第1517話、好奇心の修正。宇宙探検は如何?
せっかく博物館にきて、宇宙に関心を持ったようなので、俺はクルフに、プラネタリウムを見せた。
機械文明時代の人工コア『グラナテ』の資料から作ったプラネタリウムだから、ぶっちゃけ誤差どころではないズレがある。今はその修正作業も並行してやっているから、見るにあたって間違いがあることを予め表記されている。
真っ暗なドーム内に、星や銀河を模した光が映し出されて、夜空を見上げているような気分になる。コアによる音声が流れるが、何とも眠気に誘われる。
「昔、タルギア大公の屋敷で――」
クルフが昔話を始めた。
「天球の間と呼ばれる部屋があって、彼はそこがお気に入りでした。自分を中心に星が動いている、そう見えるからだと思います」
いわゆる天動説な考え方だな。実際のところ、この惑星テラも地動説が正しかった世界だけど。
「あの球体の部屋を、ひどく羨ましく感じたことがありました。昔の話です」
クルフは笑った。
「このプラネタリウムを見て、それを思い出しました」
「意外と覚えているもんだな」
どれだけ昔だと思っているんだ。魔法文明時代だぞ、タルギア大公のいた頃なんて。
プラネタリウムを出て、関係者以外立ち入り禁止区画に入る。
「どこに行くんですか、団長?」
「幻の展示だよ」
一般公開するつもりはない特別な展示というやつだ。
「何せ、この世界の人間には、些か早いかもしれないからね」
まだまだこの地上のこと、知らないことばかりの今の人たちに、別の世界を紹介するのはね……。
俺が案内したのは、宇宙開拓に行こうぜ系の展示。宇宙船を作り、この惑星から旅立つ未来を予想した図やパネル、そして模型やホログラフィック映像などなど。
「この星のある恒星系を出て、別の恒星系へ。それは果てしなく長い旅になる。一番近くでも光の速さで数年は掛かる。もっと遠くへ行こうとすれば、それこそ人の一生をかけても辿り着くことができないところも多い」
「我々のような不老不死でもなければ、とても行けないですね」
「航行中に冷凍睡眠を使い、辿り着いたら復活させる、という手も考えられた」
「なるほど。そういう手もありますね」
コールドスリープについての知識はあるようだな。ああ、そういえばグレーニャ・エルとかレオス・テルモンら魔法文明時代からの復帰組も冷凍睡眠でこの時代まで生き長らえたという話だったな。そりゃ知ってて当然か。
「長い航海に備えて、こんな巨大宇宙船を作ることも考えられた。いわゆる、都市宇宙船というものだ」
「浮遊島を宇宙船にしたようなもの、ですか」
クルフは指摘した。素晴らしい、まさにそれ。
宇宙船としてはもちろん、巨大な船内には居住区画が町のようになっていて、数百、数千の人間が生活できる。いわゆる移民船というやつだ。
巨大宇宙船での暮らしをシミュレートした模型を、興味深く見つめるクルフ。そういうところは、初めて博物館にきた少年っぽい。
「団長、一つ聞いてもいいですか?」
「俺に答えられることならな」
正直、俺も宇宙小僧じゃないんで、宇宙の話をされたらテラ・フィデリティアの知識に世話になるしかないが。
「アンバンサーたちの星は、先ほど見た宇宙地図では途方もなく遠方でした。彼らも、その道中長い年月をかけてこの星へ来たのですか?」
「興味深い質問だ」
そう、人間の寿命では、特別な対策なしでは尽きてしまう超遠距離の旅。アンバンサーが、人間には及びもつかないほどの長寿なのか? 答えはノー。人間とさほど変わらない。平均寿命が短めのこの世界だと、人間より長めではあるが、異世界の、高齢化社会である日本から見ると短い。
「実は、アンバンサーは空間転移ゲートと呼ばれる、一種の転移装置を使って、道中をショートカットしていた。だから、来たのは間違いないが、長い年月をかけたか、という答えではノーとなる」
「転移装置……」
クルフは考える。
「それが使えれば、こちらも数年、数十年とかけずに銀河系を旅ができるのではありませんか?」
「使えれば、な」
ディアマンテ曰く、テラ・フィデリティアに空間転移装置はないそうだ。敵の母星に殴り込みをかける作戦も、敵のゲートを利用する作戦だったという。
「ゲート自体は、まだ使えるようなんだけどな。如何せん、惑星テラにアンバンサーが設置したゲートは破壊された。最寄りのゲートまで、結構なお時間をかけていかないといけない」
入り口さえゲートを使えれば、座標さえ出せれば割と簡単に出られるらしい。最初の頃はゲート必須だったようで、テラの近くのゲートが破壊されたが、大戦後期には、そうではなくなったらしい。この惑星の近くに出られる座標をゲート入り口はわかってるから前回の襲来だったわけだけど、そういうところからも過去、戦争があったんだなってわかる。
「そうですか……」
一応、アンバンサー艦艇の残骸から、そういう転移システムがないか調べたんだけど、個艦単位ではやはり搭載されていなかった。
「君の収集した遺産の中に、異星人の転移装置とかあったりしない?」
「……あれば使ってますよ」
クルフはため息をついた。
「仮にあったとしても、あなたが吹き飛ばしたじゃないですか」
「そりゃそうだ。……マジであったの?」
「ご心配なく。ありませんから」
クルフは答えた。吹っ飛ばした俺としても、もしかしたら、って思っていたんだよね。
「団長こそ、転移魔法の使い手で、シーパング同盟も転移装置を使っているじゃないですか。再現できないのですか?」
「お、鋭いねえ。実は目下、開発中だ」
何せシーパング同盟の転移って、俺やベルさんの魔法でなければ、真・大帝国が使っていた転移装置を鹵獲したやつを使っているからね。
それを参考にウィリディス・オリジナルの転移装置を開発中だ。
「とはいえ、転移って吹っ飛ばす先の地形とか、そういう確認が重要だからな。ただ転移できればどこにでも行けるわけじゃない」
「確かに。転移先に何かあれば衝突だけじゃ済まないですからね」
俺やクルフは不死だけど、普通に転移の失敗は死に至る可能性も高いからね。宇宙で転移するにも、事前に無人探査機を転移で飛ばして、データを送ってもらい、そこで安全が確認されたら、はじめて船を転移させるという感じになるかな。
「宇宙か……興味深いですね」
クルフが言った。
「思えばこの星の外について、考えを巡らせることはなかったのですが、広大な宇宙という空間があって、まだ知らない星が無限にあるという。実に久しぶりです。周りに強く関心を持ったのは」
大皇帝には、このテラは狭すぎる、か? 宇宙に興味を持っていただけて、紹介した俺としても嬉しいよ。
地上は退屈だろう? 歴史も、自分が生きてきて、実際に見て目新しさもない。
宇宙へ行きたいなら作るよ。その不老不死能力を活かして、アンバンサー母星がどうなっているか見に行ってくれるとさらに嬉しいんだがね。
確証が欲しいんだ。おそらく滅びていると思われるけど、推測でしかないから。前回、異星人の無人艦隊が攻めてきたんだけど、そういうことがないって確証が。
そのついでに、君が宇宙に行っている間は、少なくともこの世界で悪さはしないだろう……?
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