第1560話、父と娘
ケルヴィスの姿をしたクルフは、不在中に敵地であるシーパング島にいたという。この答えは、フィーネ・グリージスを驚愕させた。
「それは確かなのか、クルフ?」
「ええ。ジン・アミウールにも会えました。いやはや、まったくもって素晴らしい体験でした」
「ジン・アミウールだと!? 本当なのか!?」
さらに驚かされるフィーネである。正直、信じられなかった。見えない拳に何発も殴られているような感覚だった。
「どうやって、シーパング島に!?」
「遺産の巣近辺に来ていたシーパング同盟の戦艦に忍び込んだんですよ。そしてそのまま彼らの本国に便乗です」
クルフは、ティーセットを持ってきた。いつぞの苦いお茶――南方特産のニーヴェル茶がそこにあった。
「当面、連絡は取れなくなるというのは、まさか敵艦に忍び込んだからか?」
「そうですよ。……どうぞ」
「ありがとう。よく潜入できたな」
「苦労しました」
言葉とは裏腹にまったく苦労を感じさせない表情だった。フィーネ・グリージスはお茶を一口。苦味、いやまろやかなコクを舌に感じる。
「あれ、ひょっとして美味しい、か?」
「初回より、舌が慣れたのかもしれません」
自身もお茶を啜りながら、クルフは言った。
「人間は慣れる生き物ですから。ファーストコンタクトが最悪でも、二度目は意外といけてしまうことは珍しくない」
「普通に君の腕が上がったんじゃないかな」
「あちらで、お茶の淹れ方を教わりました。シーパング島はいいですよ。法に抵触しない限りは、何でもやれますから」
「ふーん。それでシーパング島では何をしていた?」
「観光と滞在です」
「潜入したのだから偵察でもすると思ったのだが」
「観光で得た情報も、使い方次第では偵察や諜報になるんですがね。ただ私の場合、早々にジン・アミウールに正体が発覚してしまいまして。大っぴらなスパイ活動は無理でしたよ」
「ジン・アミウールに会ったと言っていたな。捕虜になったのか?」
「いいえ。彼は私を快く迎えてくれました。まんざら知らない仲でもないですし」
「……それがわからない」
フィーネ・グリージスは睨んだ。
「ケルヴィス、いや、クルフの交友関係が随分と謎だった。マトウ博士とも知り合いだっただろう? クローン研究所、魔法団絡みで知り合った可能性もなくはないから、そこは目をつぶれたが、さすがに今回ばかりはな」
「ジン・アミウールは、私の師の一人ですよ。彼といると新しい発見がある。正直、楽しいです」
「……」
「嫉妬ですか? 自分がまだジン・アミウールに会っていないから」
「何を言い出すかと思えば」
フィーネ・グリージスは鼻で笑う。
「私と彼は、敵同士だ。私は真・大帝国の宰相。現在の真・大帝国指導者だ。対してジン・アミウールは、大帝国打倒を掲げるシーパング同盟の将軍だ」
「私もかつて、彼の敵でしたよ」
クルフはお茶をすすった。
「姉上が、ジン・アミウールに一定の好感を持っていたのはわかっています」
「何だ、好感とは!」
「彼の話をする時はいつも上機嫌だったじゃないですか。普通は逆ですよ。大帝国の敵なんですから」
「……」
閉口するフィーネ。彼女は小さくため息をついた。
「それで、今の君の立ち位置はなんだ? シーパング島で、ジン・アミウールに会い、同盟に感化されたか?」
「私はどちらにも与することはない立場だったんですが……正確には、ジン・アミウールと約束しましてね。この戦争には大皇帝としては関わらないって」
「……!」
「ただ、実の娘が苦労しているので、親らしいことをしてやれなかった代わりに、この期に及んでお声がけしようと思った次第です」
「大皇帝、陛下……?」
フィーネ・グリージスの言葉に、クルフは頷いた。
「まあ、そういうことですよ、我が娘。……といっても実感はあまりないんですが」
何せ隠し子で、直接親子として関わったことは一度もなく、知らぬまま上司と部下の関係であった。
「オリジナルって……そういう」
ようやく、フィーネ・グリージスは、目の前の少年が、大皇帝クルフ・ディグラートルであることを認めた。……まだ、にわかに信じきれていないが。
「君が、私の父だったとして、ご用件は? 伺いましょうか」
「君がこれからどうするつもりなのかなー、と思って、その確認」
クルフは口調を改めた。
「一応とはいえ後継者に君を指名したわけだけど、タイミング的には最悪だったわけで、面倒を押しつけてしまった。そのことは悪かったと思っている」
国を渡せば喜んでくれるかな、と思った時に書いて遺したら、彼女を苦境に立たせてしまった。つまりは貧乏くじを引かせた、いや押し付けたわけだ。
「この戦い、もうすぐ決着がつくだろう。……今、私のクローンが統合作戦司令部周りで奮闘しているようだが、直に片がつく。軍が壊滅すれば、もはや抵抗の余地はない。その場合、君はどうするのか、と聞いているのだ」
「……」
「降伏か? 徹底抗戦か? それとも自決か? あるいは亡命か」
「どれもあまりゾッとしませんね」
フィーネ・グリージスは皮肉げに笑った。口調に関しては、完全に両者で力関係が逆転していた。
「最後の亡命というのがわかりませんが。……私に亡命できる国などありませんよ」
「シーパング本国に亡命できるようにしてある」
クルフは告げた。
「我が師であり友人であるジン・アミウールは、君の立場に同情的である。現状、戦争継続を図る軍部の存在が、停戦も講和も妨げている。全ての責を、軍に押しつけたとしても、間違ってはいない」
「……」
フィーネ・グリージスは無言である。その表情は冷静そのもので、しかし何を考えているのか、表情からは窺いしれない。
「あなたは、私が娘だから、助命をジン・アミウールに頼んだのですか?」
フィーネの声は硬質だった。
「軍に全ての責があり、政府はそれに従うしかなかった、と? ふざけているのかっ!」
彼女は怒鳴った。
「あなたが始めた戦争でしょう! 軍は、亡きあなたを信奉し、この狂った戦いを継続しているっ! それで娘は助けて、あなたを信じて戦った者たちをゴミのように捨てると? 自分がこの状況に追い込んでおいて、よくもぬけぬけとっ! 恥を知れッ!」
クルフは黙って聞いていた。面と向かって彼に怒鳴ったのは、果たしてどれくらい遡る必要があるか。
しかし、クルフは微塵も揺るがなかった。
「言いたいことはそれだけか?」
英雄魔術師@コミック、第8巻2月15日発売! ご予約よろしくです!
1~7巻、発売中! コロナEXなどでも連載中。どうぞよろしくお願いいたします!




