつて施設を脱走した。強化兵としての実験、訓練に耐えられなくて逃亡したが、軍が始末した可能性が高い。
高い、というのは、これまで脱走が成功した例が皆無だと言われていること。ただし、この手の逃亡者への見せしめである死体を晒すということがなかったので、もしかしたら万が一の脱走成功の可能性もなくはなかった。……この時の彼女は知らないが、ライザは実は生存していた。
「あ、レニア大尉だ」
リサが声を出したので、リアナはそちらを一瞥した。
TA-03タイラント――強化兵専用機に魔改造されたアーマー・ウォーカー。ブラック・プリンセス。我らが第一世代唯一の生き残り、レニア・フォスター大尉。長い金髪に碧眼――もっともこの辺りは、クローンなのだから、リアナにしろリリーにしろ同じではあるが。
黒いパイロットスーツ姿の彼女は、戦闘強化兵としてもトップの実力の持ち主とされ、セイバーズの隊長を勤めている。
最初のフォスターシリーズ・クローンだけあって、二十過ぎの姉といった容姿ではある。そんな彼女が、一人のパイロットと何やら話し込んでいる。
第503機動歩兵大隊B中隊の小隊長だ。名前は――
「ニール……」
リサがとても複雑な表情をした。そうだ、ニール・コノリー中尉。リアナたち強化兵と違う、一般の連邦軍パイロットである。二十代前半で、聞いた話では、リサ・ウェルチと古くから交流があるとか。
ちら、とリアナはリサを見る。人の感情にはさほど興味がないリアナではあるが、リサのこの横顔――姉レニアとニールを見る目は、嫉妬の感情が見え隠れしている。召喚前は気にもならなかったのに、三年ですっかり自分も変わったのだと、リアナは自嘲したくなった。
――どうやらリサは、ニールという男に恋愛感情を抱いているらしい……。
ようやくその感情の正体がわかったリアナである。召喚前にはわからなかったことである。
――そして、レニアも……。
柔和な顔をして、人を避けているレニアが、普段以上に柔らかく、好意をもってニールに接している。あの男の前にしか見せない表情。妹たちにさえ、あんな顔を見せたことはない。
レニアはニールが好き。リサもおそらくニールが好き。これは三角関係というやつか。トモミやリーレ、サキリスが話してくれたそれに状況が似ている。
とはいえ。
――わたしには関係ない。
根本のところで、リアナは無関心になれる。それが軍人として、強化兵として育てられた彼女だ。
戦うこと以外は、どうでもいい。
ただ一つ、気になることがあった。
――ジンが乗っていたタイラントと、TA-03が酷似しているのは、気のせい……?
単眼で、外見がそっくりで、名前まで同じで……そんな偶然があるのだろうか? 考えても、答えはでるはずもなかったが。
・ ・ ・
なお、地球連邦と月面同盟との戦いは、さらに四年近く続いた。多くの強化兵が命を落とすが、リアナは終戦まで生き残り、戦後を迎えている。
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