第1529話、帝都を前にして
ファイラカーン要塞だった浮遊島は、二つとも破壊され、大地に還った。
こちらの目論見どおり、真・大帝国は備蓄分の解体兵器を使い切ったようだった。最後は、通常のミサイル兵器や、魔器と思われる強力武器を使っていたからな。
なりふり構わず。俺たちが本気で、帝都グラン・ディグラートルに岩石落としをすると思って必死だったんだろうね。
「戦争ってのは、相手の良心に期待しないものだ」
虐殺はいけません、って、それが通用する相手ばかりではない。相手がテラ・フィデリティアコードを守る敵だったら、民間人を巻き込む攻撃はしないと信じられるが、戦争ならば略奪、破壊もオールオーケーな、勝者なら何してもいい主義が相手だとそうはいかない。
まあ、こっちがそれをやると思うってことは、逆の立場だったらそういうことをする連中だってことでもある。結局、自らの行いは全て自分に返ってくるものなのさ。
俺たちシーパング同盟軍は、墜落したファイラカーン要塞の残骸の裏にて、一時進軍停止。帝都攻略のための補給と修理、整備作業にかかった。
要塞を浮かせて移動させたけど、それまでに要塞守備隊と交戦しているから、無傷というわけでもないんだ、我が軍は。
で、帝都攻略前に、敵の強力兵器――つまり、俺たちを殺そうとする兵器の弾を浪費させることに成功したわけだが、ここで一つ、悪い話が俺のもとに舞い込んだ。
『ジャナッハが生きています』
シェイプシフター諜報部のスフェラが、いつもの如く淡々と報告した。
魔術師ジャナッハ。真・大帝国魔法軍の頭脳。イカれた兵器開発に結構な割合でかかわっている御仁。先日のワームヘッドモンスターを倒した解体魔法兵器を開発したのもこの男だ。
ベルさんが眉を吊り上げる。
「そいつはもう死んだんじゃなかったのか?」
シェイプシフター諜報部の工作員が、奴のいる研究所で事故を起こして、それに巻き込んで葬った。……そう報告を受けたんだけど、生きていた――いや、生きているか。
「クローンかな?」
『はい』
スフェラは首肯した。
シェイプシフター諜報部の仕事は信頼している。彼らが始末した以上、不死身のクルフじゃないから死んでいる。
が、そもそもジャナッハ自身、オリジナルが残したクローン。彼の研究のためなら手段を選ばない性格からすれば、そりゃクローン1体とは限らないよな。
「で、そのクローン君。もしかして、また何か厄介なモノ、持ち込んだ?」
・ ・ ・
真・大帝国帝都グラン・ディグラートル。
フィーネ・グリージス宰相は、エラ・キャハ大将と面会していた。
「ファイラカーン要塞の顛末については了解した。……まあ、仕方ないな。いや、よく帝都を守ってくれた」
エラ・キャハと真・大帝国軍への労いを口にするフィーネ・グリージスである。
結界水晶防御があるとはいえ、相手はジン・アミウール。地中の要塞を浮遊島に仕立てて、帝都に飛ばすなど常識が通用しない相手だ。
防御を過信していたら、何かしらの仕掛けで、結界を破り、帝都にダメージを与えていた可能性も大きい。
それでなくても、真・大帝国が仕掛けた攻撃の悉くを打ち砕き、時に想定外の方法でひっくり返してみせた。
彼が仕掛けた以上、必ず帝都の防御を抜ける手段も講じていたに違いない。だから浮遊島を早々に撃墜できてよかった。
「これで終わりだったのなら、よかったのだが」
「残念ながら、本番はこれからよ」
エラ・キャハは真顔だった。最近眠れていないのではないか。彼女の目元が以前にも増して鋭くなっている気がした。
「この際、ぶっちゃけてしまうけれど、ファイラカーン要塞攻防戦で、シーパング同盟軍に与えた被害は、微少であるとみているわ」
「妥当なところだろう」
要塞の外にいた守備隊と、シーパング同盟は交戦している。浮遊島にするという裏技で、要塞掃討で払う可能性のあった犠牲分をカットされた分、彼らの損害は軽いと見るべきだ。
「帝都には続々、各地の部隊が集結している。その数は、シーパング同盟を凌駕しているけれど、正直、少々の数の差では、優勢とはいえない」
「これまで同盟軍は、常にこちらより少ない戦力で立ち回ってきた」
フィーネは目を細める。
「数の差で、有利などは幻想だ。捨てろ」
シーパング同盟軍――ジン・アミウール。なるほど、この男を、ディグラートル大皇帝が名指しで注目するだけのことはある。
数年前の連合国の魔術師時代の、極大魔法による圧倒的火力による蹂躙。シーパング同盟が現れてからは、古代機械兵器を復活させ、真・大帝国と戦った。
――なるほど。私が彼に抱いている感情は、大皇帝に対するそれだ。
圧倒的な力。フィーネ・グリージスは、ジン・アミウールに直接会ったことはない。しかし彼からは、ディグラートル大皇帝と同じ雰囲気を感じるのだ。
――死んだ、と一度は言われていたが、いつの間にか帰ってきたところなど、まさに若き頃に度々聞いたディグラートル大皇帝のようではないか。
対抗できる者など、今は亡きディグラートル本人しかいないのではないか。フィーネ・グリージスは思う。目の前のエラ・キャハをはじめ、今の真・大帝国の軍人では、役不足が過ぎる。
「――宰相閣下?」
エラ・キャハの呼びかけに、フィーネ・グリージスは頷いた。
「続けてくれ」
エラ・キャハは、自身が連れてきた統合作戦司令部の参謀たちに、現状と作戦を説明させる。
「敵は、先の浮遊島を使った攻撃から、新帝都については、まったく遠慮なく攻撃してくるものと考えられます」
つまり、そこに大帝国の民がいようがお構いなく滅ぼしてしまうこともやってくるぞ、ということだ。
統合作戦司令部の参謀たちの言葉を耳にしながら、果たしてジン・アミウールは、あの要塞浮遊島を本気で、グラン・ディグラートルに落とすつもりだったのだろうか、とフィーネは思う。
彼の極大魔法で、丸ごと殲滅していく戦い方がそう見せているのではないか、と言われるかもしれない。しかし彼は城や陣地、軍隊を吹き飛ばすことは平然とやったが、町や村に極大魔法を撃ち込んだことはなかったと記憶している。
仮に、あの浮遊島を帝都に落とすつもりがなかったとしたら? 脅し? いや、意味があるはずだ。要塞守備隊の殲滅を、真・大帝国にやらせて被害と弾薬消費を抑えつつ、こちらが死に物狂いで阻止し、武器弾薬の消耗を強制させた。
――うん、それが一番しっくりくるな。
ジン・アミウールは、ただの前線の将軍ではない。戦争を深く理解し、自軍の無駄な消耗を減らし、敵には出血と消費を強要する。政治的な物の見方もできる男なのだ。
――英雄魔術師か……。
彼を部下に持てた指導者は、さぞ幸せ者だろう。今からでもこちらに移ってもらえないものか。
参謀たちの懸命な説明をよそに、そんなことを考えていたフィーネ・グリージス宰相だった。
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