第1592話、宰相のささやかな思考
フィーネ・グリージスは、シーパング同盟の誇る英雄、ジン・アミウールと面談した。
取り立てて美形というほどではない。男性としては平均。その顔立ちは、明らかに民族の違いを感じさせる。
体型もまた平均の域を出ないが、ドッシリとした安定感を強く感じた。大地に根を張り、たとえ地面が揺れようとも、強風が吹こうとも微塵も動かされることはない。この安定感は何だろう?
動向したネーヴォアドリスの王子、ヴェリラルド王国の公爵と比べても、何があっても倒れないと思わせるのは、かつての大皇帝に通じるものがあった。
――クルフ・ディグラートルが名指しするだけのことはある。
彼は、かねてよりジン・アミウールという存在に注目していた。連合国の英雄魔術師。その頃から、すでに赫々たる戦果をあげていて、大皇帝もまたそれを楽しんでいるところがあった。
……そういうところは、フィーネ・グリージスもまた似たようなものだ。思い返せば、シーパング同盟の侵攻、その戦いぶりを聞いてあれこれ考えていたところは、かつての大皇帝と同じかもしれない。
親子という実感はあまりないのだが、そういうところでクルフ・ディグラートルと似ているのかもしれない、とフィーネ・グリージスは思うのだ。ただ単に、そんな大皇帝の姿に影響されていただけかもしれないが。
――そう言えば、あの人が、ジン・アミウールのことで怒鳴ったり罵ったところを、私は見たことがなかったな。
大帝国の貴族や将軍たちは、悪魔のようにジン・アミウールを嫌い、味方の犠牲を嘆き、復仇に燃えていた。彼への罵詈雑言もまた凄まじかったが、クルフ・ディグラートルだけは、むしろ好意的に見ていた。
大皇帝は、彼を自分と同格の存在と見ていたのだと思う。ケルヴィスの姿でいたクルフ・ディグラートルもまた、そこは変わらなかった。
そして気づくのだ。クルフは、同格の友人が欲しかったのだと。
フィーネ・グリージスは、ジン・アミウールと話をし、食事を共にする機会を得た。停戦、実質の敗戦が確定した後ではあって、自分としてもどこか自棄に近い感情で当たったが、それがむしろよかったのだ。
真・大帝国宰相としての立場ではなく、フィーネ・グリージスとして彼と話せた。
率直に言って、楽しかった。
政治の話ならガードも必要だが、プライベートなお喋りだったから、ケルヴィス時代のクルフと話しているように遠慮しなかった。
彼が、真・大帝国にいたなら、と思ったことは偽りがない。もし時間が戻せるなら、彼が連合国から切り捨てられた時に接触して、味方に引き入れていた。
その願望は何度も思い返していたし、自分がその状況にいなかったからどうにもならない立場なのに、悔しく思ったりしたものだ。
だが仮に、ジン・アミウールを味方に引き入れることに成功したとして、今のような関係になれかと言えば、それは疑問が残る。
その時は、宰相と魔術師という立場で上下関係ができていて、今ほど気楽に話せたりはしないだろう。
いやどうだろうか。当時の大帝国の空気からすれば、ジン・アミウールが味方に加わったところで、周囲からの風当たりが相当強かったと思う。
それならばフィーネ・グリージスの直属とか、かなり近いところで関係を持って、気のおけない風になっていかもしれない。少なくとも、ケルヴィス時代のクルフのような関係だ。
――……いけないな。
つい彼のことを考えると、ありもしない想像にはまってしまうことがある。
閑話休題。
過去を思っても仕方のないことだが、これからのことを思えば、最後にジン・アミウールと話せたのはよかった。
これからシーパング同盟との停戦、そして終戦の流れとなって、真・大帝国は解体され、旧大帝国派閥による統治となる。
戦後賠償で、新政府もまた当面は厳しい状況にあるだろうが、まだ大帝国人による政府があるならマシと言える。
それと並行して、真・大帝国軍、政府の高官は、戦勝国や旧大帝国派の統治のための生贄とされることだろう。
賠償で補い切れない部分で、戦争犯罪人として裁かれ、政治的に国民のご機嫌取りに利用されるのだ。
フィーネ・グリージス自身、政治寄りに身を置いてきた人間だから、それはよくわかっている。
――クルフ・ディグラートルは私を生かすつもりのようだけれど。
ジン・アミウールと話して、フィーネ・グリージスの亡命について話を通すこともできるという。あの人が始めた戦争なのに、よくもまあ部外者な立ち位置に身を置けるものだと呆れてしまう。
フィーネ・グリージスにしても、大皇帝が身を引いた時、戦争をやめようと言えなかった分、人のことをとやかく言えないのではあるが。
全てを死者であるエラ・キャハら大皇帝親衛隊将校に押しつけて、政治屋は生き残る――ということもできたし、その方向でシーパング同盟――ジン・アミウールは考えているようだった。
実際、軍部が強かったのは事実ではあるが、責任の全てを丸投げしてしまうのは、フィーネ・グリージスの趣味ではなかった。
互いに言い出せなかっただけで、エラ・キャハはフィーネ・グリージスにとっては友人だったのは間違いない。
そうやって責任回避をしなかった場合、フィーネ・グリージスの未来は明るいものとは言えない。
よくて幽閉。普通に考えれば断罪され、処刑というパターンだろう。軍部にいくら責任を押しつけたところで、戦勝国というのは気まぐれだ。ジン・アミウールや元大皇帝が手を回そうとも、同盟の他の指導者たちがそれを認めないこともある。
むしろ旧大帝国派閥の怨恨、それを晴らすための生贄になるかもしれない。
――私の人生とは、何だったのだろうな……?
軍に入らず、出世もせず、一貴族令嬢として生きていたなら――今頃、旧帝都の粛正で死んでいただろう。それも友人――いや軍に入らなければ友人にはならなかっただろうエラ・キャハの手によって。
だが戦争もなく、平和に暮らせていたなら、軍に入らず、生きていたならどうなっていただろうか、と考えずにはいられなかった。
それが、フィーネ・グリージスに与えられたささやかな自由だった。
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