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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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1605/1900

第1595話、大帝国のその後について


「クルフ・ディグラートルが生きている、という事実は、伏せていなければならない」


 俺はアノルジ元帥に告げた。


「戦争が終わろうしている時に彼が帰ってきたなら、盲目的な信奉者たちが、再び武器を取って抵抗するでしょう」


 停戦、そして終戦もまた流れ、人類にさらなる血を流させることとなる。……そんなのは御免だ。俺ののんびり生活がさらに遠のく。


「なるほどな。これは公表できない」


 アノルジは腕を組む。かつての大皇帝の生存について、自分を納得させようとしているように。

 現在の真・大帝国軍の上位階級の者は、大皇帝の選別にも残った筋金入りの狂信者である。生きている、というのがわかっただけで、全てをかなぐり捨てても行動するのは容易に想像できる。


「これは、私が死ぬまで秘密として抱えておこう」


 元帥閣下は首をかしげる。


「本当に、クルフ・ディグラートルは殺せないのか?」

「ええ、不死身ですよ」


 厄介なことにね。俺もそうだけど。


「そうなると……私は何が何でも、フィーネ・グリージスの身の安全を図らないといけないわけだね」


 アノルジ元帥はため息をついた。

 解放軍上がりの新政権において、解放軍の将兵たちがどれだけ、ディグラートルの一族を根絶やしにしようと声をあげようとも、フィーネ・グリージス宰相を守らないといけない。

 部下や民の反発を集めても、支持を失うことになっても。


 でなければ、新政権と国が、報復に燃えるクルフ・ディグラートルによって滅ぼされる。彼の信者たちが大皇帝の帰還と共に決起すれば、もはや押さえようがない。


「とんでもない爆弾だな」


 聞かなければよかった、と顔に書いてある。だがそれは、聞いたことで初めて浮かぶ感想だ。聞かなければ、好奇心を抑えられなくなるに違いない。

 だから、聞いてよかったんだよ、これは。


 クルフの件について、それ以上の質問はなかったので、俺は話を変えることにする。


「それで、決まりましたか、新たな国の代表は?」

「当面は私が宰相として、大帝国をまとめる方向になっている」


 面白くなさそうにアノルジは唇を曲げた。この人は、元来自分が先頭を切って引っ張っていくタイプではないように思える。だから、あまり嬉しくない役割なのだろう。

 俺だって、シーパングを作っておいて、王をやっていないからね。同類だよ。


「お察しします」

「ありがとう。君だけだよ。皇帝になれますね、なんて聞きたくもないことを言わないのは」

「代表は必要ですから。宰相を名乗られるということは、大皇帝になるつもりはないということかな、と」

「おれの家は、貴族ではあるが、そこまで大きいところでもない」


 アノルジが、私からおれに切り替えた。多分にプライベートな面が強い話題だからだろうか。


「正直、大皇帝の地位が欲しいとも思っていなかったし、元帥になれたのも真面目に仕事をやってきたからだと思っている。あまり政治に関心がなかったから、何だかんだここまで生き残れたとも思う」

「でしょうね」


 野心を持ち、大皇帝の後釜に座ろうとした連中は、帰ってきたクルフに大粛清されたからな。一本化して団結していれば結末も変わったのだろうが、俺が俺がって内部分裂を起こしたことで、大皇帝の怒りを買ったわけだ。

 それで残ったのが、権力争いから一番遠くに身を置いたアノルジだったというのは、皮肉だろうか。


「おれは皇帝の器じゃないよ。生き残っている連中で、一番偉い階級にいたというだけの人間だ。皇帝なんて重すぎる」


 アノルジは宙を睨んだ。


「適任がいれば、そいつに押しつけてやるのだがな。おれもいい歳だし、田舎でのんびりしたい」

「それは同感です」

「貴殿はまだ若いだろうに」


 苦笑するアノルジである。


「まあ、中央から離れたいという気持ちは、おれにも理解できるがね」

「解放軍では、大帝国の後継者の話はしていないんですか?」

「したよ。したが、まあ適当な候補がいないから、おれに押し付けようという雰囲気がな。少なくとも、元帥であるおれがいるのを差し置いて、皇帝やりますという奴はいない」

「シェード将軍はどうです?」


 俺が、シェード君の名前を出せば、アノルジは「それな」と相槌を打った。


「おれも、あいつならと思うが、本人にその気はない。それに噂だと、シェードはディグラートルの血筋だ。奴を皇帝に担ぐと、同盟国やその他から、まだディグラートルが支配するのか、と警戒される」


 確かに。俺はシェード君のことを知っているが、知らない人間からしたら、あの大皇帝の隠し子、血縁が大帝国の皇帝になったら、この国はまだ大陸制覇を諦めていないのではないか、と余計な不安を煽ることになるだろう。


「何より、あいつも皇帝をやるつもりはない。本人がその気がないんじゃなぁ」


 そういえば、シェード君は、クルフから大皇帝の座をプレゼントされて断ったんじゃなかったっけ。その言葉通りだったということか。


「あいつも落ち着いたら田舎で暮らすとか言っていた。政治にも関わるつもりもないらしい」

「どいつもこいつも……」


 俺を差し置いて、のんびりだと? それなりの歳であるアノルジ元帥は、引退して老後生活してもらっても構わないが、それより若い奴らがそんな早く中央から離れるのは、モヤっとするぜ。


「まあ、皆、ここ数年の戦争で疲れているのだ」


 しみじみとした調子でアノルジは告げた。


「友人を失い、心に傷を持った者たちばかりだ。休みたいという奴には、そろそろゆっくりさせてやりたい。体は傷がなくとも、心にできた傷を皆抱えているんだ」

「……そうですね」


 思い起こせば、この戦いで死んだとされている者たちの顔がよぎる。連合国で英雄魔術師だった頃のが、一番多い。シーパング同盟では戦死者はかなり減らせただろうが、それでも死者は出たし、数字だけでなく、知り合いも少なくない。……俺もゆっくりしたいよ。心が死ぬ前にさ。


 だが、目の前のアノルジは、真っ先に離脱することなく、やりたくもない宰相をやるという。

 後任ができれば、さっさと離れるつもりとはいえ、それまでは若いが傷ついた部下たちから引退させて、最後まで責任を全うするつもりなのだ。……こういうところなんだよな。部下を優先させた結果、海軍上がりの将兵から絶大な人気があって、解放軍がまとまったのも。


 もし彼のことを、権力にしがみついているとか、宰相の地位に就くことに反対なり文句を言う者がいれば、元帥殿はこう返すだろうな。


『じゃあお前がやれ。おれはさっさと引退するから』


 そう言って押しつけるさまが、ありありと思い描けるのだった。

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