第13話、王都スピラーレ
草原の先に、ヴェリラルド王国の王都はあった。
かつて小高い丘があったそこに築かれた王都は、外敵からの襲撃に備える長大かつ頑強な城壁に囲まれている。
俺にとって、この王都は初めて訪れる土地だ。大帝国とも連合国とも離れた西の国にまでやってきた俺とベルさんにとって、ここは安らぎの場所となるか否か。
「ようこそ、王都スピラーレへ!」
アーリィーは両手を広げて、巨大な王都を背景に俺たちを歓迎した。……したのだが、すぐにその表情が曇った。
いまさらどのツラ下げて戻ったんだろうね、とアーリィーは悲しげに言うのである。
反乱軍討伐のために王都から出撃した王国軍。その総大将に担ぎ上げられたアーリィーは、名義上の指揮官であり、実際に采配を揮ったわけではない。
だが立場上、最高責任者であり、しかも敗戦した後となれば、堂々と王都に戻るなどできるはずもなく。
その辺りの見栄を張るくらいには、王子様を演じてきたらしい。
古今、負けても図太く戻ってきた将軍や王族など掃いて捨てるほどいる。
その中には後世が伝える大英雄や将軍だっていた。かの徳川家康だってボロ負けしたことがあったが最後には天下の将軍様だからな。
それはさておき、王都入り口の門には、当然の如く複数の兵士がいて、出入りする人間を監視し、また必要なら審査していた。
アーリィーなら、彼ら兵士の下へ行けば、そのまま保護してもらえて王城に戻ることができるだろう。そう言ったら、彼女は両手を合わせて。
「ごめん! ボクの近衛騎士か従者を呼んできてもらえないかな。戻るにしても、相談してからのほうが……」
などと言うので、俺は仕方なく、透明化の魔法をアーリィーにかけてやった。これで門の兵士たちの目をかいくぐるのである。
俺とベルさん、そして透明になったアーリィーは王都正面門へと行った。
デカい……。高さは十メートルくらいあるだろうか。幅も馬車が二台ほど余裕で通過できる広さがある。頑強な石造りの城壁は、生半可な地震が起きてもビクともしない重厚さと迫力を振りまいている。
「……王都は初めてで?」
門番の兵士に、声をかけられた。
鉄兜にチェインメイル、腰にはショートソード。メインはポールウェポンたる槍。中年の域に達するその兵士は気さくな声だったが、その目は笑っていた。
たぶん、俺の格好がいけないのだろうと思う。が、わざとなんだこれ。
「ええ、そうなんです。王都って大きいですね」
「身分証明になるものはもってるかね? 冒険者ならプレートとか」
「いえ、実は田舎から出てきたばかりで。王都の冒険者ギルドに入ろうと思っているので、まだプレートは持っていないんですよ」
俺は、いかにも素朴な少年を演じる。魔法使いのローブマントを身に付けているが、これは一般に出回っている中では一番安く買える代物で、持っている杖も木製の魔法杖である。
ド田舎から出てきた初心者魔法使い――門番さんの目が笑っているのも、いかにも都会に出てきたばかりの田舎者に見えたからだろう。
「そうかそうか。証明できるものがないか。じゃ規則だから、ちょっとカードを作ろうか……。名前と出身を教えてくれるかね?」
そう言うと同僚を呼んで、手早く手続きを開始する。この手の来訪者はそう珍しくないのだろう。対応が手慣れている。
「……よし、行っていいぞ。ただし、トラブルだけは起こしてくれるなよ」
「どうも」
俺は頷くと門を通過する。その足元をトコトコとついていく黒猫姿のベルさん。門番はそれを見やり小さく笑うと、仕事に戻った。
「……何とものん気なもんだな」
ベルさんは首をかしげた。反乱軍が迫っていたわけだから、もっとピリピリしてるものだと思っていた。
だがこの安穏とした空気をみると、反乱軍が消えた話は、王都に届いていると見るべきだろう。そうでなければ、こうも審査があっさりしているわけがない。
きっちりと石畳で舗装された王都の中央通り。王都の住民が行き交い、行商人や旅人、傭兵と思しき者の姿など雑多な印象だ。同時ににぎやかでもある。
ちらちらと獣耳の獣人の姿も見える。案外、他種族にも寛容な土地のようだ。これまで、獣人お断りとばかりに都市に入れない、なんてところも見たことがある。
「で、アーリィー。行き先は王城でいいか?」
王都中央、少し盛り上がった場所にそびえる王城。王都外縁からでもその偉容が建物の陰からのぞいていた。
