第1630話、黙祷と戦勝会
イースタスを巡る戦いは終わった。
真・大帝国残党こと反乱軍は、ここに壊滅し、現在確認されている組織はなくなったのである。
「終わりましたね、閣下」
ラスィアは、俺にそう言った。戦艦『バルムンク』の艦橋で、俺は軍帽を取り、それを見つめる。
「終わった、か……」
本当に? 実感がわかない。
真・大帝国との停戦、そして終戦となっても、残党との戦いは続くんだろうな、と思っていた。事実そうなって、イースタスへ軍を率いて残党狩りを行った。
ここで勝てば、ほぼ終わりとは考えてはいたけど、本当に終わったのか、つい意味なく自問してしまうのだ。
「めぼしい敵はいなくなった――そのはずなのにな」
つい口から漏れたその言葉。俺がラスィアに視線を向ければ、ダークエルフの副官は頷いた。
「お疲れさまでした、ジン・アミウール閣下」
「終わったというなら、閣下はいらないんじゃないですか、ラスィアさん?」
昔の冒険者ギルドにいた頃のような、もう少しラフな関係に戻ってもいいんじゃないかな。軍隊では上下関係ってものがあるから仕方ないんだけど。
「そうは言いますけれど、ジン・トキトモ南方侯爵閣下。……やっぱり閣下ですよ」
成り上がり貴族だからねぇ。人前では『侯爵様』だったり『閣下』なんだろう。
「プライベートは別でしょ?」
「まあ、プライベートなら」
ラスィアさんは、フッと微笑んだ。ここまでお疲れさまでした。皆も、よくやってくれた。
「……本当に終わったのかな」
「実感がわかねえってか? そいつは戦争病だぜ、ジン」
「よう、ベルさん。おかえり」
地上の戦いに参戦していたベルさんが戻ってきた。
「お前さんは、よくやったよ。そろそろ、のんびりしようぜ」
「できるかな?」
ドンパチはなくなっても、戦後処理の問題は山積みだろう。それを偉い人が皆で解決していく問題だけど、その偉い人に俺もがっちり入ってしまっているんだよね。
「それでも、数日くらい休みをとってもバチは当たらないぜ?」
ベルさんが手を出したので、俺もハイタッチで応える。
「お疲れ、ベルさん」
「お前もな」
俺はキャプテンシートに深々と身を預けた。気が抜けたせいか。目を閉じたら、そのまま眠ってしまいそうだ。……まだ寝るわけにもいかないんだけどね。
・ ・ ・
戦闘報告を受けるのが、憂鬱に感じ始めたのはいつ頃だったか。
今日は特に聞きたくないと思った。いや、聞きたくない、というか知りたくないというか。
真・大帝国勢力との最後の戦いで、味方にどれほどの戦死傷者が出たか。一応、戦争は終わっているんだぞ――そう口にしたところで、戦いとは相手がいることだから、こっちの都合を並べ立てたところでどうにもならない。
そして案の定、戦死者と不明者の数が無機的に表示され、リスト化したら長い……長い列を成していた。
戦死者確定だけでも長いのに、不明者のリストも長かった。この不明者の中で、何人が生きてましたで修正されるだろうか。
いわゆる未帰還や行方不明。戦闘中に姿が見えなくなった者……逃亡した者もいれば、塵も残らず蒸発してしまったりで、確認できない者も少なくない。
あるいは重傷者の中に紛れてしまっている場合もあるだろうが……。そういう場合は、体の一部を失うような重傷を負っていることが多い。
艦艇乗りだと、その艦が爆沈するようなことになれば、一度に戦死だもんな。……中には奇跡的に脱出に成功していたりして、今は戦死者の中に加えられていても生還者として復活することもある。
リストに並ぶ名前。これだけを見ているとただの文字だ。しかし、この顔の見えない人たちにも人生があり、家族や友人、親しい人たちがいただろう。
俺は一通りリストを確認した後、指揮官級会談を開いた。まずはお疲れ様――ということで、主だった面々と顔を会わせる。
イースタス攻略戦の前と、同じ顔ぶれが揃ってひとまず安心する。ファントムアンガーの旗艦である『ディアマンテ』は戦闘で大破、地表に墜落したものの、旗艦コアは無事だった。かくてこの会議の場にも、きちんとその姿を現している。……でも、一つ間違えれば、いなかった可能性もあったんだよな。
今後の話はあるが、その前に俺は提案させてもらった。
「戦いは一段落した。今日のような戦いは、しばらくは起こらない……そう思いたい。節目というわけではないが、ここで今回の戦いの戦死者、そしてこの戦争を戦った全ての兵士、そして犠牲になった人々に哀悼の意を表したい」
集まった面々は、皆それに同意した。元連合国、エルフ、そして西方諸国。この戦いで失われた戦士たちの魂、犠牲になった民のために黙祷――
艦内放送、そして都市にいる兵たち、警戒の兵を除く全員に、黙祷を通知。今は亡き友、そしてこの日を迎えられなかった戦友たちを想う。
・ ・ ・
イースタスの反乱軍討伐の成功は、帝都に伝わり、さらに同盟各国首脳に通達された。
俺は、ここまでついてきて反乱軍撃破のために尽力してくれた艦隊ならびに地上戦参加者たちにのために戦勝会を開き、残った者の責務として今日は好きに飲み食い、騒ぐことを許可した。
死者を想ってもしみったれな飲み方をしても構わないし、種族の伝統で死者を笑って送り出してもいい。やり方は各々に任せるが……。まあ、俺の奢りだ。
「ありがとうございます! 将軍閣下!」
「ジン・アミウール閣下、万歳!」
酒を自由に飲んでいいと言ったら、結構はしゃいでいる兵が多かった。黙祷した後だからもっと暗いかと思ったが、案外みんな現金というか、元気なんだな……。
「ここまで戦い抜いた連中だぞ。仲間の死にもある程度耐性があるんだろうよ」
ベルさんは言った。
「まあ、慣れだな」
「慣れ、か」
戦いは長かったからな。それなりに折り合いがついているということか。……そうでなければ、とっくに心が潰れていたかもしれない。
ベルさんが口を開いた。
「騒げるうちに騒がせるさ。一見平気に見えるが、戦い終わった後に、塞いだと思っていた傷が開くもんだ」
こっちの世界じゃ言われないが、いわゆるPTSD――心的外傷後ストレス障害も多いだろう。故郷に帰った後、やたら暴力的になったり、何かに怯えたり、元の場所に馴染めず、争った結果、盗賊などに身をやつしたり……。
この世界じゃ、小さな紛争や魔獣との戦いで日常茶飯事だから、慣れている、いや気にもとめていないだけで、実際それが元で害になっていることはあると思う。
俺も……そうなのかな。後になったらはっきり自覚することもあるかもしれない。でも俺だけじゃない。アーリィーや、友人たち。そして引き取ったり面倒を見ている子供たちも。
「おい、ジン。今日は何も考えずに飲め! そんでアーリィー嬢ちゃんと楽しんでこい!」
持つべきものは友。今日だけは、何も考えずに飲もう!
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