第1496話、それはそれ、これはこれ
「――で、結局、受け入れたのですか?」
エリーが、やや呆れのまじった顔になる。
先の馬東博士の助手であるアマタスの扱いについて。亡命して俺の弟子に志願してきたことで、連合国出身のエリザベート・クレマユーは、お気に召さないようだ。
隣でサキリスが咳払いした。
「エリー、ご主人様の前で、そういう顔はいけません」
「! すみません、サキリス先輩」
素なのか、エリーが慌てて表情を引き締めた。いいんだよ、俺の前では素直でいてさ。
「これまでも、敵側から移ってきた人はいたよ」
最近だと、スティグメ吸血鬼帝国のお偉いさんだったグレーリャ・ハルとか、彼女の部下だったペトラ・クローンとか。
彼女たちは、帰るべき故郷も、所属していた軍も壊滅し、行き場を失っていたということもあるけど。
「……」
「どうした、サキリス?」
「いえ」
すました顔のサキリスだが、何か言いたげにも見えた。
「……言いたいことがあるなら、言っていいよ」
今はそういう気分だからね。むしろこういう時に言ってくれないと、聞く機会はないかもね。
「いえ、ご主人様は女性に甘いですから」
「拗ねてる? 甘いのは認めるよ」
女性の頼みならね。
「もちろん、これまで通り、監視はつけている。何か企めば、その時点で始末はつけられる」
抜かりはないよ。いくら俺でも、自分が納得できていない事柄まで無条件で受け入れることはしない。周りの安全が優先されるのは当然のことだ。
「というか、亡命まで言われてしまうとね……。突っぱねるにもそれなりの根拠が必要になってくる。実際、彼女、真・大帝国の軍籍上は、戦闘による行方不明扱いではある」
死亡していると思われている。生きていると分かれば、脱走者として逮捕、処罰が下される。敵前逃亡になるだろうから、死刑だろうな。つまり、彼女がどうこう言おうが、真・大帝国サイドに戻るのは、現状難しいということだ。
「そう見せかけて、こちらに潜り込むスパイの可能性は……」
「真・大帝国としてはないだろうな。手が込み過ぎているし、そもそもこうなった経緯を見ても、こちらと接触する可能性があまりに低すぎる。本気でスパイを送り込むなら、もっと別の手を使うほうがよっぽど早い」
あまりに偶然要素が強すぎる。これで真・大帝国の諜報員として送り込まれたというなら、運や確率も操作できる神だろうよ。
「ただ、疑念もある。真・大帝国ではなく、別の組織――わかりやすく馬東派と言ってしまうが、シーパング同盟に潜り込みたいとか、個人的に俺たちから魔法なり技術なりを盗みたいと思っている産業スパイ的なものの可能性はあるだろうね」
何も真・大帝国との繋がり以外にも、スパイをする理由もある。そちらばかり疑っていると、真意を見抜けないこともあるだろう。
「油断されていなければ、それでよいと思いますわ」
サキリスは頭を下げた。それが一番だろうね、やっぱり。
エリーが口を開いた。
「それで、アマタスはどうしているんですか? 先ほどデータパッドを渡したようですが」
「例のワームヘッドモンスターの解析作業と、馬東博士の研究データの作成を依頼している。俺の弟子に志願してくるくらいだ。信用を勝ち取るための誠意は見せてもらわないとね」
「さすがですわ、ご主人様」
褒めても何もでないよー。俺もタダでは信用しないからね。侯爵なんてやってると、裏に何か抱えた奴ばかりが寄ってくるから。
土産という対価を見せろとは、そういうこと。
「解決の糸口が見つかるといいですね。それで、ご主人様。真・大帝国戦線の方は如何なさいますか?」
敵が、地下から出てきた巨大化け物の対処に苦戦している間に、敵地に切り込んでいるシーパング同盟軍を動かすのか?
真・大帝国の注意が逸れている間に、本国の勢力圏拡大を狙って攻撃する?
「そうね。着実に駒を進めてゴールに近づいていいと思う。同じ戦域であったならともかく、違う場所だから、こちらに対応している敵が化け物退治に借り出されることはないだろうし」
それでなくても、真・大帝国軍は、遺産の巣を確保するために近隣の部隊をかき集め、そしてかなりの被害を出した。また彼我の戦力差が縮まってしまったなぁ。
・ ・ ・
さて、真・大帝国軍が、ワームヘッドモンスターを相手に頑張っている隙をついて、敵本国に切り込んでいるシーパング同盟軍に進撃命令を出そう。
敵さんは、こちらの侵攻ルートと思われる帝都への要衝の防衛力強化と戦力集中を図っていた。
だが、遺産の巣制圧と大皇帝の遺産確保のために、輸送艦を根こそぎ動員したようで、少々戦力の移動に手間取っている様子だった。
こういう時、真・大帝国の軍部の思考は、せめて防衛態勢が整うまでは、同盟軍に動いて欲しくないという願望だろう。
戦争の基本。相手の嫌がることをやれ。
同盟軍は、地上軍と航空艦隊共々動き、敵が築きつつあった防衛線への攻撃を行わせた。
これに対応した真・大帝国軍は、前衛の警戒部隊。その基本は迅速な移動が可能な魔人機部隊だ。
空から地上めがけて航空艦艇がプラズマカノンのよる艦砲射撃を行えば、いかに障壁持ちの魔人機でもただでは済まない。魔人機の障壁は、プラズマカノンの直撃に耐えられない。高火力武器によるゴリ押しで突破可能なのだ。
地上の敵魔人機に、空中の艦艇を一撃で撃沈できるほどの武器はない。駆逐艦ですら100メートル以上の大きさがあって、対する魔人機は5メートルから6メートルと、小人も同然なんだよな。
……スーパーロボットが装備するマギアブラスターならば、それでも一撃で戦艦級もやれるんだけどな。いかにぶっ壊れ武器だかわかるが、それを使うにしても大出力の魔力炉などのジェネレーターが必要なわけだけど。
航空艦隊からの砲撃で、地上ごと耕したところに、同盟軍地上部隊が乗り込む。こちらも主力は魔人機やASであるが、そもそも警戒部隊と主力部隊では数が圧倒的に違う。
結果、どうなったか?
残存警戒部隊の半数以上が撤退した。しかし逃げ切れないと思った者、目の前に敵があれば戦えという脳味噌筋肉な命令を受けた者が踏み留まり……結局、数の差で圧倒され撃破されていった。
数分程度の足止めできれば上等――というのは、さすがに費用対効果があっていない気がするが……。敵の立場でなくて、つくづく思う。
同盟軍は、真・大帝国帝都にまた近づいた。
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