第1621話、問答にもならない
放った時には、相手に当たっている。直線上という条件はあるが、アスパルの光の魔法は、瞬きの間もなく当たる。
だから対峙して狙われた者は、ほぼ即死である。
「やりました、中佐!」
部下のリーグレーネ、ブラーが歓声をあげたが、アスパルは眉間にしわを寄せる。
――ジン・アミウールかもしれない魔術師が、防御の魔法の一つもかけていなかっただと? そんな馬鹿な……!
アスパルの光の攻撃魔法は、所詮は魔法に過ぎず、防御の対策を取れば防ぐことができる。
言わば初見殺しの技に近いのだが、敵がかの英雄魔術師というならば、あまりにも無用心だった。
あるいは真・大帝国の魔術師など雑魚同然と慢心していたのだろうか?
などと考えていた時、アスパルは違和感に気づいた。
胸を撃ち抜かれた敵魔術師は、相も変わらず立っているのだ。普通ならば心臓を貫かれ、いや失い、その場で倒れるはずなのだが。
「まさか……!? 生きてる!?」
リーグレーネが目を剥く。アスパルも信じられないものを見て、驚愕する。
痛みを感じる間もなく、平然としているように見えて、数秒といわず倒れるものなのに、敵はまだ立ち続けているのだ。
ブラーが息を呑む。
「まさか、幻覚魔法!?」
「いいえ、あそこにいるのは間違いなく人間」
リーグレーネが声を震わせる。
「あの魔力は人のもの。幻覚や擬装魔法なら、魔力の量がここまで膨大なはずが……!」
すっと、ジン・アミウールが右手を動かして、手のひらを向けてきた。アスパルは叫ぶ。
「回避だ!」
その瞬間、ブラーが胴体を撃ち抜かれた。
「え? あ――」
心臓を一撃で撃ち抜かれ、ブラーは絶命、落下していく。
「中佐の光速魔法!?」
リーグレーネは驚きに目を見開く。
そしてアスパルも絶句する。研究を重ねて、ようやくものにした光速の魔法、初見必殺のそれを、一目見ただけで模倣したというのか。
そんなことができるのは、ジン・アミウール。シーパングの英雄魔術師!
「おのれ!」
アスパルは接近しながら、光速魔法を連続して放つ。攻撃はすべてジン・アミウールに吸い込まれ、しかし彼は平然としている。
「馬鹿な! 当たっているはずだ!」
『残念ながら、君たちに勝ち目はないよ』
唐突に聞こえた声、いや念話がアスパルの脳に当たった。先ほど、転移魔法陣を避けた時に聞こえた声だ。
『ジン・アミウール!』
アスパルが念話を返すと、魔術師は淡々と言った。
『攻撃されたから反撃したが、降伏する気があるなら受け入れるが? どうするね?』
『降伏だと……! 今さら――』
すでに戦いは始まっていて、今も敵としてすでに攻撃魔法で応酬している。本当に今さら感が強い。
『後から出てきた君たちには、そう思えるだろうけど、こういう降伏勧告は、始まる前と、終わりの前に出すものだからね』
『終わり、だと……!?』
『そう、終わりだよ』
反乱軍にもはや勝ち目はない。同盟軍の都市潜入部隊は、目的を果たしている。これ以上戦っても無意味だと言うのだろう。
確かに、反乱軍に最初から勝ち目などなかったことは認めよう――アスパルは思う。
もしかしたら、あるいは一矢報いる気概はあれど、誰もが勝てるなどとは考えていなかったに違いない。
だがそれでも戦った。何故ならば――
『我々は抗い続ける! 真・大帝国の敵に! 大皇帝陛下の理想を阻む者に降伏などせんのだ!』
『居もしない存在にすがって、無用に戦火を広げて、どうする? それがクルフ・ディグラートルの望みとでも言うのか?』
『貴様が、陛下を語るな!』
アスパルは新たな魔法を使う。拡散する光線が、ジン・アミウールを取り囲み、四方から串刺しにする!
『いいや、語らせてもらおう。俺とクルフ・ディグラートルは古い付き合いでね。言ってみれば、君よりクルフという人間を知っているんだよ』
ジン・アミウールの姿はなかった。気配を探る。――どこに行った!?
「中佐、上です!」
「上!?」
顔を上げる。しかしそこに英雄魔術師の姿はなくて。
「どこだ!?」
『クルフ・ディグラートルは、もはや戦争に興味を持っていない。……あー、そうそう、君らが望んでいる通り、あの人は生きている』
念話が響く。姿を消す魔法かもしれない。魔力で、ジン・アミウールがどこにいるか探る。
――大皇帝陛下が生きている、だと……!?
『世迷い言を……! それでこちらの戦意を挫くつもりか!?』
アスパルも念話を返す。これに反応して、奴がどこにいるかわかれば――
『不思議なものだ。死んでいて欲しいと願う者が彼の生存を知り、彼に生きていて欲しいと願っているはずのものが、死んでいるという認識とはね。クルフが聞いたら泣くぞ』
いや――ジン・アミウールの念話は言った。
『彼は泣かないな。何故なら、君たちのことなど、眼中に入っていないから。気にも留めないよ』
『っ!』
「中佐、後ろです!」
リーグレーネの悲痛な叫び。振り返れば、そこにジン・アミウールが立っていた。音も気配もなく、ただ魔力だけが強く集まっていく。
『たまには、相手の言い分に耳を傾けてもいいかな、と思ったんだ』
電撃が走り、ジン・アミウールの頭、そして体を切り裂いた。リーグレーネが、危険だがアスパルをかすめるほどの至近に魔法を放って、横合いから英雄魔術師を貫いたのだ。
だが、ジン・アミウールは霧散し、再びアスパルの背後に現れた。
「不死身、か――」
『君たち反乱軍は、どいつもこいつも同じことばかり並べて、新鮮さに欠ける。もういいよ』
風の刃が、アスパルの胴を横に切り裂いた。対魔法防御ローブを貫通して。
『君はクローンではないから、少しは話が通じるかと思ったが、青エルフクローン兵と変わらないな。……降伏勧告はした。従わなかった君が悪い』
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