第1513話、クルフ、シーパングを観光する
俺が、支給した民間用携帯電話に全部発信機がついていると発言した時、怪訝だったクルフに好奇心の色がよぎった。
「全部なんですか?」
「そう、全部。何せまだ民間に対して出したばかりで数が多くない。知り合い同士で遠くにいてもお話できる代物だ。魔法具ではないが、それっぽいものとなれば、盗んで自分のものにしたり、売ろうと考える奴が現れるかもしれない」
「現れるでしょうね。……なるほど、盗難対策としての発信機ですか。……てっきり、私に鈴をつけるつもりかと思いました」
「それはない、と言ったら嘘になるな。だから、あまり怪しいことをするなよ」
尾行、追跡にも使えるぞ、暗に告げる。
こういう機械、発信機なんて、使う人間次第なんだからな。盗難対策、紛失対策と言ったところで、所持者の位置確認や情報収集だってできてしまうんだから。
「正直なんですね」
「俺の世界じゃ、一般にも普及しているけど、国によっては国民の監視ツールとして使っていたりするって話だからな。そういう使い方もあるってことさ」
「なるほど、面白いですね。民が必ず身につけるものに、発信機……そういう考えもあるんですね」
「……大皇帝の顔が出ているぞ」
俺が指摘すると、クルフは苦笑した。
「やはり、あなたといると学びがある」
「そうかい。じゃ、用意ができたなら、そろそろシーパング島の観光に行こうか」
そのために、俺がいるんだからな。
「団長が自ら案内してくださるとは光栄の極みです。しかし、いいんですか? こちらについていて」
「大皇帝陛下以上のVIPなんて、この世界に数えるほどしかいないだろう」
というのは冗談。
「お前の言う通り、前線はドンパチやっているんだがね、俺の代理がきちんと監督しているからいいんだよ」
「全てを一任できる方ですか?」
「まあね」
昨日言っただろう? 俺の分身だ。俺が現場にいれば取っただろう行動を、間違いなく遂行してくれるよ。何せ俺だからね。
スパイラ城を出て、俺のここでの愛車グンジョーTC-3まで移動する。かつて乗っていた魔法車サフィロの一般量産モデルだ。青いボディのオープンカータイプである。
「団長が運転するんですか?」
「俺の愛車だ。いいだろう?」
「格好いいですね。早そうだ」
お世辞が上手いなクルフ。
「こういうのは運転手が動かすものだと思っていました」
「こっちじゃ、貴族やお偉い身分の人は、そう考えるらしいな」
馬車でも、御者が動かすもので、お偉いさんは座っているだけだもんな。それがスタンダード。でも商人や冒険者、平民なら自分で御者を務めることもある。
「俺の世界じゃ、車好きや金持ちが、ハイスペックモデルを買って自分で運転する。というか、自分で動かすことに意味を見いだすものなんだ」
「団長もそうなのですか?」
「いいや。ただ時々、運転したい気分にもなるのさ」
日本にいた頃を思い出して。俺がこっちの世界に召喚され、何だかんだ手作りで魔法車を作ったのも、そういう故郷の何かを無意識に求めたのかもしれないな。
キーを回した状態で、スタートボタンをポチっと。車の制御用のコピーコアをシステムに積んでいるから、実のところ、指示をすれば自動運転もできる。……俺の世界の車と、どっちが進んでいるかな?
なお動力は魔力なので、有害な排気ガスなどは出ない。実にクリーン。そして静かだ。
「護衛がいないんですね」
「俺とお前に、護衛なんているか?」
「ははっ、確かに」
クルフは笑った。
「いや本音はそうでしょうけど、建前でも護衛はつけないんですか? 団長は、シーパングの実質総大将ですし」
「俺なしで回るようになってくれるのが理想なんだけどね」
首都アイトリアーの街並みを、グンジョーは走る。最初の頃に比べると、人が増えた。亜人や獣人、戦災者や迫害されてきた民を引き受けた結果だけど。
「昨日も時々見ましたが、昼間だと魔法車が多いですね」
「ここじゃ車に乗って仕事場へ、なんて珍しくないからな」
アイトリアーとシーパング六つの都市の間は、結構離れているから、車でさっさと移動したいというのもある。
ここは大海に浮かぶ島だから、外部への出入りがほとんどないってこともあって、便利な機械文明の品も、普通に出回っていたりする。車もその一つだな。
「結構なお値段するけど、お前も車を買うか? 自分で動かしたいなら、運転教習も受けてもらうけど」
車が増えるということは、事故の可能性も増える。車が走らなければ事故は起こらないが、走らせるからにはルールは必須だ。
「そうですね。買うかどうかはともかく、見学したいですね。アイトリアーには色々な車が走っていましたし、民間用というのも興味があります」
「なら、決まりだ」
カーディーラーへGOである。
・ ・ ・
見学したいというのは本心なのだろう。クルフは車のバリエーションを見て、オフロード用や、バイク、トラックなどを見て回った。
……その感想が、偵察用のバイクや人員輸送トラックなどという発想が、軍事もやっている大皇帝らしいと言えばらしいのだが。
なるほど、強いはずだ――と、クルフは言った。
「団長は、この戦争の終着点をどこに見ていますか?」
「唐突だね、クルフ君」
カーディーラーを出て、グンジョーを走らせつつ俺は言った。
「大帝国が根を上げるまで、この戦争は続く」
少なくとも、大皇帝の野望である大陸統一を諦めない限り、終わらない。
「シーパング側から講和の話を持ちかけることはない。彼らが戦う力を失い、全面降伏するまではね」
これについては、俺がこの戦争が始まった頃から、ウィリディス軍の行動や目的は変わっていない。
変わったのは、連合国が思いの外使えず、彼らに大帝国本国を攻め込ませて、大帝国を滅ぼす、または勝利するという部分か。代わりに、元連合国や、その他同盟国で攻め上がっていて、現状、元々やろうとしていたことをやっているから、俺としては問題はない。
あとは、俺以外の英雄が現れて、大帝国を打倒。お偉い人に丸投げして、俺は悠々自適な生活に本腰を入れる、と
俺は、チラ、とクルフを見た。
「君の姉上が、講和の道を探っているのか?」
「どうでしょうね……。軍部の劣勢が続いたとしても、その軍部が白旗をあげなければ、ないと思います」
いわゆる、皇帝親衛隊。クルフ・ディグラートルのご遺志を完遂するという、狂信者たちの存在。
「やはり、軍部を叩かねば、終わらんか」
「団長のご賢察の通りですよ」
元々はお前さんが始めた戦争なんだがね。途中退場してもらったとはいえ。
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