第148話、将来の話
その日は月明かりのない夜だった。
夜営する王国遠征隊。松明や魔石灯の明かりが浮かび上がり、警戒に立つ兵が外周に目を配る。複数の天幕が張られている中、その中心には王子専用の天幕があり、アーリィーの休憩スペースとなっている。
敷かれたベッド、そのシーツの下は俺が用意した高弾力スライムベッド。そしてそのひとつしかないベッドにアーリィーが寝転がっている。一仕事終えた顔で横になっている彼女を、俺は見守る。
夕方、ヴォード氏以下、上位冒険者が遠征隊に合流した。ポータルを経由すれば、移動はすぐである。
そこで俺はヴォード氏らを交えて、アーリィーと打ち合わせをし、その後、遠征隊の兵を集めて、士気高揚のための集会を開いたのだった。
アーリィーは騎士や兵たち――これから向かう戦場に不安を隠せない、強張った表情の者たちを前に、堂々と振る舞った。
援軍として駆けつけた上級冒険者たち。特に『ドラゴンスレイヤー・ヴォード』の名前を出し、本人が兵たちの前に現れると、さっと彼らの目が大きく開いた。
ヴォード氏が、最新の偵察情報によりオーク軍が残党レベルであること、第一次遠征隊を壊滅させた巨大ワーム『グリーディ』がすでに冒険者によって討伐されていることが発表された。……まあ、グリーディ・ワームを仕留めたのは俺なのだが、その部分は公表しなくてもいいことだ。
オーク軍の弱体化と、グリーディがいないことを知らされたことで、第一次遠征隊の生き残り組をはじめ、兵たちの表情から硬さが消えた。
その後アーリィーが、王都に戻ったらささやかながら宴を準備させている、と兵たちに告げた。オーク軍を壊滅させるための作戦はすでに進行中であり、後は明日以降の戦いに勝てば、目標はほぼ達成されたも同じであると言った。
騎士や兵たちは、完全に引き締まった顔つきになっていた。
『無茶をしなければ勝てる。皆、慌てず、命は大事に。王都に帰ったら胸を張って祝杯をあげよう!』
おおっ!――と、兵たちは力強く拳を突き上げた。
アーリィーは、指揮官として完全にその役割を果たした。不安を抱いていた兵たちの心にあった不安は、もはや欠片も同然だった。
負けるかも、死ぬかも、という思いから一転、勝つかもしれないという希望がわいたのだ。我らが王子殿下は、その点に一切の躊躇いもなく、はっきりと公言したことがそれを後押しした。
そうとも、この場に英雄ヴォードや凄腕の冒険者たちもいるのだ。魔獣退治のベテランが加わった今、数の減ったオークの軍勢など敵ではない!
兵たちが士気を盛り返したことで、アーリィーをはじめ、近衛たちが安堵したのは当然だったかもしれない。
「ジンのおかげだよ」
アーリィーは俺に言うのだ。
「ボクの言葉だけじゃ、きっとこうはいかなかった」
上級冒険者たちが実際に目の前にいたから、その言葉を信じられたのだと思う。言葉は人を動かすというが、言葉だけで人は動かないこともある。目に見えるものが、言葉に説得力という力を与えるのだ。まあ、わかりやすいってのもあるけどね。
「あとは、オーク軍の残りを片付けて、地下都市を押さえるだけだな」
どちらも下準備はできているから、特に問題なく遠征隊で目的を果たせるだろう。それでアーリィーは王都に戻り、彼女を密かに亡き者にしようとしていた国王陛下に勝利と任務達成の報告をする、と……。
「なあ、アーリィー。将来のことだけど……君は王様になりたいか?」
「え……?」
アーリィーがキョトンとした顔になる。そんな彼女の顔を横目で見ながら、俺は息を吐くように言った。
「君は、本来ならこの国の王位継承権第一位の王子。何もなければ、王様だ」
「……」
「だけど、君は、女だ」
「うん……」
アーリィーは俺に向けていた顔を逸らし、天井を見上げる。
「本当なら、王の後継者として、その準備をしておくべきなんだってのは思う。だけど……お父様は――」
アーリィーは言いよどむ。
彼女の父、エマン王はアーリィーを冷遇している。それどころか、後継者であるアーリィーを密かに亡き者にしようとしている。アーリィーが息子ではなく、娘だから。男と偽って育てた彼女の秘密、それが表に出る前に、そのまま闇に葬ろうとしているのだ。命を狙われているアーリィーは、父親が殺そうとしているなんて夢にも思ってはいないだろう。
このままでは、アーリィーは遅かれ早かれ排除される。王家のお家騒動なんて、本当なら他所のことと放置してもいいのだが、あいにくと俺はアーリィーに少なからず好意を抱いている。彼女が傷つくのは嫌だし、あまつさえ見殺しにするつもりなどない。
だから、何とかしようとするのだ。だが、そのためには知らなくてはいけない。アーリィーの真意を。
「君は、王様になりたいのか?」
俺は、それを問うた。




