第1663話、異世界帰還者その2
「あたしのいた世界は、まあこっちの世界に似ている」
そう、リーレは説明した。
浅黒い肌に黒髪をショートカットにした女性は、自称魔獣剣士である。
「機械はないが、魔力を使った道具、剣と魔法で栄えている」
普通に魔法も使える世界らしい。
彼女の実力は疑いようがない。戦士としての強さ、魔法のレベルはベルさんほどではないにしろ、人間のそれを上回っている。何より不死身らしく、リーレは何度も死にかけたが、全てきちんと生還している。
右目が眼帯で覆われているが、傷ではなく、彼女の持つ魔眼を抑えるためにしている。……少し厨二感があるが、本物だから仕方ない。
その黄金眼は、魔力を解体する。なお片目を隠しているのでお察しかもしれないが、リーレはオッドアイである。
「それで――」
ベルさんが尋ねる。
「お前さんの世界の治安はどんなもん?」
「この世界とどっこい……、いやシーパングと比べたら、天と地ほどの差はあるな。人間と亜人は対立しているし、人間同士でも対立している」
乱世乱世。どこの世界も、争いが絶えないんだろうな。
「こことお前さんの世界、どっちが治安はいいんだ?」
「いやにこだわるじゃねえか、ベルさん」
「オレ様はこれでもノーブルな身分なんでね。無礼な奴は、その場で処すからな」
治安が悪い。喧嘩をふっかけられたらブチのめす。うーん、わかりやすい。
「それでも、やっぱ戻りたいのか?」
「……まあ、一応あたしにも家族ってもんがあるからな」
リーレが少し恥ずかしげに頭の上のベレー帽に触れた。
「血は繋がっていないが……、いや繋がっているのか……? んん-」
「どっちなんだ?」
「まあ、親は違うだろうが、血はもらったから――ああ、いや、そのへんを話すと面倒なんで、勘弁してくれ」
「俺たちがそれを知らないと死ぬわけじゃないからな」
俺はベルさんを窘めた。プライベートな話は深く突っ込まない主義なんでね。
「それはそうと、異世界転移の杖の使い方は教えた通りだ。イメージが明確なほど、誤差もなくなるはずだ」
「イメージなら魔法で慣れているさ」
リーレは、鼻歌を歌うような気楽さで返した。
「これ時間もある程度コントロールできるんだろう?」
「イメージが重視されるから、ないものは無理だぞ」
知らない未来とか過去とか、そういうものには反応しないからね。
「ヨウ君は、召喚される前の自分と鉢合わせすることがないようにしたら、マージンを取り過ぎたか、三週間ズレたからね」
「何で、自分と遭遇しないように、なんだ?」
「俺の世界でな、タイムスリップに関係する話なんだけど、同じ時間に同じ人間が遭遇すると、何か知らんが世界が吹っ飛ぶとか、よくないことになるんだと」
「なんだそりゃ」
「俺も専門家じゃないから、科学的に説明できなんだけど、昔からそういう考えがある。どうしてそうなるかわからないけど、子供でもそういう事象が起こるらしいくらいは知ってる」
漫画やアニメ、小説の影響なんだけどね、その辺りは。
「実際にそうなのかは知らない。ただいざ遭遇した時に、面倒なことになりそうというのは想像できるから、俺にしろヨウ君にしろ、接触は避けたんだ」
「ふうん……。よくわかんねえけど、ヤバいことが起こるのは勘弁だな」
そうリーレは納得した。
「じゃあ、場所は人の気配がないところがいいな」
「面倒を避ける意味でも、それをお勧めするね」
で、どこに移動するつもりだ?
・ ・ ・
牧歌的な草原が、なだらかな傾斜を描いていた。ここは山の麓か?
しかし柵が見え、振り返れば洋風田舎の木と石でできた民家――だったものがあった。
鼻腔を焦げた臭いが刺激する。
「なあ、ジン」
ベルさんが、どこか嫌そうな声を出した。
「戦場の臭いだ」
「血と炎。――おい、リーレ」
ひょいと異世界転移の杖が飛んできたのでキャッチ。リーレは素早く駆け、民家だったものに足をかけるとその屋根に登った。
「くそっ……」
「何だ、リーレ? 何が見える?」
「ヴィグパール大公の軍勢だ!」
リーレは声を荒らげて答えると、グローダイトソードを抜いた。
「……誰だって?」
「亜人差別主義者の親玉の手下どもだ!」
そう言うなり、獲物に飛びかかる獣のような勢いで屋根を蹴って行ってしまった。
ベルさんが頭を巡らせた。
「どうやら、あまりよろしくない場に居合わせたらしい」
「そうみたいだな」
できれば、別の世界の出来事に首を突っ込みたくはないんだけどねぇ。用が済んだら、すぐ帰るつもりだし。
ただ問題は、リーレが元の世界に馴染めない、あるいは何らかの都合で世界から拒絶された時に、向こうの世界に連れていけるよう、俺らも数日は留まるつもりなんだよね。もちろん絶対ではないけど、その間にドンパチに巻き込まれたら、防衛権を発動するわけだけど。
「こっちの世界のことはわからないんだよねぇ」
リーレのお友達だから、彼女の味方をして参戦して面倒なことにならない? 大丈夫?
「まあ、なるようになれ、だ。どうせすぐ帰るんだし」
ベルさんがリーレがやったように民家だったものの屋根に上がった。思わずため息が出たが、俺も浮遊の魔法で浮かび上がって視界を確保。
身なりのいい騎士と、整った装備の兵たちがいた。どうやら村への略奪行為の最中だったようで、リーレは村人を守るために戦っているようだった。
さすがは不死身の戦士。多勢に無勢、ではなく、無双している。
「大公の軍勢とか言っていたか?」
「リーレはそう言っていたな」
なるほど、末端の兵までいい装備をしているわけだ。大公といえば、王の一族。お金を持っているのが、兵たちの格好でわかる。
「さてさて、どうする、ジンさんよ」
ベルさんがニヤリとした。
「オレ様としちゃあ、この世界の住人がどうなろうと関係ないわけだが」
「そうも言ってられないでしょうが」
俺は異世界転移の杖をストレージにしまう。万が一があったら困るからね。
「どうせここで絡んでも旅人の気まぐれ。俺たちがきた世界に、この世界の住人が介入する術がない以上、外交やら報復は気にしなくていい……な!」
「そういうこった!」
暗黒騎士姿になるベルさん。俺たちもリーレが大公の兵たちを返り討ちにしている戦場に飛び込む。
「加勢するぜ、リーレ!」
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