第1519話、ケルヴィスを発見
その報告は、エラ・キャハ親衛軍大将を驚かせた。
「ケルヴィス・ディグラートルが二人いる?」
真・大帝国軍統合作戦司令部。そのエラ・キャハの執務室である。報告した副官は首肯した。
「はい。目下、別件で索敵中だった部隊が、秘匿施設を発見し、調査した結果、生命維持カプセル内に、ケルヴィス・ディグラートルを発見。これを保護したのですが、彼曰く、もう一人の自分に会った、と……」
「もう一人の自分。大皇帝陛下のクローンかしら?」
「可能性はありますが、大皇帝陛下クローンについての資料が見つかっていないため、現在どれだけ存在しているか不明です」
副官は言葉を濁した。エラ・キャハはその反応を見逃さない。
「何?」
「その保護したケルヴィス・ディグラートルが言うには、もう一人の自分は、本物の大皇帝陛下かもしれない、と……」
「何ですって!?」
勢いよく席を立つエラ・キャハ。
「大皇帝陛下が生きているというの!?」
「証拠はありません。ケルヴィスの証言のみですから……」
「しかし、ケルヴィス・ディグラートルは、本物かもしれないと言ったのでしょう?」
何故?――エラ・キャハの疑問に、副官は冷や汗を流す。
「どうも、その大皇帝陛下かもしれないケルヴィスは、クローンの方に『自分のクローン』という言い方をしたそうです」
自分のクローン――自分がオリジナルだと言わんばかりの口調だ。そしてケルヴィス・ディグラートルのオリジナルということは、真・大帝国国民が敬愛する神、クルフ・ディグラートルである。
「生きていた。大皇帝陛下が……」
「クローン・ケルヴィスの証言が、事実であるならば、そうなります」
これは大変な事実だ。大皇帝が生きていたなら、この劣勢の状況も覆すことができるだろう。
クルフ・ディグラートルは、不死身の英雄である。スティグメ吸血鬼帝国との戦いでも、一度は戦死したと思われたが、生きていて、親衛隊を集結させると真・大帝国軍を作り上げた。
今回も地下に潜り、新たな軍備を用意しているのではないか?
いや、前回は、親衛隊に声をかけていたが、今回はそれがない。生きていたなら、自分の死を偽装しつつも、どこかでパイプを繋いでおくものだ。それが彼に絶対の忠誠を誓う親衛軍でなければどこなのか?
――まさか、私たち親衛軍も、見捨てられた?
シーパング相手に、この体たらくである。旧軍が淘汰されたように、彼が新たな用意した戦力で、シーパング同盟もろとも現状の真・大帝国も解体し作り直す気ではないか?
いや、待て――エラ・キャハは思い直す。
「ケルヴィス・ディグラートルが二人いるとして、もう一人のケルヴィスは何をしているの?」
何故、クローン・ケルヴィスが秘密拠点に匿われていたのか。それは彼と入れ替わるだめではないか?
「時期から見て、フィーネ・グリージス・ディグラートル宰相閣下のもとにいたと思われる」
副官は答えた。
「クローン・ケルヴィスが宰相閣下の下について、しばらくして秘密拠点へ連れてこられたと聞いております。その間、もう一人のケルヴィスが、宰相閣下の傍にいたと思われます」
どういうことだ? フィーネ・グリージス宰相のもとに、ケルヴィスの姿で、大皇帝陛下がいた。
「それを、宰相は知っている?」
「わかりません」
副官は首を横に振った。
「あくまで入れ替わるまでの話しか、クローン・ケルヴィスは知りませんので」
「そうね。……そうだわ」
エラ・キャハは椅子に腰掛け、考える。
ケルヴィスが大皇帝ならば、遺産の巣の場所を知っているのも当然だ。直後、シーパング同盟軍が攻めてきて、彼が行方不明になった。
しかし、フィーネ・グリージス曰く、ケルヴィスは生きていて、独自行動を取ると言っていた。そしてそれをあまり心配していないようにも見えた。
――つまり、そういうこと。彼女は、ケルヴィスの正体が大皇帝陛下と知っている……?
そうだとして、何故、親衛軍に知らせないのか? 理由はわからないが、大皇帝陛下が公言するなと釘を刺したのだろう。
でなければ、親衛軍にも秘密にすることなどあり得ない。直属の駒である親衛軍なしでどれほどのことができるというのか。
「これは、確かめる必要があるわね」
エラ・キャハは、副官に向き直った。
「これから宰相に会うわ。ちょっと探りを入れてくる」
「はっ、承知しました。……クローン・ケルヴィスの件は如何致しますか? 先に報告を入れますか?」
「まだ、宰相殿には秘密にしておいて。事と次第によっては、手を考えないといけないかもしれないから」
保険に――なるかどうかは微妙だ。何せこちらはクローン。もう片方は本物の大皇帝かもしれないのだ。
・ ・ ・
エラ・キャハ親衛軍大将が、会談を求めている。そう聞いて、何か急用でもあるのかとフィーネ・グリージスは思った。
執務室に通せば、ますます親衛軍大将という幹部感がスタイルにも出てきた女将軍の表情を見て、あまりよくない話ではないかと察しを入れる。
前々からいい加減な言動が目立ち、癪に障るしゃべり方をする女だったが、それは欠片も残っていない辺り、立場が人を変えた例と言えるかもしれない。
「御機嫌よう、親衛軍大将殿」
「あいにくご機嫌ではないのよ」
昔は媚びた愛想笑いをするエラ・キャハだったが、今はニコリともしない。真・大帝国軍を指揮する立場であり、しかもお世辞にも戦況有利とは言えない状況だ。笑っていられる余裕はない。
ちら、とケルヴィス用の空席を見て、エラ・キャハは確認した。
「彼、見つかった?」
「いや、相変わらず、何の連絡もないよ」
大皇帝のクローンだから、多少は気にかけているのかな、とフィーネ・グリージスは思った。
「そろそろ連絡の一つも入れてほしいものだよ。今も生存しているか怪しくなってくるからな」
「……連絡はないの?」
「そう言ったが?」
念を押すように聞いてきたのが、気になった。フィーネ・グリージスは違和感を抱いた。
「それで、要件は?」
「……現在の戦況と今後について、政府と軍で摺り合わせを」
「なるほど」
聞こうか――フィーネ・グリージスは執務机の上に肘をついて手を組んだ。
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