「ううん、アクティス魔法騎士学校に行こうと思う」
少し声を落としてアーリィーは言った。
「いまボク、そこに住んでるから……」
「そうか」
王城ではなく、魔法騎士学校か。学生だって言っていたし、寮にでも住んでいるのかもしれない。
ともあれ、王都に着いたし、いよいよ、この王子を演じるお姫様とお別れの時か。そう思うと、どこか寂しくもある。
知り合ってわずか三日なんだけどね。
アーリィーの案内で、俺たちは王都を進む。
やはりホームタウンなのか、アーリィーの声は少しずつ明るくなっていった。王都にある建物とか、町の様子とか彼女が教えてくれたが、やがて王都東側にあるアクティス魔法騎士学校へと到着する。
頑強な城壁に囲まれた魔法騎士学校。
へぇ、こいつは、ちょっとした城だな。城壁の向こうには宮殿に見えなくもない豪奢な建物や尖塔がいくつも見える。非常時には籠城ができそうだな。
さすがに学校前では、アーリィーは透明化の魔法を解除した。どこかそわそわした感じだったが、彼女に導かれて正面門の前へ。
歩哨が顔を上げた。
「あ、アーリィー殿下!」
その姿を見かけた若い歩哨は駆けてきた。アーリィーは笑みを浮かべたまま、表情を引きつらせた。
「や、やあ、ランデッロ君。今日は君が門番の日なんだね……」
「殿下、お戻りになられたのですね! ご無事で何よりです!」
ランデッロ君と呼ばれた若い歩哨は声を弾ませた。まるで主人の帰りを待っていた犬のようだ。
「それで、お一人ですか殿下?」
「え? いちおう、ここまで付き添ってくれた人がいるんだけど――あれ?」
振り返ったアーリィーは言葉を失った。
何故なら、そこに先ほどまで一緒だった俺とベルさんの姿がなかったからだ。
アーリィーの表情が見る間に曇る。慌てて周囲を見渡し、忽然と、姿を消した俺たちの姿を探す。
「ジン……? ベルさん!」
すまん、アーリィー。
俺とベルさんは、透明化の魔法で姿を消すと、その場をそっと離れたのだ。挨拶もなしにお別れというのも気が引けるが、許せ。
『いいのかよ?』
魔力念話でのベルさんの声。俺は肩をすくめる。
『だってさ、このまま彼女と一緒にいたら、近衛なり従者なりに俺たち紹介されちまうぞ。そうなったら、ここまでの道中のことを色々説明しなくちゃいけなくなるだろ。名前とか覚えられちまうだろうし』
『報酬は? いいのか?』
『あれは面倒事に巻き込まれるなら、タダではやらないぞって意味で言っただけだし。それにあの時は影武者だと思っていたからな。本物の王子様なら話は違う』
正直、影武者を送り届けるより、王子様をお届けしたほうが謝礼はかなり期待できるのだが、今回は、ただ迷子を送り届けました、では済まないのが実情だ。
危険に見合うだけのお礼は間違いないが、その分だけ、色々こちらにとって都合の悪いことを詮索され、事と次第によっては目を付けられてしまう。
万一、王子様が女の子だったっていう秘密を知っているなんてことが、あちらさんに知られたら、機密を守るために命を狙われるなんて事態だってありうる。
『俺たちは、のんびりとやりたいんだ。いきなり国の連中にマークされたら困る』
『そりゃそうだ』
ベルさんが同意してくれた。連合国に利用され、排除されかけた俺たちである。
『ただ……』
俺は自分でも表情が険しくなるのがわかる。アーリィーにきちんとお別れのひとつも言えなかったことが心苦しくもある。根は素直だったから余計に。
『実に、惜しいことをしたと思う』
『何がだ?』
『アーリィーのことさ。あの娘、めちゃくちゃ俺の好みのタイプだった』
本音をぶちまけると、ベルさんは笑った。
『あっはっは、そういやジン、お前、金髪お姫様が大好物って言ってたもんなぁ。まあ、向こうは王子様だからな、諦めろ』
『諦めるも何も、たぶん、もう関わることはないと思うよ、ベルさん』
だからこそ、惜しい、のであるが。
ともあれ、ここから俺たちの新生活が始まるのだ。
アーリィーとは関わることはないだろうが、もしかしたら遠巻きにその姿を拝見するくらいのことはあるかもしれないな、と思った。
タイトル、変わりました。(英雄魔術師はのんびり暮らしたい)
ここでしばらくアーリィーさんはお休みです。
彼女の登場はかなり先になります。




