第1498話、狂気の魔術師の存在
ワームヘッドモンスターを、真・大帝国は討伐した。
意外に早かったな、という思いと、倒せたか、という安堵感が同時に込み上げてきて、俺としては少し不思議な気分だった。
アリエス浮遊島軍港司令部で、俺たちは、シェイプシフター諜報部を預かるスフェラから報告を受けた。
ベルさんが口火を切る。
「で、大帝国はどうやって倒したんだ?」
『魔法軍が開発した兵器で、対大型魔獣解体爆弾、そのプロトタイプを使ったようです』
スフェラは、司令部のモニターの一部の表示を変更する。
『これは、ワームヘッドモンスターの討伐過程ですが――』
真・大帝国軍が、化け物と交戦している様子を、監視ポッドが撮影した映像である。敵魔人機エアナルが、肩にロケットランチャーを担ぎ、ロケット弾をワームヘッドモンスターに打ち込むのが見えた。
撃ったエアナルが離脱した数秒後、モンスターに異変が起きた。見えない何かに食われるように、モンスターの胴体に大穴が開いたのだ。
「え……?」
見ていたアーリィーが思わず声を出した。モニターの中で、モンスターの胴体にぽっかり食い千切られたような穴が、次々に開いた。
「こりゃあ、闇属性の魔法だなぁ」
ベルさんが指摘した。
「魔人機というか、大型のバケモンサイズではあるが。触れたものを飲み込む魔法を連続して発動させて、切り裂いているんだな」
「魔法を封入した爆弾ということか」
魔法がある世界っぽい兵器だ。解体爆弾ねぇ……。
「これって大型魔獣対策っぽいけど、機械にも効くのかね」
「見たところ上位の魔法のようだ。半端な対魔法も抜けてくるだろうから、機械も食らえば抉られるだろうな」
つまりは、魔人機も艦艇も、当たれば、ごっそり食らわれたような穴があいてしまうということだ。当たり所によってはそれでおしまい。
今回使われたモンスターだけでなく、俺たち同盟軍戦でも使ってくるかもってことだ。
「障壁や結界水晶防御も抜けてくるかな?」
「さあて。……どうなんだ、スフェラ?」
「現在、調査中です」
諜報部もご存じなかった新兵器ってことか。シェイプシフター諜報部もあずかり知らないというのは、よろしくないね。
「出所が気になるな」
「魔法軍だろ?」
それはわかっているんだ。魔法軍のどこよ、って話。俺がスフェラを見れば、彼女は頷いた。
『兵器の開発者は、魔法軍特殊開発団のトップである魔術師ジャナッハ。かつては大皇帝の技術顧問としていましたが、マトウ博士の登場で微妙に影が薄くなった人物です』
「ジャナッハねえ……」
名前は聞いている。狂える魔術師にして、研究の成功のためなら手段を選ばない男として知られる。直接会ったことはないが、中々の危険人物ではある。この男に、良心などというものは存在しない。
「うろ覚えだけど、彼は行方不明になっていなかったか?」
かのアンバンサー大要塞の戦いで、戦闘中不明者となったと記憶していたが。……馬東博士とアマタスも、そこで不明になっていたが実は生きていました、ってパターンだったけど。
『本体はそうですが、ジャナッハ博士は、自らのクローンを作り、それが研究を引き継いでいたようです』
「今いるのは、クローンなんだ……」
アーリィーが何とも言えない顔になる。
わからんでもないけどね。俺も自分がもう一人いたら、とかで分身作っちゃったタイプの人間だから。やることが多すぎる、しかし自分しかやる人がいない、となると、そりゃクローンだろうがコピーだろうが欲しくなるか。
「で、渦中のジャナッハの居場所は?」
『現在は、新帝都魔導研究所です』
研究に没頭しているようで、施設の外に出るところは確認されていないらしい。なるほど、存在感がなかったのはそういうことか。
そこでベルさんが首を巡らせた。
「なあ、ジン。そこって、前々からヤベェとこで、できれば潰しておきたいリストのトップじゃなかったっけ?」
「そう。帝都になけりゃ、とっくに潰していた」
場所がよろしくないから、保留にしていたところでもある。前にベルさんと話した時は、確か、研究所を潰すついでに帝都を占領して、ついでに宰相のフィーネ・グリージスも討てよ、だったと思う。
ただ、それで戦争が終わらないから、と答えた覚えがある。フィーネ・グリージスを始末しても、親衛隊将校が健在な限り、真・大帝国は戦い続けるってね。
大皇帝命の連中が、大皇帝が退場した後も自決せずに戦い続けているところから見て、まず確実に頭を取り除いても戦争を継続するだろう。
まだ理性があると思われるフィーネ・グリージスと、目的のためなら自国の民すら犠牲にする親衛隊。どっちがトップでいたほうがいいかなんて、火を見るよりも明らかだ。
大帝国解放軍を身内に抱えている現状、敵国だから民間人はどうでもいい、といかないのが、シーパング同盟軍である。
「しかし今回ばかりは、帝都魔導研究所は潰さないといけないな」
「選定しつつスルーした場所を、今回叩こうという心変わりの理由は?」
「ジャナッハのコピーが生きているとわかったから」
そいつが生きているか否かで、真・大帝国の兵器開発の危険度が飛躍的に跳ね上がる。前回は、もうジャナッハもアンバンサー大要塞で死んだと思われたから、新規開発はしているだろうが、対処の範囲内と思っていた。
だが、あの狂気の天才がいるのなら、環境破壊兵器や魔器の製造・保管施設ぶっ飛ばせば、大丈夫だろう、が通用しない。
今こうしている間にも、新しい広範囲破壊兵器などが作られているかもしれないのだ。皇帝の遺産を葬って、一息ついている場合ではない。
「今回のワームヘッドモンスターの騒動で、再びジャナッハの名前が出てきたのは幸運だった」
帝都進撃を続けるシーパング同盟軍にとっても、こいつの存在あるなしでは、攻略の成否が大いに関わる事態だ。
帝都に近づいたら、ちょうど超兵器が完成して、ドカン。真・大帝国の逆転ホームランなんて事態も、充分現実味が出てくる。敵の数減らして喜んでいる場合じゃないぞ。
「ジン、ひょっとして焦ってる?」
アーリィーがそんなことを言った。表情には出していないはずだけど、嫁さんは敏いな。
「まあね。ヨウ君が馬東博士を危険視して即排除に動いたように、この時点でジャナッハの存在は危険過ぎる」
俺は、スフェラを見た。
「諜報部には、帝都と魔導研究所の最新情報を収集するように指示」
シェイプシフター諜報部で破壊や、ジャナッハの暗殺ができれば任せる手もあるが、状況によっては、フィーネ・グリージスには手を出さず、帝都を襲撃するプランを考える必要も出てくるだろう。
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