第1512話、シーパング新生活?
世の中、綺麗事ばかりで出来ていない。
人間は都合のいい方に傾くものだ。しかし皮肉なことに都合よく行くことばかりではない。
俺にとってもっとも都合のいいことは、俺がなにもしなくても戦争が終わって、のんびり生活突入であるが、そうそう都合よくはできていない。
クローマこと、馬東サイエンをウィリディス側に引き入れた。シーパング在住だけど、シーパング側ではなく、ウィリディス側というのがミソである。
前々からキメラ・ウェポン被害者を、元の人間に戻す方法はないか考えていたけど、その手の研究の専門家である馬東博士が加わってくれたことで、解決に近づくかもしれない。
ぬか喜びで終わりたくはないが、リバティ村のキメラ・ウェポン被害者にアンケートを取ってもらった結果、五割が『すぐにでも元に戻りたい』と答え、四割が『可能ならば戻りたい』、一割が『わからない』と返答した。
戻りたくない、という答えはなかったが、迷っている層が一割。残る九割は、戻りたいというとの答えだった。
迷っているのは、さほど大きな変化がない軽微な変化か、あるいは今の能力に順応して、これも悪くないかも、と思ったのかもしれない。
四割が『可能ならば』という回答なのは、これも慣れだったり、あるいはどうせ戻れないんだろうという諦めの感情からか。切迫感がないのは、おそらくリバティ村の環境がよいからだろう。
日頃から周囲から冷たい目で見られたり、差別的言動にさらされていれば、もっと切迫感があるものだろうから。
所謂、すぐ戻りたいと答えた層は、今の村の現状に悩んでいるのか、と言われるとそうではない。
よくリバティ村を訪れるユナや、警備、相談役シェイプシフターたちによると、キメラ・ウェポンの副作用的症状だったり、身体的特徴ゆえに日常生活を送るのに苦労している者たちに、元の人間に戻りたい意思が強いという。
そりゃあ獣の体にされては、人間としての食事も難しいだろうし、後遺症や発作に悩まされている人からすれば、すぐに人間に戻りたいという答えになるのは当然と言える。
痛みやらは治癒魔法で誤魔化すことはできるが、根本的な解決になっていないから、経済的にも負担になってしまうんだよな。
「――ということで、博士には、キメラ・ウェポン被害者の治療のために、ご協力頂きたい」
俺が言えば、クローマは苦笑した。
「馬東としての正体を隠せ、という割に博士呼びなのですか?」
「博士呼びが染みついているようですからね。うっかり『博士』で応えてしまっても、普段から博士呼びなら、うっかりしようがない」
「なるほど……。変に意識しなくてよいというのはいいことですね」
「変に意識することが、一番怪しいですからね」
コソコソするより、堂々としたほうがバレにくい。何とも皮肉ではあるが。
「シーパング島に研究所を作りますが、極力、博士の希望に添ったものにします。オフィスのレイアウトからトイレの位置まで」
「居住区画が欲しいですね。できれば通勤などしたくないたちですから」
「研究所にこもりっぱなしというのも、体によくありませんよ」
でも気持ちはわかる。日本にいると通勤だけで疲れてしまうこともある。職場は家から徒歩数分圏内にあると助かる。
「博士らしいと思いますが」
研究所にこもりっぱなしの、狂気の科学者っぽくてさ。
・ ・ ・
クルフ・ディグラートルは、シーパング首都アイトリアーのスパイラ城特別ゲストルームに滞在している。
シェイプシフター・バトラーやメイド付きのVIP待遇というやつだ。
「これを渡しておこうと思う」
「何ですか、これは?」
「携帯電話というやつだ」
俺の世界にあった携帯電話を、こっちの世界の機械文明時代のデータパッドやらその他もろもろで再現したものだ。
前々から軍用にあったんだけど、民間用のはこれまではなかったんだ。
「登録した番号の電話と繋がる、一種の通信機と思ってくれ」
クルフなら、軍で使っている通信機は知っているだろう。魔神機や艦艇にも通信機は搭載されてるんだから。
「魔法具……いや、機械ですかこれは」
「そう」
「コンパクトですね。モニター付きという割には小さい」
「携帯できるサイズなんだから、小さくて当然だろう?」
「それもそうですね。……団長、何をやってるんです?」
「撮影」
俺は自分用の携帯を、クルフに向けて、カシャリ。で、今撮影したのを、俺の携帯の画面に表示する。
「こういう機能もついている」
「便利なものですね。ひょっとしてこれ。ただの携帯用通信機でなく、多機能型?」
「そういうこと」
携帯用通信機、と聞いて、携帯電話って本来の意味じゃそれが正しい気がした。日本にいたころの携帯は、色んな機能がついていたよな、ほんと。
その機能を列挙していったら、こっちの世界の人間に言われそうだよな。なんでそんなに無駄に多くの機能を、これに詰めたって。
「よければデータパッドも進呈しよう。といっても、フルで機能を使えるのはシーパング島内までだけど」
「そうなのですか。大帝国から、シーパングまで直接連絡したりは……?」
「専用回線を通せば、できなくはないが、民間用ではそこまではな」
大体、真・大帝国にこれと通話できる電話がないし。民間用じゃ不要な機能だ。国際電話は、衛星みたく監視ポッドを中継すれば可能だけど、先にも言ったが、向こうに端末がないのよな。
「お前の携帯には、俺の番号と、困った時のコールセンターの番号を入れておいた」
「ありがとうございます。……へえ、これで団長と直接連絡が取れるわけですか」
「大帝国からは無理だぞ。あと俺もシーパングにいるとも限らん」
本当は専用回線通しているから可能なんだけど、俺は結構電源切っているから、出なかったりする。なので、メールでください――やり方も教えておく。
「ちなみに、アポリトソフォスの学生にもつい先日、配った」
民間用は、まだ始まったばかりでね。これから普及させるつもりだけど、はてさて……。
「お前、色々見学したいって行っていたけど、学校も見ていく?」
「よろしければ」
「まあ、そこでこの携帯持っていれば番号交換とかしてもらえるかもしれん。……とはいえ、あまり登録増やすと煩わしいこともあるから、相手は選ぶべきだろうけど」
そこのところはやってみないとわからない。
「何か困ったことがあったら、電話して。俺も常にシーパングにいるわけじゃないから、出ないことも多いけど、コールセンターのほうはここなら基本年中無休で対応してくれるから」
「わかりました。……ちなみにですが、これ発信機とかついてます?」
怪訝な顔をするクルフである。俺はニヤリとする。
「おう、よくわかったな。紛失したり盗まれたりした時のために、位置通報システムという名前で発信機がついている。民間用には全部ね」
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