第150話、王たちの密談
オーク軍を破ったアーリィー率いる王国軍第二次遠征隊は、当初の目的どおり、地下都市ダンジョンへ向かった。
砂の平原の巨大ワームは、俺たちが排除したから当然ながら現れず、何の障害もなくダンジョンに到達。その地下都市にしても、俺とベルさんが予め掃除した後だったから留守にしている間に入ってきた魔獣やゴブリン、オークが十数体いる程度で、制圧はスムーズだった。
石の町、廃城、オーク軍の採掘場などを制圧し、少々の戦利品を回収。その後、遠征隊は王都への帰途についた。
帰還した遠征隊は王都住民から熱烈なる歓迎を受けた。これには先にポータルで戻ったヴォード氏ら冒険者、ギルドのラスィアさんに頼んで、遠征隊の華々しい勝利を喧伝してもらった影響も少なくないだろう。
アーリィー王子と勇敢なる兵たちは、オーク軍を撃破。英雄たちの帰還に王都は沸き、王子の死を願っていたエマン王を大いにがっかりさせた。だが勝利を勝ち取ってきたアーリィーを前にしては、本心を別にしてお褒めの言葉を口にするしかなかった。
王城で、アーリィーが父王に報告する様を、俺とベルさんは密かに見ていた。王が何ともいえない複雑な表情を浮かべているのを覗き見しながら、笑い出したい衝動をこらえるのに苦労した。ざまあみろ、である。
さすがに王城で、アーリィーに手を出すことはできないだろうと思っていたが、案の定というべきか、アーリィーは無事に魔法騎士学校の青獅子寮に戻ることができた。
……そうそう、遠征隊に参加した騎士や兵たちはアーリィー参加のもと、祝勝会で大いに酒を飲み、ご馳走にありついた。約束の報酬というやつだ。
裏で手配した俺に請求書がきて、がっつりお金を持っていかれることになったが……まあ、王都防衛で得た大量の戦利品を少し処分することでお金は工面できた。……まだ数回は、この手の宴会を自腹で開けるぞ、ははっ!
ちなみに、兵たちには軍から従軍手当てが支払われた。いわゆる、戦争ボーナスというやつだ。その従軍手当てだが、俺ももらえた。
アーリィーが参加冒険者を傭兵という扱いで雇ったことにしたためだ。宴会の出費に比べたら、ちっぽけなものだったが、アーリィーが手配してくれた好意に嬉しかったのは事実だ。俺も意外とチョロいんだ……。
さて、これで地下都市ダンジョン絡みの問題はすべて解決だ。エンシェントドラゴン退治だったり、オーク軍の撃破など、最近忙しかったから、ようやくのんびりできる日々に戻れるんじゃないかなって思う。
まあ、まったくやることがないわけではないんだ。
というのも、俺はアーリィーの未来のため、準備に掛からなくてはいけなかったのだ。
まずは、エマン王の動きを牽制する必要があった――
・ ・ ・
王城の国王の私室に、その人物は現れた。
漆黒のローブをまとい、フードをかぶってはいるが、たっぷりとある髭を覗かせて、ときに手でしごくのは、先のヴェリラルド王ピレニオ・ヴェリラルドである。
現国王エマンは、机を挟み、亡き父であるピレニオ、その亡霊と相対する。
「手を出すな、ですと……?」
「そのとおりだ」
ピレニオ先王は重々しく頷いた。
「しばらく静観するがよい、我が息子よ」
「しかし、父上」
エマン王は眉をひそめた。
「あまり時間がありませんぞ。アーリィーが魔法騎士学校を卒業するのに、半年もありません。学校を卒業してしまえば、諸侯は王子に婚約をと一層騒ぎ立てることでしょう。アーリィーに娘を当てることができれば、王家との結びつきがより強固になると、貴族たちは機会を窺っている」
「言われるまでもない。王の血筋とその後継は、貴族どもにとっても他人事ではない」
まさにお前に言われるまでもない、である。エマン王に指摘されるまでもなく、王であるならば常識である。釈迦に説法だ。
「だがな、我が息子よ。アーリィーは王にはならん」
「と、言いますと……?」
何か妙案が――期待の眼差しを向けるエマン王。
「あれは、王になる気がない」
「!」
