第1511話、博士を勧誘する
俺の一回目の『博士』呼びをスルーしてしまい、二度目でようやく、自分が自然に受け入れていたことをクローマは自覚したようだった。
今からでも白を切るか? 一瞬考えたようだが、クローマは溜息をこぼした。
「気づいていたんですか?」
その問いに俺が頷けば、ベルさんが自身の目を指した。
「オレ様には鑑定眼があるからな。お前さんの中身がマトウだってことはわかっていたぜ」
この食事会が始まるまでは、鑑定していなかったから、識別したのはつい先ほどなんだけどね。
「お人が悪い。わかっていて、誘ったのですか」
「あなたたちの狙いを知りたいと思いましてね」
真・大帝国に協力していた異世界人の馬東サイエンを、シーパング島に招いてしまったわけだからね。
大帝国から離れていたとはいえ、ヨウ君が執拗にその命を狙っていたわけで、要注意人物、危険人物とされていた。
「たち?」
「クルフは、まあ社会見学らしいのですが、あなたとアマタスが、こちらに潜り込んだ理由――いや、これから何をするのか気になるじゃありませんか」
潜り込んだ、というか、連れてきたというのが正解だ。最初の段階で正体を見破れていれば、シーパング島には連れてこなかった。
来てしまったものはしょうがないので、未来に目を向けよう。
「迂闊な答えをしたら、これは命がありませんね」
「それは否定できません」
まさか俺たちの目があるうちに、一般人を捕まえて人体実験やら異形やらを作るなんてことはしないと思いたい。
だが、そういう思い込みを覆して犯罪を犯すから、元の世界から命を狙われる羽目になったのではないか。
「となると、私は、あなたの期待しうる答えしか言えなくなりますね。私に何を言わせたいですか?」
なるほど。シーパング島という『敵地』で孤立無援。もはや俺たちの考え一つで、命を握られているから、そちらに従うよ、と。本意だろうが、嘘だろうが。
「普通なら、あなたほどの知識と技術を持った人間を利用しようとするものでしょう」
「あなたは違うと、ジン・アミウール殿?」
もとが50代のおっさんなのに、外が美女クローマだから、妖しい魅力があるのが悩ましい。美人は得をする、という面では、外見って大事なんだな。
「害にも汚点にもならなければ、俺個人としては、まあいいかな、と」
ヨウ君を疑うわけではないけど……いや、この話は以前、ベルさんと話したな。
「俺としては、キメラ・ウェポンの被害者たちを治療し、あとは、アマタスにも頼んだワームヘッド・モンスター……これは仮称なんですけどね、その解析などをやってもらえたら嬉しいな、と」
「それが私に望むこと、命令ですか?」
「俺はあなたの上司ではないので、強制はしませんよ」
「……ただで解放もしないでしょう?」
挑むようにクローマは言った。……あの時とは姿は違えど、馬東サイエンという人物が透けて見える。――なら、これでどうかな?
「あなたは『異形の研究をさせてくれるなら、鞍替えも吝かではない』……違いますか?」
「……」
クローマは押し黙る。うーん、まだ思い出せないかな?
「『あなたの研究がどのようなものか、俺はすべてを把握していません』」
「!」
「『認められないこともあるだろうし、逆に認められることもあるかもしれない』」
「なるほど、あなたでしたか。グアラン研究所でお会いした反乱軍のリーダー」
どうやらあの時の接触を思い出したようだ。俺はあの時、素顔を隠していたし、気づかなかったとしても無理はないが。
「あの時の寛容なリーダーが、あなただったとは。意外と縁があったのですね」
「その時は、『研究を無条件で認めてもらえる保証がないのであれば、大帝国にいたほうが自由でやらせてもらえる』と交渉決裂でしたが、今は如何ですか?」
真・大帝国に戻れば、それなりにやらせてもらえるだろうが、脱走――未帰還期間が長かったし、今は後ろ盾のクルフが、自由に権力を使えるポジションにいない。戻っても自由にやらせてもらえるかは微妙だ。
まして、真・大帝国は斜陽。戻ったところで、シーパング同盟相手の兵器開発を強要されると思うね。
「どこまで認めてもらえるのですかね?」
「必要な研究ならば、俺を納得させればよろしい。一応、聞く耳は持っているつもりなので、説得してください。そうすれば素材も予算もつけますよ。その範囲で、やりたいことをやればいい」
「研究室をいただけますか?」
「もちろん」
その時点で、必要なら利用する気満々であるが、今のところは、不明な魔物に関しての助言をもらう、先にも言ったキメラ・ウェポン被害者の治療くらいだろうか。
「わかりました。こちらでわかっている機械文明や魔法文明の技術も開示していただけますか?」
「それがあなたの研究に必要なものならば」
「……いいでしょう。あなたの話に乗りましょう。……そういうことなので、ケルヴィス君」
クローマは姿勢を正した。
「私は、ジン・アミウール卿の庇護を受けることにします。お世話になりました」
「そうですか、わかりました。……まあ、今の私は真・大帝国の戦争に介入できないので、博士がどこででも、好きなことをやるのは構いません。今までお疲れさまでした」
頭を下げるクルフ。クローマは微笑した。
「そういうことなら、交友関係はこれまでと変わらないものと解釈してもよろしいですか?」
「ええ、私と博士は、これからも友人ですよ」
友情!――ということなのかな。馬東サイエンとアマタスが、大帝国に帰還しなくても、クルフは関係を続けていたし、友人というのも強ち間違いではないのだろう。変人同士、馬が合ったのかもな。
「そうそう、博士。俺たちはクローマの中が博士だと知っていますが、このシーパング関係の場所にいる時は、『クローマ』で通してください」
「見た目どおり、女性でいろ、と?」
「そのほうが周囲も落ち着くでしょうし、何より、あなたの天敵であるヨウ君がいる。こちらからバラす気はありませんが、もしクローマの中身が博士だと知られれば、絶対殺しにくるでしょうから」
「そうですね。そう思います。……彼のことを失念していましたよ」
ちら、とクローマが恨みがましい視線を寄越したのを、俺は敢えて無視した。
ここで自由に研究させてあげるけど、羽目を外すと馬東サイエンを殺したがっているヨウ君がすっ飛んでくるぞ――これ以上ない脅し文句、抑止力になりそうだ。
だから、博士が了承するまで、その事は黙っていたんだ。
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