第1510話、見え隠れする尻尾
晩餐での会話の内容が、キメラ・ウェポンとか、悪趣味の極みかもと頭の片隅で思う。が、ここにそれで嫌悪感を抱くような者はいない。
クルフにとって、人の命は軽い。アマタス、そしてクローマの中の人――馬東サイエンは、魔獣や異形が何らかで絡む話は専門である。ベルさんも気にしないし、グレーニャ・ハルも、吸血鬼化したせいか、人間に対して割と冷めた見方ができる。
さて、キメラ・ウェポンは専門ではないが、ある程度の知識はあるアマタスの話によれば――
「あくまで兵器として用いるつもりだったらしいですが、当初の実験だと人間とそれ以外を融合して、どうなるか、出たこと勝負だったようです」
要するに、推測を重ねるより、どんどん実験してその結果がどうなるか観察しよう、というところから始まったという。実験対象が変異していくのを記録し、どの程度の配分でどう変わるか、試していったらしい。
「カノナスがやっていたことみたいね」
グレーニャ・ハルがポツリと言えば、ベルさんがワイングラスを傾けた。
「誰だっけ?」
「アポリト魔法文明時代の闇の勢力のリーダー。アポリト帝国の敵だった男よ、ベルさん」
実際は、その帝国のタルギア大公と通じていて、帝国の世界支配のための敵を演じていたのがカノナスだ。
不老不死や吸血鬼の研究を行う一方、他種族をバラしたり、人と他の生物を合成していたりしていた。……なるほど、これもキメラ・ウェポンとやっていることは同じか。
「おそらく、ジャナッハも、そこからヒントを得たのでは?」
クルフが言った。
「彼は、古代文明技術の研究も専門にしていましたし、キメラ・ウェポンも、カノナスの資料か何かを発見していたかもしれない」
「カノナスは、闇の勢力という吸血鬼軍団を作り上げたわけだが、大帝国では、結局そこまでに達しなかったということか?」
「あくまでキメラ・ウェポンでは、というのが正しいかもしれません」
クルフはアマタスを見た。
「彼女の専門である魔獣兵器関係は、MMB兵器群が実用化されましたし」
「モンスターメイカーってやつだな」
ベルさんが薄く笑った。
「あれの処理は面倒だったぜ」
そう言うと、アマタスが照れたように上半身を曲げたので、ベルさんがすかさず「褒めてねえよ」と突っ込みを入れてた。
俺は、クルフに視線をやった。
「結局、キメラ・ウェポンの話は、ここ最近聞いていないが、そっち方面はもうやっていないと見ていいんだろうか?」
「ジャナッハが、そちらに熱意を無くしたのも大きいと思いますが、人を改造するよりは、他の生物を改造したほうが兵器としての性能はよいということで、落ち着いたようですね」
「何となく、やる前からわかりそうなもんだけどな」
ベルさんが口をへの字に曲げた。
「何でやったんだ?」
「人と意思疎通、コミュニケーションが取れる兵器という意味があったんですよ」
クルフは言った。
「MMB兵器群のそれは、人間の言葉が通じないので、一度動き出したら追加の命令はできません。ですが、キメラ・ウェポン系は、人間とコミュニケーションが可能なので、命令に対して柔軟に対応できる……という触れ込みでした」
「確かに」
リバティ村に収容したキメラ・ウェポンの犠牲者たちは、基本は人間で、他生物の特徴を埋め込まれたタイプだから、会話が可能だし、意味もきちんと理解し合える。
俺は、ちら、とクローマを見る。一人会話に加わっていない風だが、そわそわしているようだった。
中身である馬東サイエンとしては、色々今回の話題には言いたいこともあるだろう。だが本人はそれを隠しているつもりなので、下手に口出しできない。正体をバラさないように警戒しているのだろうね。……こっちは、ベルさんの鑑定でもうわかっているんだけど。
「で、肝心の元に戻す処置については……可能かな?」
話を戻してアマタスに向ければ、彼女はチラチラとクルフとクローマの間で視線をさまよわせた後、言った。
「それは、正式な依頼ということで?」
「そうだな。君は魔獣関係の専門家で、そちらの知識を借りたいが、他に急を要するものはないし、やってくれると嬉しいな」
「ジン様からの依頼とあれば、努力はしますが……。正確な資料はいただけますか?」
「もちろん。さすがに手探りが過ぎては、解決するものも解決しないだろう」
アマタスに依頼という形でふってみたが――そこでグレーニャ・ハルが口を開いた。
「吸血鬼であるなら、体の構成は魔力なのだがら、そういう別因子を変身させたり、除外もできるんだけれど」
「変身か……」
「根本的な解決ではないのだけれど、変身の魔法なりができれば、見た目は人間になるのではないのかしら?」
グレーニャ・ハルの意見。確かに根本的な解決ではないな。
「変身だけなら、今でもできる者もいる」
たとえば、ハーフサキュバスのエリサとかな。彼女も普段は翼や尻尾を隠して、美人ドクターとして生活している。
「ただ問題は見た目だけじゃないのさ。副作用があって、そっちも解決しないと意味がない」
エリサだったら、サキュバスとして精子を取らないと死ぬとか、ゴーゴン型のリラは、魔眼が常に発動しているので、それを抑える術がないと日常生活を送れない、とかな。
「あのぅ……」
恐る恐るクローマが軽く挙手をした。我慢できなくなったかな?
「どうぞ、クローマ」
発言を促せば、彼女は言った。
「人体を調べられるなら、人間のものとそうでないもの――別生物のものを判別できるのではないでしょうか? たとえばこう――」
彼女は、自身の左腕を前に出して、それを切り落とす仕草を見せた。
「他生物の部分を除外し、傷を再生させる際、人間のそれで再生すれば……元の体になったりは……しませんかね?」
「なるほど! さすが――ですね」
アマタスが興奮の声を上げかけ、シュンとなった。この女、熱烈な馬東信者だったようで、ついクローマの中身に対して、いつもの癖が出かかったようだった。こっちにはもうバレているので、隠そうと演じるのは無駄な努力なんだけどね。
そういえば、馬東は左腕が義手だったな。その時の癖でつい、左腕を切り落とす仕草が出たのだろう。
クローマの言う、人間以外の要素を取り除けば、残るのは人間のそれだけなのだから、そこから取り除いた部分を、人間として治療、再生すれば、キメラ・ウェポンから解放されるというのも、それらしい解決策に聞こえる。
「その判別には、高度な医療システムと技術が必要になりそうですね。まあ機械文明に加え、魔法文明にも医療用再生設備もありますし、それである程度いけそうですが――」
俺はクローマを注視する。
「欠損の再生治療を活用するなら、できると思いますか、博士?」
「なるほど、欠損の再生……それならば取り除いた部分を人間のパーツと埋めるわけなので問題は――」
と、そこでクローマは、アマタスが吃驚しているのに気づいた。クルフが何とも言えない顔になり、ベルさんとグレーニャ・ハルは含み笑いの表情。俺はトドメを刺した。
「判別して取り除くのは、中々の大手術になると思いますが、キメラ要素を完全に除去するのも、理論上は不可能ではないということですね、博士?」
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