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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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第1601話、複雑な心


「――そりゃあ、大騒ぎだよ。戦争が終わったんだから」


 ガニアンはそう言うと、ノルイにジュースを奢った。シーパング島の図書館は、人がほとんどいなくてガランとしている。

 町の喧騒を離れて、静かな場所ということで心当たりのある図書館へノルイは足を向けた。そこでクラスメイトであるアヴリル姫の兄君であるガニアンと出会い、今は談話室でお茶をしている。


「同盟各国に知らせが飛んだからね。アヴリルはもちろん、ヴェリラルド王国のフィレイユ姫も国に戻っているよ」

「そうなんですか……」


 ノルイは、グレープフルーツという果実のジュースを飲む。何でもこの島にしかないフルーツなのだそうだ。すっきりして少々酸っぱいが美味しい。


「お姫様たちが国に戻っているということは……、アルトゥル先輩も」

「たぶん帰っているんじゃないかな?」


 アルトゥル・クレニエールは、ヴェリラルド王国の貴族クレニエール侯爵家の子だ。シーパング島には勉強のために来ていて、ノルイもお世話になっている。

 そんなアルトゥルも、同盟軍の勝利、そして終戦ともあれば一族の方で何かしら話があるのだろう。


「ガニアンさんは、帰らないんですか?」

「ん? あぁ、私は追放された身だからね。リヴィエルには帰れないんだよ」


 朗らかにガニアンは答えた。さらりと言ったが、追放と聞いて、よからぬ話題に足を突っ込んだのでは、とノルイは気まずくなった。


「公には、という話だけど、私はこのシーパング島が気に入っているから、そう深刻なものでもないよ。妹は私に会いにきてくれるし」


 そういうものらしいので、これ以上その話題には触れないようにするノルイである。


「でもノルイ君も嬉しいでしょ。戦争が終わって」


 唐突に話題を振るガニアン。ノルイはドキリとした。


「君はジン殿とは血縁でもあるし、シーパングが戦争に勝って、ホッとしているんじゃないかな?」

「それはまあ、そうですね……」


 ジン・アミウールのクローンだから血は同じだけれど、親族とか家族と言われても、そういう繋がりは感じていない。

 シーパングが勝利して嬉しいかと言われると、いまいち実感がない。大帝国の魔法軍所属の施設育ちであり、大帝国で戦い、勝利することが云々と教え込まれたが、大帝国自体に何か思い入れがあるとか、そういうのもない。

 名前が違うだけで、どっちがどうとか、あまりわからないというか、関心がないというか……。そんな複雑な気持ちである。


「あまり嬉しそうじゃなさそうだね、ノルイ君」

「シーパングが勝ったことはいいことだと思います。ただ、僕は外の世界のことがよくわかっていないところがあるので」

「それはそうか。人間は自分の生まれ育った土地、そこから出ることはほとんどないからね。自分を取り巻く世界は、広いようで案外狭いものだ」


 シーパングではほとんど見かけないが、町や村の外には魔獣など危険な生物や敵対種族がいて、盗賊や犯罪者なども潜んでいる。

 安全なシーパング島にいると忘れがちだが、自分の故郷から出るというのは、実はとても珍しいことだったりする。

 貴族であったり、次男や三男が出稼ぎに出たり、集落の外で作業する仕事をしているなどでもなければ、大抵の民は自分の家、集落の周りで大半の人生を過ごす。


 ――そういう意味ではないんだけどな……。


 ノルイは思ったが、敢えて指摘しなかった。大帝国出身というのも、かの国によって難民になった人々が多いこのシーパング島で口にするのは躊躇われる。


「一般人からしたら、戦争から遠い場所にいるからね、ここは。身内が兵隊をやっていたり、戦災から逃れてきた者でもないと、知らない国と知らないところで戦争しているらしい、という感想しか出てこないかもしれない」

「……すみません」

「別に責めているわけじゃないよ。それに君は身内が戦争に行っているだろう?」

「ええ、まあ……そうですね」


 ジン・アミウールとは、そこまで身内という関係かは怪しいが、よくしてもらっている手前、悪い感情はない。考え得る限り、最高の環境に置いてくれているのだから、恨むのはバチが当たる。


「安否が気になる人もいますが……それを知ってどうなる、という思いもあります」

「友人?」

「はい?」

「安否が気になる人」

「あー、ええ、まあ」


 何とも曖昧な反応になってしまう。これはガニアンの機嫌を損ねてしまったかもしれない、とチラリと思ったが、当人はとても穏やかだった。

 ガニアンもまた多弁な方ではなく、他人に対して緊張するところがあったから、ノルイのような態度にはむしろ親近感があった。もちろん、ノルイはそれを知らないが。


「生きているといいな、その友人も」


 どうなんだろう、という思いがノルイにはあるから、即答できなかった。流れている血の違いで命を狙われ、できうることなら、あの時の彼――ケルヴィスとは会いたくないような。

 先日会ったケルヴィスは、ケルヴィスの姿をした別人だったから、それはカウントしない。


「君も色々複雑なようだ」


 ガニアンは微笑した。責める空気はない。


「私も、君のことをよく知らないで勝手なことばかり言ってしまったな。すまなかった」

「い、いえ……」


 むしろ謝られてしまい、ノルイは緊張してしまう。気をつかわせてしまった。


「えっと……とりあえず、戦争が終わってよかったと思います」

「そうだね。色々落ち着いたら、また何か変わるかもしれないが……。シーパング島にいると、この平穏がとても貴重で、素晴らしいものだという実感が湧いてくる。私は、そう思うよ」

「そうですね……」


 ここでは命を狙われることもない。安全で、快適な暮らしができる。

 そしてこれからは、戦禍に見舞われた大陸の各地でも見られるようになる……か、どうかは正直わからない。野生の魔獣はいて、貧困から盗賊なども増えているだろう。


 ただ戦争が終わったことで、より大きな破壊、略奪、殺人は大幅に減るのは間違いない。平和な場所にいるとわからなくなるが、戦争が終わる、それだけで劇的に環境が変わるところもまたあるのだ。


 ケルヴィスがもし戦場にいるのなら、戦争が終わったら、これまでと激変してしまうのではないか。

 実験体に戻るのか、それとも、戦争が終わったことで、もはやクローンはいらないと廃棄、処分されてしまったりするのではないか?


「ノルイ君、大丈夫かい?」


 表情に出たのだろう。ガニアンに心配され、ノルイは努めて明るく振る舞った。


「いえ、大丈夫です」


 自分はこの平和なシーパング島にいて、今後も普通に生きていくことが許されている。しかし大帝国に残っていた実験体のクローンたちはどうなるのだろうか?

 もはや他人事のはずなのに、それが酷く気になるノルイだった。

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