第152話、本音の話
青獅子寮に戻って、夕方のひと時を過ごす俺とアーリィー。
俺の魔法工房内、王子の皮を被るお姫様は少々ご機嫌斜め。
「どうしたんだ?」
「さっきまで、サキリスとベタベタしていたから」
「ヤキモチ?」
「……どうかな。そうかもしれない」
金髪のお姫様は俺の肩にその頭を乗せてもたれてきた。この甘えん坊め。
男装している彼女と密着していると、知らない人間が見たら絶対勘違いするだろうな。
「サキリスとは恋人なのかな?」
「うーん、どうなのかな」
俺は首を捻る。
「見た目は美人だけど、彼女は変態だからなぁ」
「変態……?」
目を丸くするアーリィー。俺は小さく首肯した。
「そう、あいつ、あれで相当ヤバイ。ちょっと言いにくいけど」
「ふーん……」
「怒った?」
「別に。……だってボク、ジンとは結婚できないもん」
ボクは王子だから。――寂しそうな顔で、アーリィーは言うのだった。
「俺と結婚?」
「!?」
指摘したら、途端に自分が何を言ったのか気づいたらしく、アーリィーは顔を赤らめた。
「い、いや……今のは、忘れて」
「ああ」
「まあ、その……うん、ボクは男の子だから――」
「君は女の子だよ、アーリィー」
「……」
唇を噛み締め、羞恥に耐えている男装の姫。ふるふると震えて、可愛い。
「でも、君が王位を継がなければ……いや――」
まだやめておこう。王子ではなくなり姫となれば、と思ったが、それでも彼女が意中の相手と結婚できるかは不透明だ。そもそも仮に姫になったとしても、アーリィーは王族だし……俺と結婚できるかどうかなんて、まだわからない。
「なに?」
俺が声を出さずにニヤついたのを、アーリィーは怪訝な目で見てくる。
「気にしないでくれ」
ぼかす俺。アーリィーは少し落ち着いたのか、神妙な調子で言った。
「結婚って口にしたから聞くけど……ジンって誰かと結婚したいとか思ってる?」
「結婚うんぬんより、まずは相手だろ」
俺はアーリィーの頬に手を添えた。
「俺が君と結婚したいと言ったら?」
「本気? からかってるの……?」
冗談めかしたせいか、アーリィーは小さく首を横に振った。結婚願望は30にもなってないのだが、相手がアーリィーだったら俺はOKしそう、いやする! それだけの気持ちはある。
「気持ちは嬉しいけれど、ボクは君の隣に立てないから」
彼女は俺の額に自分の額を優しく当ててきた。
「ジンが結婚するなら、きっとボク以外の女性なんだろうなぁ」
「俺と結婚する女性は苦労しそうだ」
「どうして?」
「誘われたら、割と緩いから」
「ふうん」
あれ、女を何だと思ってるんだ、とか怒られると思ったけど、冗談だと思われたのか?
「王族や貴族の長男にとって、女性は一人じゃないからね」
いわゆるハーレムというやつか。
「ボクが本当に男で生まれていたら、きっと婚約者以外にも、何人か女性がいたかも」
「君は今でも女子にモテるからな」
羨ましい話だね。もとの世界にいた頃の俺なら、ハーレムなんてファンタジーだと思ってたよ。
「そういえば、サキリスからは特に何か言われてないの?」
「何かって?」
「付き合ってほしいとか、婚約がどうとか」
「いいや、全然」
あの変態は、己の性癖の発散に忠実だから。恋愛というよりは、主従関係の、よりSとM的な関係を望んでいる。……果たして恋人、と言えるのかこれ?
あの娘は、どう思ってるんだろうか?
単なるお遊びの延長として考えているのか、それとも……。
・ ・ ・
午後のお茶会部の部長エクリーンは、部室の外、校庭を見渡せるテラス席にいた。
実家から取り寄せたフラゴの茶葉から作った紅茶の香りを堪能しつつ、静かに口をつける。甘い。とても甘いわ――エクリーンはソーサーにカップを置いた。
「それで、今日は部活に顔を出したようだけれど、サキリスさん。よかったのかしら?」
「……何がです?」
向かいの席に座るサキリスは、優雅に紅茶を愉しみながら問うた。
「最近はアーリィー殿下やジンさんと一緒に鍛錬に励んでらしたでしょう?」
「部活を疎かにしていたのは申し訳ありません、部長――」
「別にそれを咎めているわけではないのよ。我が午後のお茶会部は、ただお茶を飲んでお菓子を食べるだけの部活ですもの。そんなことよりもよ。……貴女、ジンさんのこと、好きなんでしょう?」
「ぶっ……!」
思わず噴き出しそうになり、何とかこらえるサキリス。いけないいけない。優雅なる紅茶部副部長にあるまじき失態を演じるところであった。
「ぶ、部長、いきなり、何をおっしゃいますの――?」
「サキリスさん、淑女は大きな声を出さないものよ」
周囲の視線を他所に、エクリーンはどこまでも穏やかだった。
「貴女とは幼い頃からの顔見知りで、それなりによくお付き合いもしたわ。だからこそ言わせてもらうのだけれど、貴女は自分の将来に彼を含めて考えているの?」
「将来……」
その言葉に、サキリスはそっと視線をカップへと落とした。
「そうですね。ジンさんとは仲良くさせていただいていますが、将来をと言われると……」
「……婚約者がいますものね、貴女」
「婚約者と言っても、親の決めたことですし。わたくしは、あの方のことを好いてはいません」
二、三回顔をあわせただけで、手も繋いだこともない相手である。繰り返すが、親が勝手に決めたことであり、サキリスは何も言っていない。だが、貴族令嬢という身分からすると、そういうことは珍しくないことでもある。
「良い方ではあるのよ。貴女の婚約者。穏やかで、優しい人」
「ええ、優しい人です。けれど、わたくしには少々物足りませんわ」
「だから、ジン君でその不満を埋めている、と?」
「正直に言えば、好みですわ、ジンさんのことは」
サキリスは微笑んだ。
「剣に優れ、魔法にも通じている」
「貴女を負かした殿方ですものね」
「わたくしの理想とする騎士の要素を持っている。それに相性も……悪くありませんわ」
「最後のは聞かなかったことにするわ」
エクリーンは目を伏せた。何の相性かは、察したのだ。それなりに付き合いが深い。サキリスは視線を校庭へと向けた。
「本心を言えば、わたくしはジンさんとお付き合いしたいですし、すべてを捧げてもいいとも思っていますわ。彼は素敵ですけれど、身分の差は如何ともし難い……」
「私たち、貴族の女に自由な恋愛などありませんわ」
「ええ、そのとおりですわエクリーン部長。家が、彼との仲を認めてはくださらないでしょうし、それにわたくしが決めたことではないとはいえ、婚約者がおりますし」
「いけない人。婚約者がいる身ながら、他の殿方とお付き合いしているなんて」
そう言いながらも、エクリーンは別段咎める様子はない。サキリスは自嘲した。
「貴族の家に秘め事は付き物ですわ」
いっそ、さらってくれないかしら――ポツリと、サキリスは呟くのだった。