「わしは、アーリィーをつぶさに観察しておったが、将来のことでおぬし以上に悩んでおった。むろん、おぬしが王になれと命じれば従うが、王位継承権を手放せと命じれば、やはりあの娘は従うであろう」
「……命令するだけで済むのなら、楽なのですが」
「ああ、諸侯どもに、アーリィーの継承権を放棄させるに足る理由を説明するのが難しい」
ピレニオ先王が鷹のような目を細めれば、エマン王も頷く。
「たとえ継承権を手放したとしても、性別を隠していた事実を探られるのが一番困ります。いかに理由をつけようとも、不審を抱かれた時点でお終いです。一番簡単なのは失踪するか、あるいは命を奪い、さっさと埋葬を済ませてしまうか――」
魔獣に丸ごと喰われてしまうと死体も残らずに済むのですが――とエマン王が口にした時、さすがにピレニオ先王は不快げな表情を浮かべた。
「アーリィーには継承権を手放させるが、それを周囲の誰もが納得する手段で行う。そのための秘策がある」
彼女を殺すことなく、継承権第二位のジャルジーに王位を継がせる秘策が。
「どのような策ですか?」
「アーリィーが『女』であると公の場で知らしめるのだ。王族の継承ルールとして、現状女は王になれん。だからこそ、それを目の当たりにすれば、誰も文句は言えない」
「父上!? それは――」
ガタン、と席を立ち、机に手をつくエマン王。ピレニオ先王は片手を挙げて制した。
「まあ、話を最後まで聞くがよい。何も、アーリィーが生まれた時から女だったことを公表するのではない。公の場で、王子が『女にされてしまった』となれば……どうだ?」
「女にされてしまった……?」
エマン王は席に腰を下ろすと、考える仕草をとった。
「つまりは……芝居をうつということですか、父上?」
「左様。王子が皆の前で、魔法によって女に変えられてしまうのだ。そうなる様を目撃すれば、まさか始めから女子だったと思う者はいまい」
「なるほど……名案です、父上。しかし――」
眉間にしわを寄せて、エマン王は言った。
「人の性別を変える魔法など、存在するのでしょうか……?」
「おお、息子よ。そんな方法があるかどうかなど、この際どうでもいいことだ」
まだわからないのか、と言いたげな目を向けるピレニオ先王。
「世界には、いまだ解明されない事柄など山ほどある。魔法とて、すべてを操る者などおらんし、まして世の誰もがすべての魔法を目にしたわけではない。知らぬ魔法が現れたとておかしくはない。……そう、いかにもな魔法使いが、使う魔法ならなおのことだ」
「いかにもな、魔法使い……?」
「今、その魔法使い役を選定しておるところだ。我らの王子を『女に変える魔法を使う』悪い魔法使いを」
ピレニオ先王は、悪事を企む顔になった。
「わしは、フォリー・マントゥル――奴がこの役にふさわしいと思うのだが、どうだろうか?」
フォリー・マントゥル。エマン王を騙し、アーリィーの性別を偽らせるきっかけとなった諸悪の根源。その名前を聞き、同時に先王の企みと合わせて考えた時、エマン王の顔にはじめて笑みが浮かんだ。
「なるほど。あやつめに責任をとってもらうというわけですな、父上」
「ああ、我らを騙し、ここまで悩ませた罪を償ってもらう」
「しかし、父上。あやつの所在は不明ですし、なにより生きているかどうかも定かではありませんが」
「別に生きている必要はない。むしろ死んでいるほうが都合がよい。だが万が一にも生きている可能性もある。ゆえに奴が今どうなっているか探る必要があるのだ。……まあ、それはこちらに任せてもらおう。すでに手を打ってある」
「承知しました、父上」
エマン王は首肯した。
「では、アーリィーについては現状、静観という形でよろしいですね?」
「ああ、そうだな。……むしろ、エマンよ。あの娘に優しくしてやれ。よき父を演じよ。周囲から見て、いかにも期待しているように振る舞うがよい。さすれば、この企みが上手くいった後、下手に勘ぐる者も現れぬであろう――」




