第1516話、クルフ、宇宙を知る
「宇宙に、行く……?」
クルフが怪訝な顔をするので、俺は言った。
「この世界の、いや、この星の外だ」
校舎を出て、校庭へと出る。時間が授業中なので、生徒も教師も外にはいない。
「君も知っているだろう? アンバンサー……この星の外から攻めてきた異星人のことは」
「遥か昔……。私が生まれ、育ったアポリト文明よりもさらなる昔。機械文明時代に、天よりやってきた敵」
クルフは深刻な顔になる。
「我々とは違う星からやってきた……。機械文明時代の遺物にそう記されていたのは知っています。異星の文明と言われていますが、あいにくと詳しくは……」
そうだろうな。アポリト文明の頃は、宇宙に関心はなさそうだったし、仮にクルフがその有効性を認めていたなら、その軍隊もアポリト文明式ではなく、機械文明式を積極的に取り入れようとしただろう。
何故なら――
「機械文明、テラ・フィデリティアのフネは、この星の大気圏を飛び出し、宇宙に上がることもできる」
宇宙航行も可能だったわけだ。異星人からこの星を守る力を持った勢力だ。当然、技術力も上。……まあ、現在の世界を征服するなら、アポリト魔法文明技術の流用でも充分可能ではあった。
俺がテラ・フィデリティア系技術を手にいれ、そちら中心に軍備を整えなければ、ね。
グンジョーに乗り、島の中央アイトリアーに戻る。
「この星は宇宙に比べれば、砂粒一つに過ぎない。それだけ星の海は広大で、未知の世界が広がっている」
この星も人が増えて、技術が進んでいけば、人類は宇宙へと進出するだろう。
「新たな開拓地を求めて。この星を離れて、新天地を求めて、宇宙に乗り出す時代が来る」
まあ、すでにこの恒星系、星外にテラ・フィデリティアの基地が残っていて、自動艦隊がこの星を守護していた。惑星侵略要塞がアンバンサーの無人艦隊を呼び寄せた時も、テラ・フィデリティアの置き土産が参戦し、この世界は事なきを得た。
「そんな時代が来ますかね?」
クルフの疑問は、今この世界を生きる人間にとっては、想像もつかないことかもしれない。俺だって、異世界から来ていなければ、そういう考えにはならなかっただろう。
「文明が滅びることなく、続いていればいずれは、そうなるだろう」
そこまで繁栄すれば、この星は狭すぎるだろうよ。
首都アイトリアーにある博物館に到着する。シーパング島は他と地続きでないからと、割と時代観があっていない建物も平然と建っていたりする。
「色んな時代を網羅して、展示したいんだけどね」
分野は様々だ。自然史や歴史、機械文明時代や魔法文明時代の大まかなものが、再現されている。
「そういえば、君は、ここにはない歴史も実際に見てきたんだよな」
不老不死。転移でこの時代に戻ってきた俺と違って、大体の文明を見てきただろう。
「確かに色々ありましたが、正直覚えていませんよ」
「だが覚えているものもあるんだろう?」
アポリト魔法文明とかの話を言えば、大体答えるし。
「それはまあ」
「大まかな話だけでも、研究の指針にはなる。一応、物的証拠があって初めて展示するから、君の証言だけでは参考資料にしかならないけどね」
「実際に見ているのに?」
「人間には記憶違いってこともあるからな」
適当に嘘を並べられても困るしな。
「案外、人の記憶ってのはアテになるが、アテにならない」
「どっちなんですか?」
「どっちもさ。意外な正確性で覚えていることもあれば、都合よく記憶を塗り替えてしまって、間違っているのに正しいと思い込んだりな」
それはともかく――
「本当に暇になったら、ここで仕事をするか? 歴史の発掘というのもハマると面白いぞ」
「確かに、歴史表の空欄を見ると、気持ち悪さはありますね」
クルフは肩をすくめた。
「ただ、歴史というのは、見方によって変わりますから」
「そう。だから証言一つだと、間違いではないんだけど不足。偏った見方、と言われることもあるんだ」
説が飛び交い、証拠品ですら見方によって解釈が変わるというんだからもうね。
「ここの展示は面白いですね」
クルフは、静かな博物館、その展示を眺めて言う。
「椅子で座って資料を読むより、頭に入ってきそうだ」
「文字だけでは伝わらないこともあるからね」
「勉強になります」
「それはよかった」
不老として長年生きてきた彼に、新たな発見をもたらしたなら、作った甲斐もある。……あ、それはともかくとして、宇宙のコーナーについた。
「機械文明時代の資料なんだがね。この恒星系のこと、星の歴史、宇宙について、ざっとわかる」
「ほう……」
クルフは展示物を見る。この星――機械文明時代『テラ』と呼ばれていた惑星。太陽を中心とした各惑星の位置関係や、大きさ比較。ここにきてクルフにとって、初めて見る世界だったのだろう。目が輝いているのは、照明のせいだけではないだろう。
触れていい地球儀――テラ儀を回す。地名表記もあるから、馴染みの大陸も色々見えるが――
「シーパング島はどこにあるんです?」
「位置関係が気になるか?」
残念ながら一般展示に島はないよ。機密の面もあるけど、最大の理由は――
「この島は動くからな。だから地図に島を入れると、それを信じてきた人間が島を見つけられずに困ってしまうわけだ」
「なるほど」
エルフの里を移動させた話を聞いていたせいか、クルフは信じた。普通だったら、島が移動するなんて、と思うところだ。……いや、浮遊島に住んでいたアポリト人にとっては、それほど珍しい話ではないかもしれない。
俺のこれまでを見れば、シーパング島がアポリト本島の如く、浮遊できると考えてもおかしくはない。
「このテラ儀、欲しいです」
「土産物コーナーにあるから、買ってやるよ」
そして移動。テラ・フィデリティアが観測したこの銀河系の大パネルがある。
「この青い星が惑星テラ。そして遥か彼方の向こうの赤い点が、アンバンサーの母星と思われている星だ」
「銀河系というのは途方もなく大きいのに、アンバンサーたちがそんな遠くからやってきたなんて……」
クルフは息を呑んだ。
「まだまだ私の知らない世界がある……。素晴らしい。世界は広い」
ケルヴィスの姿で、クルフは言った。
「やはり、あなたをいると私は学びを得られる」
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