第1622話、憎悪の感情
「アスパル中佐! よくもっ!」
リーグレーネは叫んだ。特殊戦闘団『ドゥーホウス』所属の魔術師である彼女は、電撃使いの異名を持つ。その実力は団の中でもトップレベルである。
「ジン・アミウールぅ!」
『君とは初対面だが、俺を知っている――まあ、知っているか。大帝国では有名人だからね、俺は』
相変わらず念話を飛ばしてくるジン・アミウール。それがリーグレーネの思考をさらに怒りの感情で染める。
「サンダースピアッ!」
短詠唱で、同時に十発の電撃を飛ばす。高速かつ範囲が広がるそれは、回避困難。いかに素早い敵も、絡め取る!
ジン・アミウールに電撃が当たる――ように見えて、またも通過した。
先ほどもそうだ。攻撃したのに、突き抜けてしまう。それで尊敬する上官であるアスパル中佐を助けられなかった。
「化け物ッ!」
込み上げる憎悪。
「お前がっ、お前がいなければ!」
『ずいぶんと分かりやすい行動だ』
攻撃を食らっても平然としているジン・アミウール。はじめは分身や幻覚を疑った。だがそれらは、人を殺せない。
ブラーは、ジン・アミウールの放った魔法にやられた。アスパルもまた彼に背中に回り込まれて両断された。
これが幻覚に紛れての技であるなら、この近くに隠れているはずだが、魔力での索敵では、その様子もない。
不可思議ではあるが、あの攻撃が当たらない魔術師こそ、本体のはずだ。
リーグルーネは電撃を放つ。絶対に何かあるはずだ。攻撃は届かないかもしれない。しかしそれで諦めたら何も変わらない。この憎き魔術師に、戦わずして膝を屈するわけにはいかないのだ。
『上官や同僚の敵討ちか?』
念話で揺さぶりをかけてくる。安い手だと思いつつも、リーグルーネは内心で怒りが貯まっていくのを感じる。
冷静であらねばという感情を上回る激情の波。
「お前が殺したのでしょうが!」
『俺を殺そうと向かってくるからだ。反撃は、正当な権利だよ。まさか自分たちだけは手を出していい、反撃は許さないなんて、下等で自分勝手ないじめっ子理論でも展開するつもりかな?』
ジン・アミウールは煽ってきた。リーグルーネは叫んだ。
「私たちから、全てを奪った男が言えたことかッ!」
『私たち?』
念話のはずなのに、リーグルーネは背筋が凍るような冷たさを感じた。
『この戦争を始めて、多くの人間の命、土地、時間、友人家族、恋人その他諸々を奪ってきた大帝国の残党が言えた口か? 滅びた国の民に、君たちが殺してきた人間のことを棚にあげて、言えた口か?』
「……!」
そっくりそのまま返されてしまい、リーグルーネは詰まる。彼の叩きつけた言葉は、リーグルーネが敵対する同盟軍に持つ思いそのものに近い。それを同じ形で返された時、自分たちの敵もまた、そういう感情だったことにショックを受けたのだ。
それでも――
「お前は、私の全てを奪った!」
『いいぞ、ようやく自分を出したな。真・大帝国のイカれた理想とやらは、胸焼けを起こすほど聞いて飽きた。聞いてやる』
聞いてやる、とは、話し終わるまで攻撃しないつもりなのか? どこまでも人を馬鹿にしていると、リーグルーネは思う。
何せ彼が念話を飛ばす間も、リーグルーネは攻撃を続けていたからだ。電撃の魔法を躱し、彼はなおも余裕なのだ。
これが英雄魔術師と言われ、大帝国を恐怖に陥れた悪魔の余裕。戦慄する。しかしリーグルーネは、自らを奮い立たせる。
「お前は、私の兄を殺した! ゲルネイスト平原の戦いで!」
『ゲルネイスト平原……ああ、連合国にいた頃の話だな』
ジン・アミウールは、心当たりがあるようだった。
『あの時は、バニシング・レイで――』
「お前の極大魔法の光で、兄さんは部隊ごと消滅させられた!」
骨も残らなかったという。
「家にも、何も、戻らなかった……!」
遺品の一つもなく、ただ戦死ということしかわからなかった。リーグルーネは兄を愛していたから、その死は受けいれがたいほど彼女を打ちのめした。
「兄さんが死に、私たちを女手ひとつで育ててきた母も、体調を崩してそのまま死んだ! お前さえ、いなければ、兄も母も死ぬことはなかったっ!」
『お悔やみを。だが、俺がいなくても君の兄さんは死んだかもしれないし、母上殿もなくなっていたと思うよ』
「お前っ!」
『事実だよ。あの戦いを運良く生き残っていれば、まだご存命だったかもしれないが――』
「黙れ! 黙れっ!」
リーグルーネは怒りに任せて電撃を放った。しかし、ジン・アミウールには届かない。
『もういいか? それともまだ他にも、俺への恨みはあるか?』
「どこまでも、ふざけて――」
『ない? なら、次は俺の番だね』
「!? 誰が、お前の話など――』
放たれる電撃。しかしそれは霧散する。
『いいや、聞いてもらうよ。自分だけ感情をぶつけて、人の話を聞かないのは卑怯者のすることだからね。公平ではないだろう? ……大丈夫、俺が念話を使っているのは、君の脳に直接言葉をぶつけるためだからね』
どうあっても無視できない。ジン・アミウールは、リーグルーネを逃がさない。
『ゲルネイスト平原の戦いのことは、よく覚えているよ。何せ俺が、大帝国軍相手にはじめて、バニシング・レイを撃った戦いだったからね。人に対して、大集団に向けて、大量に殺した初めての戦いだったからね――』
リーグルーネは息を呑む。念話にこもった負の感情、憤り、怒りに殴られたような衝撃をぶつけられた。念話にダメージはないはずなのに。怖いとさえ感じた。
『俺は、その戦いの直前までは、バニシング・レイを人の集団に撃つことに躊躇いをおぼえていた。いくら戦争で、敵とはいえ同じ人間を、まとめて消し飛ばしてしまうことに躊躇っていた。魔獣相手なら遠慮もなかったけどね』
ジン・アミウールは冷ややだった。
『あの時、俺を、君がいう化け物に変えた事件が起きた。当時の大帝国は、連合国軍との一大会戦の場としてゲルネイスト平原を選んだ。何故なら、開けていたから。そして彼らは、新型の大規模攻撃用の魔器を使用した』
平原が光りに包まれ、そこにいた軍に参加した連合国各国軍2万人が、たった一撃で消し飛んだ。
『わかるか? 俺が、バニシング・レイを人に撃つことを解禁した理由が』
仲良くなった人がいた。一緒に酒を飲んだ人がいた。娘を思う父親がいた。初陣を許され、一人前の戦士になれることを目を輝かせていた若者がいた。
それが全て、灰燼となったところを目撃した――ジン・アミウールの念話に潜む闇が、リーグルーネにぶつかった。
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