第1650話。エルフの人々
シーパング島に隣接する形にあるエルフの島。
かつてのエルフの里は、今や島となってシーパング島に寄り添っているような形だ。真・大帝国と吸血鬼帝国から世界樹を狙われ、それらに里が侵略されないよう、位置がよくわかっていない伝説の島シーパング島に避難させたわけだが……。
戦争は終わり、エルフたちにとっての脅威は去ったが、彼らは元の場所に戻ろうとはしなかった。
何故ならば――
「神の御座す島のそばに置いていただけることは、すなわち私たちの平和にも繋がります」
カレン女王は、笑みを向けてくる。
神聖な雰囲気をまとう美貌のエルフ。エルフは美形が多いが、その中でもとりわけ女王陛下はお美しい。
……が、俺はアポリト魔法文明時代に、彼女の先祖に会っていて、アポリト帝国にとってのエルフが何なのか知っているから、少し違った印象を感じるわけだ。
無条件に神聖、そしておごそか――ではなく、親しみやすい娘の素顔をふとした時に感じるようになったというか。……ぜんぜん俺より年上なんだけどね。
「民は、ここ数年の激動という名の濁流にすっかり疲弊していましたから。今は心穏やかに、傷を癒やす時間も必要なのです」
振り返れば、エルフの里は災難続きだった。里の人口もかなり減ってしまった。長寿だから、周りの死に対して人間より強いかと言われるとそんなことはない。あまり死なない種族だからこそ、ここ数年の死と恐怖はエルフたちの心を傷つけた。
「ジン様には、何度も我らエルフは救われました。今は、あなた様を感じられる場所にいること、それが民にとっての癒しであり、慰めとなるでしょう」
「ここは今のところ安全ですからね」
絶海の孤島、場所が不明の謎の島。外部とはポータル経由で行き来しているから、シーパング島を訪れる各国のお偉いさんたちも、正確な場所を知らない。
一部のエルフは、神の聖域、結界に守られた世界なんて言っているらしい。エルダーエルフのニムが、俺のことを白エルフの救世主と現代のエルフたちに伝えた影響だ。
人間によって虐殺、排除されそうになった白エルフを、魔法の力で救い出し、エルフたちを新天地に連れた――ちょっとした有名な文言らしいが、それを聞いて、俺は海を割って民を逃がしたとかいうあの伝説を思い出した。
その人は民を約束の地へ導いたが、過去に神の指示を守らなかったことがあったため、彼だけは約束の地に入ることを許されずに果てたという。
……何か、アポリト文明最後の戦いで、平和の一歩手前で自爆退場して、あの時代とおさらばした俺と、被るところもあるような。……変な偶然だが。
なお、ニムは、エルダーの義務とか称して、俺のアポリト文明時代の活躍を本にまとめて聖典としてエルフに配布したらしい。
ますます宗教じみてきているが、おかげでエルフの里を顔出しで歩こうものなら、拝まれてしまう始末だ。ただでさえ知名度が高かったところにこの扱いよ。
株が上がったといえば、実はカレン女王も、民からの信頼度が上がったとも聞いている。
「それもこれも、ジン様のおかげです」
俺は何もしていないよ。
女王は、現代エルフにとって激動とも言える時代を何とか切り抜け、民を守った。時にその選択はエルフの将来を揺るがす重大なことになるというものも少なくなく、指導者として、民を最終的に平穏無事に導いたことは、賞賛に値する。
選択、決断に不満を持った民も少なくなかったらしいが、ニムのばらまいた俺の本に、初代女王、カレンが俺の従者として知識を与えられたことが知れ渡った結果、神に仕える巫女の一族、民を導く正当な血筋と再評価され、これまでの彼女の苦渋の選択に理解を示されるようになったという。
終わりよければすべてよし。喉元過ぎれば熱さを忘れる。まあ、今が幸福であるなら、人は評価されるものだ。
・ ・ ・
精霊宮の中を見て、何となくディーシーが作ったものの印象を感じた。
アポリト文明時代に、この精霊宮はなく、魔力が世界に戻ってしばらくのちに建てられたものではあるけど、かすかに懐かしさというか知っていた気がする。
つまりはのちのエルフたちも、ここでは精霊と呼ばれるディーシーの残したもの、その意匠をどこかで受け継いでいたのだろう。
エルフが緑色を神聖視するのは、精霊の影響かもしれないが、ウィリディスの色でもあるから、そっち繋がりではないかと思うことしばし。
「あ、ジン様!」
「やあ、アリン」
女王に仕えるエルフ。かつて俺がヴェリラルド王国で、大帝国との戦争に備えていた時、里の危機を予言したカレン女王の使者としてやってきたのがアリンだ。一年やそこらじゃ、全然姿も印象も変わらないね。
「女王陛下との謁見は終わられたのですか?」
「そう。今は精霊宮のデザインに懐かしさを感じていた」
「あー、なるほど……」
アリンもまた、吹き抜けになっているフロアから上へと視線をあげた。
「精霊様の残した意匠は、私たちエルフの伝統であり、誇りもありますから……。……それでジン様?」
「何だい?」
「大変な無礼ですが、お許しを。……今日は精霊様は?」
「彼女は、ここでは俺以上に有名だからね」
俺も苦笑する。エルフには神なんて言われる俺だけど、ニュアンス的には民を救った人の英雄だ。
しかしエルフは精霊を信仰していて、どちらかと言えば神=精霊の方が崇拝されている。これはアポリト文明最後の三年、エルフたちと苦楽を共にしたディーシーや、その後のエルフを見守ったディーツーらの影響が大きい。俺よりもエルフたちの傍にいたからね、彼女たちは。
なお、ニムの本によれば、精霊ディーシー様は、神、つまり俺の右腕であり、もっとも信頼されているパートナーであるとされている。
その辺りも精霊信仰なのに、俺を神と据えて敬っている所以なのだろう。
「おや、エリン、こんなところで何を油を売っている――や、これは、ジン様!」
精悍なエルフの魔術師であるヴォルがやってきた。
「やあやあ、ヴォル殿、お久しぶり」
「ジン様、私めに殿はいりませんよ」
エルフにとっての激動をくぐり抜け、時に共に戦った歴戦の魔術師。エルフの里においての俺にとっては戦友と言ってもいいだろう。
いやもうね、久しぶりだから懐かしてたまらない。アリンとヴォルを引き止めてしばしの雑談。
あと、俺結婚するから、式には来てくれるかな?
「そりゃあもう、招待いただけたならば身命をなげうってでも行きますが……私たちでよろしいので?」
「ぜひ」
俺たちの結婚式は多国籍なものにしたいからね。一国に肩入れではなく、同盟としての立場として、アピールが必要なんだ。王族と結婚するとなると、色々考えたりしないといけないわけだ。
ま、二人には純粋に祝ってもらいたいし、感謝を込めてもてなすつもりだからね。お土産も期待してくれ。
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