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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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1510/1901

第1500話、クローマ、シーパング島に引っ越す


 シーパング本国であるシーパング島。五つの世界樹とエルフの里の世界樹、合わせて六本が存在するこの島は、厳重に場所が秘匿(ひとく)されていた。


 同盟国の要人すら、直接行き来するにはポータルの力を借りねばならず、それゆえ、この世界のどこにシーパング島があるのか、わかる者はいなかった。


 ダンジョンコアを埋め込まれた実験体である女性、クローマは、同盟軍の伝手でシーパング島に移住してきた。


「皆さん、すみません。お手を煩わせてしまって」


 ふんわりとした調子でクローマが言えば、彼女のお引っ越しの手伝いをしている少年たちは、そろって笑みを返した。


「いえいえ」


 最年長のレウ、そしてアルトゥル・クレニエールとノルイは首を横に振る。


 彼ら三人は、シーパング島一番地区に居を構えることになるクローマのご近所さんということで、不慣れな彼女の生活のお手伝いをすることになっている。


 なお、この人選は我らがシーパング島の裏のボスである、ジン・アミウールからの指示による。

 ダンジョンコアを抱えているクローマに対して、アポリト魔法文明時代の魔術人形であるレウは、体の変調など気づけることがあるかもしれないという判断。


 アルトゥル・クレニエールは、クレニエール東方侯爵の息子であり、朝と昼はシーパング島で学業、放課後はウィリディスでの事務業務や監督などをやっている。軍で行動中のジンに、何かあった時に伝えられる人選として、真面目な彼が選ばれた。


 そしてノルイだが……完全に巻き添えというか、レウとシェアハウスしている影響もあってお手伝いをしていた。



  ・  ・  ・



「これは真面目な話なんだが――」


 クローマを迎える前、レウはノルイに改まって言った。


「彼女については、まだわからないことが多いから。何か不審な動きがあったらすぐに知らせてくれ」

「何か、問題が?」

「それがわからないから注意するんだよ」


 敵ではなさそう、というふわっとした状況なので、要監視ということらしい。ただ監視は他がやるので、日常生活の中で、違和感があれば知らせろということだった。


「僕で役に立てるかな?」

「ノルイは人より魔力に関して探知する力が強い。シェイプシフターたちは、そっち方面では(うと)いからね」


 異変や不審は、何も敵とかスパイだとかそういうものだけではなく、クローマの体内のダンジョンコアの変調なども注意対象ということだった。


「何かの弾みで、周りに火がついても、ノルイなら魔法で対処できるでしょ?」


 ジン・アミウールのクローンとして魔力操作は、そこらの者たちより優れている――らしいノルイである。真・大帝国軍の施設で育てられただけに、緊急時も比較的冷静に対処できるようになっている。


「常時見ていろってこと?」

「まさか。君は学校もあるし、友達との時間も大事にしなよ。ご近所さんだから、何かと顔を合わせる機会もあるだろうから、そういう時、注意しておこうって話」


 そして、ノルイにとっての奇妙なご近所さんとの付き合いが始まった。



  ・  ・  ・



 注意しろ、と言われたので、ノルイは家に帰った後、魔力操作で、クローマの家を監視した。


 そこまでしろとは言われてはいないが、彼も思春期の少年である。気をつけてと言われれば、自分にできることをやらねばと行動したのだった。


 大人のいうことをよく聞く子供である。

 魔力を飛ばし、ぼんやりと、動きを探る。一種の魔力サーチだ。はっきり見えるわけではないが、輪郭がぼやけてそこに人がいるのがわかるのだ。


 壁だろうが、家が少々離れていようが、輪郭はわかる。クローマの家には、反応が一人だけ。


 果たして何をしているのだろうか? 魔力の輝きがシルエットとなって、だいたい推測はできる。運動をしていたり、掃除をしていたり、あるいは横になっている、とか。


 ――ん?


 椅子に座っているようだ。気のせいだろうか。こちらを真っ直ぐ見ているような。


 ノルイはドキリとした。いくら近所とはいえ、離れているのだ。こちらが魔力を使って輪郭をもとに探っているなどわかるはずが……。


 ゾクリ。


 その瞬間、ノルイは体を触れられたような感触を感じた。いや、触られたのだ。魔力で。魔力サーチされた!


『あー、えーと、ノルイ君、でしたね?』


 女性の声――クローマの穏やかな声が念話となって、ノルイの脳に届いた。


『いきなり覗きとは、趣味がよろしくありませんよ?』

「す、すみませんっ!?」


 慌てて立ち上がるノルイ。家は離れていて、壁もあれば互いに直接姿は見えない。しかし、きっとクローマも魔力サーチで自分を見ている、とノルイは感じたのだ。


『ノルイ君は、念話は使えませんか?』

「あ……」


 ここで声に出したところで、壁があって距離もあるから聞こえるはずがないのだ。動揺して立ち上がったノルイの姿を魔力サーチで掴んでも、何を言ったかまではわからない。


『ノルイ君? 聞こえていますか?』


 見られているのはわかっている。見ていたことがバレたのは気まずいが、このままだんまりはもっと悪い。根が正直なノルイは、動揺を押さえて、3秒とかからず集中すると、念話を飛ばした。


『申し訳ありません。返事が遅れました』

『はい。よくお返事してくれました。女性のプライベートを覗くのは、思春期でもよろしくはありません』

『すみません……』


 素直に謝罪するノルイである。研究所育ちでも、最低限のマナーは職員たちも教えてくれたし、シーパング島に住み、学校に通うようになって理解を深めている。


『誰かに頼まれましたか?』

『い、いえ、僕が勝手にやったことです。ほんと、ごめんなさい』


 顔を合わせることがあれば注意して、とは言われているが、覗けとは言われていない。なので嘘はついていない。


『そうですか。あまりよろしくはないですが、魔力サーチには敏感なので、私にはバレますよ』

『気をつけます。すみませんでした……』

『反省しているようなので、許します。何はともあれ、ご近所さんなのですから、今後ともどうぞよろしくお願いしますね』

『はい! こ、こちらこそ』


 では――とクローマの念話が切れた。ノルイはホッと息をつき、ソファーに腰を下ろした。


 同時にやってしまった、と頭を抱えるのだった。

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