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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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第1620話、英雄魔術師、終わらせにかかる


「もぬけの殻だと!?」


 特殊戦闘団『ドゥーホウス』の指揮官である、魔術師アスパルは、踏み込んだ先に、不審者はおろか、謎の魔力の流れの元となる物体もなかったことに目を向いた。


「十数秒前には、確かに反応はあったはずだ……」


 集合住宅の最上階に踏み込んだ部下たちは、浮遊魔法で浮く指揮官を見上げて首を横に振った。


「アスパルだ。モハル教授、そちらでモニターしているか?」

『見ているよ』


 司令部にいるモハル教授の声が、通信機から返ってきた。


『君たちの最終確認の直後だったか、急に反応が消えた。まるで霞のように』

「我々を引きつける囮だったということか……」

『転移で逃げたというのでなければ、そういうことになろうな。遅かれ早かれ我々が突き止め、踏み込んでくると想定して、仕掛けていたと考えるのが妥当だ』


 くそっ――アスパルは毒づいた。

 その時だった。


 はい、ご苦労さん。


 声が降りかかった。その瞬間、魔法陣がその集合住宅を透過し、最上階を通過した。


「!」


 アスパルは咄嗟(とっさ)に後退した。周りで浮いていた数人も魔法陣に巻き込まれ、そして消えた。


「転移魔法陣!?」


 囮として仕掛けていたのだから、当然、罠もセットになっていると早く気づくべきだった。ドゥーホウスの魔術師の大半が、突然の転移魔法陣に巻き込まれて飛ばされてしまった。

 難を逃れたのは、アスパルの他――


「リーグレーネ、ブラー、お前たちだけか!?」

「中佐殿」


 女魔術師のリーグレーネ、男魔術師のブラー。それ以外にいなかった。


「気をつけろ。敵は近くにいるぞ」


 先ほど声がした気がした。少なくとも、転移魔法陣を仕掛けてきた敵は、彼らを見ている。


『中佐! 聞こえるか!?』

「モハル教授?」


 通信機から切羽詰まった声がした。


『大変だ、中佐。敵が「エールタⅡ」に攻撃を仕掛けてきた! すでに艦内に入られた!』



  ・  ・  ・



 イースタスの町の上空に留まっている反乱軍の強襲揚陸艦『エールタⅡ』。シェイプシフター情報部よれば、都市守備隊の司令部ということになっている。

 敵がね、俺たちが妨害に出てきたから、まあ文句を言いに殴り込みをかけたってわけだ。


「あいつらが、こちらの邪魔をしなければ、この揚陸艦も転移で吹っ飛ばしてやったのにな」


 ディーシーのテリトリーに巻き込んで転移させる前に、敵さんのほうが先にやってきてしまったから、方法を変えて直接乗り込んだというわけだ。


『都市の反乱軍兵は、例の邪魔者以外は、全て追い出してやったぞ、主』


 DCロッド――ディーシーさん、敵兵の転移作業を終了。お疲れさまでした。


『あとは、このエールタとそこの連中を排除すれば、都市にちょっかいを出されることはない』


 これで破れかぶれの住民虐殺ルートは、不可能になるってことだ。

 よくも邪魔をしてくれたものだ。それがなければ都市に被害を出さずに、追い出せたものを。


『シェイプシフター強攻兵、艦内に侵入。敵兵を排除しつつ、制圧にかかる』


 突入したのは、俺たちだけじゃない。都市潜入部隊の特殊部隊、そして敵艦に乗り込み、制圧するシェイプシフター強攻兵が『エールタⅡ』の制圧にかかっている。

 ライトニングバレットを手に、勇猛果敢なシェイプシフター兵たちが突入し、反乱軍クローン兵を撃ち倒し、奥へ奥へと進んでいく。

 狭い艦内通路で、炎属性の魔法をぶっ放す奴はいない。シェイプシフター強攻兵は、こういう場所での戦い方を心得ている。


「少々手順と違うが、こっちはこっちで終わりにしてしまおう」


 町の外や、艦隊同士の戦いより先に終わってしまってもいいだろう。


『主、例の邪魔者たちが戻ってきたぞ』


 ディーシーの報告。俺は確認する。


「何人だ?」

『3人だ』

「オーケーだ。じゃあ、歓迎してやろうかね」


 シェイプシフター強攻兵が、頑張って揚陸艦を制圧にかかっているから、俺は新手の迎撃をしよう。


「こっちへ来てくれてよかった」


 敵魔術師が、魔法で都市を攻撃する、という手もあったわけだ。つまり、まだ彼らのトップは、住民への攻撃を命じるまで追い詰められていないことを意味する。

 ……俺としては、さっさと敵を追い詰めてもらいたいんだけどな。あまり考えたくないが、討伐軍が苦戦していたりするんだろうか?



  ・  ・  ・



 飛行魔法で、イースタスの航空艦艇用ドックにある強襲揚陸艦『エールタⅡ』のもとへ戻るアスパルら、ドゥーホウスの魔術師たち。

 そんな彼らは、揚陸艦の甲板に一人の男が佇んでいるのを見た。全長200メートルを超える艦の甲板にポツンと立っているそれに何故気づけたか? 答えは強力な魔力の塊――強い魔力をまとう存在だったからだ。


「この機械兵器の時代に、きちんとレベルの高い魔術師が敵にもいたか」


 シーパング同盟といえば機械兵器という印象が、反乱軍兵には強い。あるいは新政府に属する大帝国魔術師かとも思ったが、アスパルも伊達に魔法軍にいたわけではない。大帝国のそれとの違いは、魔力の気配でわかる。


「ちゅ、中佐!」


 随伴するリーグレーネが突然、声を張り上げた。


「あ、あれはジン・アミウールでは!?」

「なに、ジン・アミウールだと!?」


 かつての連合国の英雄魔術師。実はシーパングの出身で、同盟軍を率いる常勝の将軍として、真・大帝国を追い込んだ敵。


「まさか、こんなところに、あの呪われた英雄がいるはずがない!」


 残敵掃討だろう? そんな戦いに、総大将が出てくるのか? アスパルの動揺はしかしわずかだった。


「相手が誰であろうとも潰す! 今はそれだけだ」


 魔法軍の特殊部隊を舐めるなよ――アスパルは、手を甲板に突っ立っている魔術師に向け、そして放った。

 光速の攻撃が、かの英雄魔術師らしい男の胸を貫いた。

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