第161話、ラプトルの群れ
タンと岩を蹴る音がした。
低い唸り声と共に、骸骨どもがいたフロアの向こう側から、二足歩行型小型竜のラプトルが姿を現す。
小型竜といえど、その大きさは成人の馬よりも大きく、また瞬発力に長ける。爬虫類特有の鱗を全身にまとい、鋭く尖った歯からは獲物を前に涎が滴る。
前から三頭、うち一番右の個体が灰色の外皮を持っている。ほかはオレンジがかった茶色だ。そして斜め後ろの通路じみた穴からも二頭が姿を現した。どうやら、観戦を決め込むわけにはいかなさそうだ。
「ベルさん……?」
「手は貸さないぞ。オイラは見てるだけだ」
黒猫は早々にそう宣言した。はいはい、俺たちで何とかしろってことね。
「サキリス、下がってアーリィーとユナの前、後方の奴をやれ。マルカス、君は俺と前の三頭だ。アーリィーはサキリスと協同で後ろの奴。ユナは二人のサポよろしく」
俺は手早く指示を出す。奇しくも男二人と女三人に分かれた。マルカスはカイトシールドを前面に出しつつ、引きつった笑みを貼り付ける。
「おいおい、ジン。おれ一人で三頭を相手取れってか?」
「いいや。二頭を俺が拘束するから、残る一頭を相手してやってくれ。悪いが一人で」
「……了解した。一頭なら何とか……」
マルカスは一歩を踏み出す。前の三頭が一斉に向かってきた。速い。地面を蹴りだし、飛び込んでくる。
「シャドウバインド!」
俺は両側の二頭めがけて手を伸ばし、魔力――影を使ってラプトルの足を捕らえ、その場に繋ぎ留めた。
マルカスは向かってくるラプトルを正面から迎え撃ち――
「ぶち当たるな! はね飛ばされるぞ!」
注意したが、間に合わなかった。
マルカスとラプトルは衝突し、お互いに後ろに倒れ込んだ。硬いものが衝突した者同士、すぐには立ち上がれないようだった。……ああもう!
俺は右手で捕らえた灰色ラプトル、その細首に影の拘束を巻きつけ、引き絞った。空気を求めて口を開き、もがくそのラプトルだが、次の瞬間ゴキリと音を立てて首の骨が折れた。泡吹いて倒れるラプトルの影拘束を解除。左で押さえている奴は……もうちょっと様子を見よう。
「おい、マルカス! しっかりしろ!」
俺は治癒魔法をかけてやる。
今のマルカスは車とぶつかったようなものだ。見た目が無事そうでも、案外ダメージがあったりする。
「立てるか?」
「あ、ああ……」
のろのろと立ち上がるマルカス。一方で彼と衝突して倒れていたラプトルも首を振りながら起き上がると咆えた。マルカスも咆えた。気合を入れたらしい。
マルカスは盾を前に出して突っ込むと、ラプトルの顔面に先制のシールドチャージ。小型竜の頭が側面を向いた時に、アイアンソードで首に斬りかかった。
出血。血しぶきが飛ぶが、浅かった。首が飛ぶこともなくラプトルが叫ぶ。
「堅い……!」
そんな声が漏れた。もう一発、盾でラプトルをぶん殴り、再び剣を振り下ろす。
ラプトルの頭頂部に刃が当たるが、殴った程度で深くは刺さらない。敵の頭が高い位置にあったので、マルカスの力が充分に伝わっていないのだ。だから鱗状の外皮と相まって威力が乗らない。
「サンダー・エンチャント」
俺は雷属性をマルカスの剣に付加する。刀身に電撃が走り、マルカスの次の一撃がラプトルの全身に電流をほとばしらせた。
痙攣するラプトル。俺は続いて、ファイア・エンチャントで火属性をマルカスの剣に付加する。
「そいつが痺れている間に、うまく首を落とせ!」
「お、おおっ!」
マルカスは剣を構え、ラプトルに斬首の刃を叩き込んだ。熱が加えられ切断力の増した剣は、小型竜の細首を落とす。
ようし、これで二頭目だ。
「マルカス、そっちの押さえてる奴もそのまま片付けろ!」
おう――と、マルカスは俺が拘束しているラプトルの右側面に回りこむと、その細首に一撃を見舞った。よしよし、初歩的とはいえ連係が決まればこんなもんよ。
さて、後ろはどうなってる?
