第162話、反省会
王都に着いたら日が沈む寸前で、ユナとベルさんを除いて冒険者ギルドに立ち寄る余裕もなさそうだから、そのままアクティス魔法騎士学校へ帰った。
回収した素材の処分や反省会は明日な、と声をかけ、その日は解散した。
青獅子寮で夕食を摂った俺、ベルさん、アーリィーだったが、そのアーリィーがかなり挙動不審だった。きっと大空洞での冒険話をしたいんだろうけど、メイドや近衛が聞き耳を立てているかもしれない場で話せないのでもどかしいのだと思う。
話したくてうずうずしている、そんな子供っぽいところが、見てるこちらとしては微笑ましい。まあ、気持ちはわかるけどね。サキリスやマルカスも、それぞれの寮でルームメイトたちに話しているんじゃないかな。
その日の夜は、俺とアーリィーは同じベッドに入ったが、彼女は早々に寝てしまった。お疲れ様でした。でも俺は性欲を持て余す。
翌日、午前はいつものように授業。その合間の休憩時間中、ユナ教官を除く面々はアーリィーの席――まあ隣は俺の席でもあるんだが、そこに集まって昨日の話をした。
「正直、昨日の経験はかなり濃厚でしたわ」
サキリスはその堂々たる胸の前で腕を組みながら言った。……サキリスの口から濃厚とか聞くと、いかがわしく聞こえるわ。どうしてだろうね?
「例えるなら、この三年あまりの授業を一日で経験したと言えば言い過ぎかしら?」
「それはさすがに言い過ぎだと思うぞ」
マルカスが苦笑した。
「ただ、これまでの学んできたことは、ああいう場で発揮するためだった、と思えば、そうかもしれない」
「これまでだって野外での演習はしただろう?」
俺は問うた。ルイーネ砦への野外演習で、魔獣や獣の相手をしている。その以前だって、小規模な戦闘経験は積んでいると聞いているが。
「そうは言うが、一日であれだけ魔獣と戦ったことはなかったぞ?」
マルカスが反論すれば、机に頬杖をついていたアーリィーが同意した。
「班ごとに分かれた時なんて、運が悪いと戦闘できずに終わってたし、前回のルイーネ砦だって、人数がいたからローテーションしてたでしょ? 正直、魔獣と戦わずに済んだ人もいたし」
あー、確かに。森での戦闘はガンガンやったけど、砦の時は俺、クラスの後ろのほうで見ていたこと多かったな。
ベルさんが机の上で丸まりながら首を振った。
「昨日はまあ、ルーキーながらよくやったと思うよ。けど、お前らもそれなりに思うところもあったんじゃないかね?」
サキリスとマルカスは難しい顔になる。そこへ次の授業の開始を告げる鐘が鳴った。この続きはまた後で。
・ ・ ・
授業が終わり、昼食後。俺たちは集まって、昨日の反省会を行った。
まず口を開いたのはマルカスだった。
「個人的な反省点を挙げるなら、まず第一に、装備が重すぎた」
昨日のダンジョン攻略で、プレートメイルに兜、剣に盾とフルセットで戦ったマルカスである。
「防御に関しては不満はないのだが、帰り道、情けないことにおれはバテた。ジンが浮遊板を貸してくれなければ、皆の足を引っ張っていた」
あのとりあえず浮かせるだけの板に、マルカスの装備の一部を載せたことで、マルカスは自力でダンジョンの入り口まで戻ることができたのだ。
俺が重量軽減の魔法を使ってもよかったのだが、あの浮遊板が重量物を載せた状態でどこまで保てるのか見るためにちょうどいい機会だと利用していたりする。
「重量のことを言うならわたくしも」
サキリスが挙手した。
「ミスリル製は軽いと言っても鎧ですもの。もう少し軽くしたいですわ」
あと帽子、と、コウモリの群れとの戦闘でのことも付け加える。
防具の重量ね。俺は小さく頷いた。他には?
「武器を新調したいですわね。ラプトルと戦って、もう少しリーチのある武器が欲しいと思いましたわ」
小型竜であるラプトルは首が長く、噛みついてくる場合、どうしても剣のリーチだとその頭と首のみしか攻撃できない。かといって首ばかり狙っていたら、急に距離を詰められた時に、剣では対応できなかったらしい。
「おれは逆だな。威力が高い武器――鎚とかメイスが欲しい」
アイアンソードで叩いても、上手く打撃が乗らなかったことを気にしているのだろう。相手との体格差や位置のせいもあるが、マルカスは打撃を求めたようだった。
「ただ、威力という点では、ジンがかけたエンチャント系の魔法はよかったな。あの魔法はおれでも覚えられるだろうか?」
「できるだろう。そもそもここは魔法騎士学校だぞ」
魔法を使う騎士を育成する学校である。魔法科の教官に――ってユナか。あれに聞けばいいし、他にも魔法を使える教官もいる。
「魔法かぁ」
アーリィーが考え深げに言った。
「ボクも、暗視の魔法を覚えたいな。ダンジョンの中って暗い場所も多いだろうし」
「暗視魔法もいいけど、あれ使いどころ気をつけないといけないぞ」
例えば暗視の魔法使った状態で、急に明るい場所に行ったり見たりすると、目をやられる。最悪、失明の危険もある。
「魔法を覚える、というのはいい考えだと思いますわ」
サキリスは、俺を見た。
「ラプトルの動きを封じた魔法とか……。魔法って攻撃系の魔法ばかりに目が向きますが、補助系統の魔法も見直す必要があるかと」
おお、殊勝なことを言っているぞ、サキリスのくせに。
俺が少し感心していると、ベルさんがあくびをしやがった。
「まあ、どうせ、シャドウバインド見て、自分もアレコレとか思ったんだぜ、きっと」
こいつ変態だからな、と黒猫が言えば、サキリスは顔を赤らめた。
「な、な、何を言ってますの!? そ、そ、そんなわけないでしょうが!」
あぁ、そういうことか。感心して損した気分だ。
サキリスの慌てぶりに、アーリィーとマルカスはそろって首をかしげた。まあ、サキリスの変態的嗜好を知っている者は、俺たちを除けばいないと思うので、何のことかわからないという二人の反応は正常だ。
反省点のあぶり出しと共有は続く。全員が誰が何を考えているのか知っておくのは大事だ。ひと通りの話し合いの後は、問題を解決するための行動に移ることにする。
「ギルドに行って、ラプトルの解体素材をお金に換えてこよう。ついでに武器を調達しようか」




