第1658話、あの日、あの場所で
一日の仕事が終わり、家族と食卓を囲む。
何気ない平穏。明日もまあ、仕事があるけれど、命を脅かされる日々はない。
「いや、明日は休みだからね」
アーリィーはそんなことを言った。
「ねえ、ジン。明日は、ドライブしない?」
「いいねぇ。休日のドライブなんて、まさしく休みの過ごし方っぽい」
ということで、約束して、翌日はドライブとなった。何故か、アーリィーは俺と二人きりを所望した。
ベルさんなどは――
『いいよいいよ。お前さんたちのイチャイチャの邪魔はしねえよ』
俺たちの関係を思い、遠慮した。
そして次の日、俺とアーリィーはちょっとしたお出かけ。彼女は、車についてサフィロを指名した。
「これはボクが初めて乗った車だからね」
そういえば、そうだったな。魔法騎士学校の王族専用寮である青獅子寮の庭先で、アーリィーを乗せたのを思い出す。あの時はまだ完成ではなかったけど、彼女にとっては初めて触った魔法車だった。
「懐かしいな」
今じゃ、シーパングで魔法車は買えるからね。戦闘もできるようカスタマイズしたサフィロと違って、普通に道路を走るくらいのものだけど。
「運転するかい?」
「ううん、ジンが運転して」
オーケー。それじゃお出かけしましょ。俺はサフィロの運転席に、アーリィーは助手席に。
森に囲まれたウィリディスの地をのんびりドライブ。窓を開けて、吹いていく風を感じながら、適当に走る。
「不思議だね」
アーリィーが呟くように言った。
「何が?」
「人生について」
「哲学だねぇ」
どうしちゃったんだい? 式が近いから、色々思い出しちゃっているのかな。
「ボクがジンに出会えたのは、とても幸運だったんだって思うんだ」
「そう?」
俺も、ドンピシャな君に会えたのは幸運以外のなにものでもないよ。
「ジンに会わなかったら、ボクの人生は終わっていた」
「……」
初対面は、彼女が反乱軍の捕虜になっていたところを助けた。そうだよな、あそこでもし出会えてなかったら……。
「ボクは反乱軍の殺されていた。そして反乱軍と王国軍がどうなったかはわからないけれど、その後に大帝国が攻めてきて、きっとこの国は滅びていたと思う」
反乱軍に殺されなくても、結局、ヴェリラルド王国に明るい未来などなく、どちらが勝っていようが、運命は変わらなかった。皮肉なものだ。
「でも、そうはならなかった。あなたが、この国に来てくれたおかげで」
思わせぶりなアーリィーの視線。俺は車を道の脇に止めると、彼女を見つめ返した。
「それを言ったら、ダスカ師匠がこの国を紹介してくれたおかげ、ってことになるけど、だとしても、もう一つ大事な事が抜けている」
「それは何?」
「君に会えたことだ」
あの出会いがなければ、俺だってここまで王国を守るために戦ったかわからない。
結局、大帝国と戦うことになったとしても、今ほど王国が国力を保ち、かつ荒廃せずにいたかはわからない。
こういうと薄情に取られるかもしれないが、やはり人間というのは、自分の中に大切なもの、譲れないものがあって、それを守るために必死になれるんだと思う。
エレクシア女王やヴィックら、敵に奪われた国を取り戻すために必死に戦っていた人を俺は間近に見てきた。
俺はこの世界は、故郷でもないし、いきなり召喚された人間だから、そういうこの世界の何かのために戦うという気持ちが、どうしても薄くなってしまう。
部外者、よそ者だ。そんな俺でも、この国を守り、それが成された時に一応の納得を得る動機を得られた。
アーリィー。
そして彼女が守りたいという国、人々。それを守れたことは、俺は満足している。
・ ・ ・
俺とアーリィーは車内で、これまでのことを話した。
王都で別れた後、冒険者をやった俺が再びアーリィーに声をかけられ、その護衛として彼女を守るために活動したこと。
ダンジョンスタンピードに立ち向かったり、オーク軍を叩きに行ったり……エンシェントドラゴンとも戦ったな。
騎士学校でマルカスやサキリスらとパーティーを組んでダンジョンの探索したり、サキリスの故郷が隕石で吹き飛び、彼女が奴隷落ちしたのを助けたり、フォリー・マントゥルを討伐したり。
「ジャルジーにさらわれた」
「あったあった」
アーリィーに関して、こじらせていたジャルジーが、大帝国のスパイと知らずに特殊部隊を使ってやったやつ。俺とベルさんで乗り込んで、アーリィーを助けて、ついでに頭の中をクリーナーして、彼女に関することをフラットにした。
「あれからジャルジーは、まともになったよね。ボクに対しても優しくなった」
「……まあ、話せばわかるってやつさ」
脳をいじったって言うと、凄く悪い魔法使いの所業だよな、我ながら。
それから大帝国が攻めてきたり、王都の武術大会に出ることになった。どのあたりが武術なのか、よくわからない大会だったけど、王の命を狙う大帝国の工作員を阻止したり、出現した悪魔を対決したり。
「カッコよかった」
アーリィーは、はにかみながら、横目で俺を見る。
「惚れ直した」
「……それは、まあ」
改めて言われると、小っ恥ずかしいな。
大会を制した後、アーリィーの性別問題を解決。本来の性別を隠す必要がなくなるようにした。
で、俺とアーリィーは婚約したわけだ。Sランク冒険者になって、貴族になって、色々あったな。
それらは、すべて今の俺たちに繋がっている。
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