サキリスが一頭を相手にして、アーリィーがもう一頭にエアバレットを叩き込んでいた。だが風弾は、ラプトルの厚い胸板にボクサーが殴るような打撃を与えているものの、わずかに怯ませる程度にしか効いていないようだった。
「アーリィー! サンダーバレットを使え!」
俺の声が聞こえたか、彼女はハッとした様子でエアバレットを手放すと――ストラップでかけているので落ちない――ホルスターに収まる魔石拳銃をとった。両手でグリップを握り、トリガーを引く。
細い電撃弾がラプトルの胸を貫き、電撃が周囲の筋肉を硬直させる。二発、三発とアーリィーはサンダーバレットを放てば、やがてラプトルは息絶え、地面に突っ伏した。
四頭目ダウン。で最後はサキリスだが手にはミスリルソードのみ。盾は近場で投げ捨ててあった。あるいはラプトルとの戦闘で手放したのかもしれない。すでにそのラプトルは痙攣していて、サキリスの剣にも電撃属性が付加されていた。
こりゃ勝ったな。俺が見守る中、サキリスはラプトルにトドメを刺した。
魔獣は全滅した。大きな歓声を上げる者はいなかった。ルーキーたちは荒ぶる呼吸を整えながら、自分が倒したラプトルを見つめ、小さく「よし」と呟いたり、無事でいることを神に感謝していた。
「怪我人は?」
見たところ大丈夫そうだが、自分自身での確認をさせる意味でも聞いてみた。全員怪我はないと返してきたが、俺はサキリスとマルカスの前にそれぞれ行って怪我がないか確かめた。……問題はないな。
「盾以外は」
俺に指摘され、マルカスは自身のカイトシールドの表側を見た。表面は鉄を貼ってあるのだが、堅いものと衝突した跡が残っていた。彼の家の紋章が入った盾に傷がついたが――
「ようやく実戦を潜り抜けた盾らしくなったな」
そう声をかけたら、マルカスはニヤリと笑った。
ラプトルと戦えたし、そろそろ今日は引き返してもよかろう。倒したラプトルからの剥ぎ取りをすると言ったら、サキリスが「剥ぎ取り?」と眉をひそめた。アーリィーも……この手の経験はないだろうな。
「じゃあ俺らが剥ぎ取りやっている間の見張りを頼むよ。……マルカス、手伝ってくれ」
俺は火竜の牙を抜いて、ラプトルの死体から素材を確保すべく解体を開始する。マルカスは、小型竜の解体は初めてだと言うので教えながらの作業。解体するのが5体もあるから、少しくらいヘマしてもいいぞ。
鋭い爪、歯、比較的綺麗な外皮に尻尾、少々のお肉。おっと……。灰色個体からは、毒袋と魔石がとれた。……何気に毒を持ってたんだなこいつ。
「売ったらお金になるな」
「へぇ」
冒険者ってのは依頼だけでなく、倒した魔獣から手に入れたものも収入になるからね。冒険者をやるなら、これは基本というか常識だから覚えておくように。
さて、採るもの採ったので帰ろう。アーリィー、サキリス、マルカスの三人は、ようやくラプトルの群れに勝った実感がきたらしく、意気揚々だった。
「よく生き残れたよな!」
「囲まれた時は、正直肝を冷やしましたわ!」
「……おーい、あんまり気を抜きすぎるなよ?」
いちおう注意はしておく。ダンジョンで油断していると、突然矢を喰らうなんてこともあるからな。
魔獣と遭遇することがあったが、ベルさんがすべて察知し、俺やユナが適当にあしらった。マルカスが途中にバテてしまったが、それ以外にトラブルはなく入り口まで戻れた。魔法車をストレージより出して、例によって俺が運転して王都へと帰途に就く。
沈み行く西日を受けながら学生たちは車の中で寝ていた。だいぶお疲れだったようだ。




