第1545話、暗い先行き
帝都を支える地下で連続した爆発が起きた。
フィーネ・グリージス・ディグラートル宰相は、執務室の作業中、微かな揺れを感じたが、それだけだった。
書類に目を通してサインを――という流れは、駆け込んできた武官によって中断を余儀なくされた。
「魔導研究所で爆発?」
「はっ、施設は複数の爆発により、状況確認が困難であります! おそらく、何者かの破壊工作かと」
破壊工作――フィーネ・グリージスは顔をしかめた。
つい最近も、施設で爆発事故が起きてジャナッハのクローンが一体巻き込まれて死亡している。
新兵器の開発、研究において事故はつきもの。だから爆発が起きたこと自体は、ああまたかで済むのだが、それが事故ではないとなると穏やかではない。
「この期に及んで破壊工作とは、シーパング同盟のスパイか?」
「可能性は高いですが、まだ調査中です。現在、ジャナッハ殿の生存確認を急いでおりますが、不明者多数です」
また、爆発に巻き込まれてジャナッハ――そのクローンが死んだかもしれない。クローンで、本人が予備の予備を作っていたようだから、またひょっこりジャナッハのクローンが現れるかもしれない。
「シーパング同盟が帝都の先まで迫っているタイミングで、研究員が使えないのは痛い」
あそこには試作の兵器はもちろん、強力な新兵器の生産がギリギリまで行われているから、健在だったなら、帝都防衛戦が始まる直前に投入できる可能性もあった。
だが、その施設が失われたとなれば、その逆転の可能性はすこぶる低くなったと言わざるを得ない。
――エラ・キャハは、ジャナッハの新兵器がいくつか間に合い、何とかなるのでは、と言っていたが……。
怪獣なる巨大魔獣が間に合ったという話だったが、詳細を見れば辛うじてコントロールはできるものの、運用に課題を残している様子だった。
しかもぶっつけ本番だから、さらに使う側も不手際をさらすのではないかと、不安もある。
「統合作戦司令部に繋げ」
エラ・キャハ本人に確認を取る。フィーネ・グリージスは専用回線を用いて、司令部に連絡を入れた。
大将を出せと言ったら、交換手はすぐに、我らが親衛軍大将のエラ・キャハに繋いだ。
「おや、意外に早く出たな」
『そりゃあ、これほど気にいらない事ばかり起これば寝不足になるというものよ』
冗談に付き合えるということは、まだ余裕はあるか、とフィーネは旧友を思いやる。
「適度に寝ろ。睡眠不足は美容の敵だ」
『そうしたいのは山々だけれど、そうも言っていられない』
エラ・キャハの声音が低くなった。
『魔導研究所の件ね?』
「そうだ。確定ではないが、破壊工作らしい」
『警備は何をやっているんだか』
心底苛立った声だった。余計な面倒を増やしてくれたことに、半ギレと言ったところか。
『おかげで現有戦力だけで何とかするハメになったわ』
「手持ちの駒で何とかするのは、いつものことだろう。何を言っているんだ?」
頼むから、ジャナッハの新兵器にすがらないと勝てないという考えに囚われてくれるな、とフィーネは思う。ただ司令官が現実逃避したくなるような状況である、と現状を見ることもできる。
「それで、現状防衛線を構築し、各方面からも帝都に戦力が集まっている。それが完了するのは、あとどれくらいかかる?」
『三日以内には』
エラ・キャハは即答した。
『もっとも、シーパング同盟がこちらの準備が整うまで、律儀に待つ保証はないけれど』
「兵法から言えば、相手の都合に合わせるのは愚策だからな。だが、あいつらはこちらの戦力が揃うのを待っている節がある」
これまでのシーパング同盟との戦いを、フィーネ・グリージスは分析し、そう判断する。
不思議なことに、かの国は戦争にありがちな弱いところを狙っての襲撃や一般人への略奪行為がほとんど行わなかった。
一部例外はあれど、そのうちの大部分がシーパングの名を騙った盗賊や傭兵崩れであるとわかっている。少なくとも、本物のシーパング同盟軍を見れば、偽物かどうかの判断はついたのだ。
そんな例外はともかく、シーパング同盟軍の攻撃対象は、その大半が軍事施設であり、都市への侵攻も、そこに大帝国軍が大部隊を配置している場所に限られた。
彼らは武力を削っているのだ。
そうであるならば、シーパング同盟軍は、帝都防衛の戦力がほとんど集まってから侵攻する――そう予想するのも難しくはなかった。
『確かに、彼らは民への攻撃を避けているところがあるわ』
エラ・キャハは冷静に返した。同盟軍には、裏切り者の元大帝国兵もいる。彼らにとっては真となってもディグラートル大帝国は故郷。身内にそれを抱えている以上、あまり派手なことはできない。
『ただ、これまでがそうだったからと言って、今回もそうであるということにはならない。何故なら、帝都攻防は、奴らにとっては最終決戦にも等しい戦いであると考えているはず。これまでのパターンを外して、裏をかく戦術もある』
「確かにな」
フィーネ・グリージスは認めた。ジン・アミウールは、相手の心理を読み、思い込みの隙を衝いてくる。フィーネが自信満々に、こちらが集まってからしか同盟軍は来ないなんて決めつけていると、奇襲を仕掛けてきそうではある。
「いつ戦闘が始まってもおかしくない、ということだな。――で、こちらは戦えるのか?」
『陸戦だけなら、ジャナッハの置き土産である怪獣を押し立てれば、勝機はあるわ』
きっぱりとエラ・キャハは告げた。狂える魔術師の新兵器に、相当な自信があるのだろう。
「……空の敵には?」
『なくはないけれど、決定打に欠けるというところね。上手く足止めできれば……あるいは』
歯切れの悪い答えだった。上手くいけば、というものは大体上手くはいかない。相手だって馬鹿ではない。すぐに対策してきて、突破してくるだろう。
だがエラ・キャハがまだ、降参していない以上、フィーネ・グリージスは宰相として、軍の奮戦に期待するしかなかった。
「正直、先行きは明るくない。そうだな……?」
『……』
「やるだけやろう。それが我々の責務だ」
『わかっているわ。――真・大帝国に勝利を!』
エラ・キャハは通話を切った。
「勝利、か」
フィーネ・グリージスは溜息をつくと、窓から新・帝都の街並みを見下ろした。
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