第1559話、帰ってきたケルヴィス(?)
「ガルダフト、ね……」
真・大帝国宰相であるフィーネ・グリージス・ディグラートルは、報告を受けて小さく眉を動かした。
すでに帝都にシーパング同盟軍が侵入し、守備隊と激戦を繰り広げている。敵の勢いは凄まじく、防衛の要となる統合作戦司令部に迫っている。
フィーネ・グリージスは、宰相権限で保有している独立戦闘団であるガーズの投入を決めたが、真・大帝国軍部も、ここにきておそらく最後だろう切り札を切ってきたようだった。
「ケルヴィスが帰ってきたこと、私には一言もなかった」
統合作戦司令部の防衛に出てきた魔神機ガルダフトは、ケルヴィス・ディグラートルの機体である。その操者は、ケルヴィス以外とは考えにくい。
「私のもとに帰ってくるんじゃなかったのか?」
裏切りにも等しい。姉のようにクローンに接し、彼のほうでもまんざらでもなかったように見えた。実によく気がきく賢い子だったが……。
「不愉快だな」
待ち人は来ない。大帝国の未来の為と、もうひと頑張りしようという気になったのは、彼がいたからだ。
大皇帝の娘と言われ、後継者に指名されたところで、フィーネ・グリージスは大皇帝になるつもりは微塵もなかった。
だから、自分でこの国を終わらせるか、託すにふさわしい人材がいれば、後進のために道を作ろうと思った。
その結果が、期待の後継者に裏切られたとあっては虚しいだけである。
「もう少し、早くわかっていればな。ガーズを使わずに済んだ」
裏切りの代償に、軍部にすべてを押しつけて雲隠れすることもできただろう。敗戦ともなれば、宰相として責任をとるつもりだったが、つまらぬ裏切りにあっては、大帝国への忠誠も献身も失せるというものだ。裏切った奴が責任をとるべきだ。
外では激しい戦いが続いている。今この瞬間も、敵を倒し、味方も倒れる。青エルフクローンがどれだけ死んでも、所詮は戦闘の部品。しかし帝都防衛には、生粋の大帝国軍兵もいる。彼らは気の毒ではある――フィーネ・グリージスは自らの境遇と重ねて同情した。
「――それで、姉上はここを動かないつもりなのですか?」
幻聴か、ケルヴィスの声がした。
いや、馬鹿な。彼は統合作戦司令部にいて、軍部――エラ・キャハの下についたのではなかったか。
――あまりに恋しくて、聞こえないものを想像してしまうようになったらしい。
フィーネ・グリージスは自嘲しつつ、窓から帝都の景色を眺め続ける。
「私は宰相だ。責任者というのは、逃げるわけにはいかないものだ」
「そうですか」
隣に誰かが立った。しかし声はケルヴィスのそれ。まさか――フィーネが視線を向ければ、軍服姿のケルヴィス・ディグラートルが立っていた。
「ケルヴィス君!?」
「ご無沙汰していました、姉上」
爽やかな好青年ぷりは、さらに磨きがかかったようだった。フィーネ・グリージスは度肝を抜かれる。
「いや、まさか。君は戦場にいるものと思っていたが……」
「ガルダフトですか? ええ、そうですね。あれはケルヴィス専用機ですから、そう思うのも無理はない……」
もったいぶった口調は、フィーネがよく知ったケルヴィスのそれ。しかし――
「ずいぶんと、他人のような口振りなのだな」
「ええ、他人ですから」
ケルヴィスは、さらりと言った。フィーネは一瞬、目を見開くが、すぐに別の答えが浮かんだ。つまりは。
「ケルヴィスと同じ、クローンか、君は」
「残念ながら外れです、姉上。私はオリジナルですから」
そう言うと、少年は応接席に座った。
「話しませんか、フィーネ? あなたの疑問にも何でも答えますよ」
「なるほど……」
フィーネ・グリージスの脳裏に、警戒の文字が浮かぶ。このケルヴィスの姿をした何かは、敵、シーパングのスパイかもしれないと思ったのだ。いつからだ、と思う一方で、いまさら何をしにきたとも考える。
外に、侵入者警戒の合図だけ送り、フィーネ・グリージスは、ケルヴィスの向かいの席に座った。
「何から話してくれるのかな? ケルヴィス……いや、オリジナル君?」
「クルフで結構ですよ、フィーネ」
「……」
ふざけているのか? その名前は、ケルヴィスらクローンのオリジナル。クルフ・ディグラートル大皇帝の――
そこで、ふと思う。まさかオリジナルという意味は、大皇帝本人ではないか? いやしかし彼は戦死したはずだ。何より姿が違う。初老の男と少年ではあまりに違いすぎる。
やはりこの少年は、大皇帝のクローン体で、ケルヴィスらのオリジナルという意味ではないか。
「まず、戻ることが遅れたことに謝罪を。だいぶ遅くなりました」
「そうだな。戻るというのを信じて待っていたら、この状況だ。しかも統合作戦司令部からケルヴィス君の魔神機が出てきてさらに困惑した」
「種明かしをすれば、最初に姉上に会ったのが、本物のケルヴィス。途中から入れ替わり、あなたとお喋りを楽しんでいたのが、私です」
「入れ替わり……だと」
道理で戻ることが遅れたことを謝ってきたわけだ。遺産の巣を巡る騒動の時の、ケルヴィスは目の前の彼だったということだ。
「なるほどね。ここにきて、意外に早く理知的な雰囲気を身につけたと思ったが、その時には君に入れ替わっていたわけだな、クルフ?」
「そうなります」
「そうか。……そこに君のお茶セットがある。一杯作ってくれないか?」
本当に自分が知るケルヴィスを演じていた彼なのか、その確証が欲しかった。言葉や口裏合わせはできても、お茶の味までは合わせられないだろう。
「いいですよ」
躊躇いなく、クルフは答えると席を立った。執務室の一角の空席だったケルヴィス、いやクルフ専用席。彼は迷うことなく、セットを取り出し、どこで手に入れたかわからない魔法具を使って、水を出し、お湯を沸かし始めた。
あの魔法具が間違いなく使える時点で、本人ではないか、とフィーネは思う。自分もやってみようとして、使い方がわからず断念したことがあるのだ。
待つ間、暇なのでフィーネは声をかける。
「遺産の巣で連絡を寄越した後は、どうしていたんだ? 今までどこにいたんだ?」
「シーパング島にいました」
「は?」
フィーネ・グリージスは聞き違いかと呆然となる。
「すまない、クルフ。もう一度言ってくれないか。どこにいたって?」
「シーパング島ですよ。同盟軍の本国にいました」
振り返ると、クルフはケルヴィスの顔で悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
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