第147話、俺氏、奔走する
ポータルで冒険者ギルドに戻った俺は、カウンターに赴く。受付嬢のトゥルペさんに、ギルド長への面会を求めた。
彼女はすぐに、ラスィアさんを呼んだ。ダークエルフの副ギルド長と合流した俺は、ギルド長専用執務室へ向かう。
扉を開けると、わずかに酒の臭いがした。
「おう、ジン。よく来たな」
ヴォード氏が自身のデスク、その椅子に腰掛け手を上げた。執務室にある応接テーブルに酒の瓶が見え、来客と飲んでいたようだ。俺の視線に気づき、ヴォード氏が苦笑した。
「まあ、古代竜討伐の話を聞きつけ、貴族様が来たのだ。他にも面会者が多くてな。今日も夕方から、王都の有力者に招待をされている」
「英雄殿はお忙しいようだ」
俺が皮肉れば、ヴォード氏もまた口もとの端を歪めた。
「そういう貴様も、別の意味で忙しそうだな。訪ねてきた用件を聞こうか?」
「今夜の予定をキャンセルしていただく用件ですが」
「それはまた……」
ヴォード氏の表情が真面目なものに変わる。
「何かあったのか?」
「現在、王国軍の第二次ダンジョン遠征隊が、地下都市ダンジョンの攻略を目指しています。我々が古代竜を討伐した、あのダンジョンで」
「ああ、確か、アーリィー王子殿下が指揮を執られているという」
「ええ。古代竜はいませんが、まだオークの軍勢が残っており……いや、正確にはオーク軍の残党がこの王都方向に移動しているのです」
「まさか、第二の王都侵攻か?」
「このまま進めば、そうなるでしょう」
そこで――俺は間髪容れずに告げた。
「ギルド長、遠征隊に参加していただきたい」
俺は状況を説明し、遠征軍の士気低下の件を伝えた。彼らの士気を回復させる一手段として、ドラゴンスレイヤーとして名高い『英雄』ヴォードにご出陣願う、と。
王都が誇る大英雄が参加したとあれば、兵たちは少なからず勇気づけられるだろう。何せ、英雄が捨て駒同然の戦いに参加するはずがないからだ。英雄が参加する戦いなら、生き残れる可能性が増す。兵にとって、生還の可能性は、士気にも直結する問題である。
「そんなにマズい状況なのか?」
「正直、オーク軍自体はどうってことないです。古代竜を相手にすることと比べれば」
そうとも、その気になれば、わざわざヴォード氏に頼むこともない。だが俺の力で連中を掃討しては意味がない。アーリィー率いる遠征軍が戦って勝たねば。
「なので、ヴォードさんには直接戦うよりも、周りの士気を高めていただくほうに力を貸していただきたい」
「おれにお飾りにでもなれ、と言うのか?」
「戦っていただけるなら、それに越したことはないのですが、兵隊たちにも働いてもらいたいので」
「ふん、貴様でなければ、ヘソを曲げる言い分だが――」
ヴォード氏は硬い表情で言った。
「貴様には借りがある。王子殿下にもドラゴン退治の際にご助力をいただいたからな。いいだろう、参加してやる。それはそうと……ひとつ、頼みがあるのだが」
「何でしょうか?」
「貴様の持っている、車……だったか? あれに一度乗りたい」
「はい?」
聞けば、地下都市ダンジョンで見かけた魔法車のことが気になっていたらしい。実際に動いているところは見ていないが、クローガやレグラスらの目撃証言を聞いて興味がわいたのだった。
「まあ、いいですけど」
……乗れる、か? 俺は、巨漢であるヴォード氏を見やる。車内が狭く感じるだろうなぁ、この身体だと。
それはさておき、まず最低限の目的であったヴォード氏の参加をとりつけた。
俺は冒険者ギルドの一階フロアに戻る。すると休憩スペースのほうから声をかけられた。
クローガ――Aランク冒険者であり、溌剌とした好青年。古代竜討伐にも参加した、気のいい人物だ。
見れば、他にも、アンフィ、ナギ、ブリーゼのAランクパーティー、ギルド長の娘であるルティがいて、ヴィスタにユナまで揃っていた。……なんという女性率。ハーレムですか、この野郎。
俺がクローガをからかえば、「他の男連中が皆、出払っているんだよ」と苦笑された。
何でも、古代竜討伐の戦勝パーティーを開こうという話をしていたらしい。……ほほう、君たち楽しそうだね。
「君も来ないか? もちろん、ベルさんも一緒に」
「いいですね、ぜひ!」
「よかった。君にはぜひ話を聞きたいと思っていたんだ。たぶん、皆もそう思ってるよ」
うんうん、と女性陣が頷いた。うわー、逃げてぇ……でも、我慢我慢。
「ただクローガさん、残念ですがどうしてもはずせない用事があるのです。……数日ずらせませんか?」
「用事?」
俺はとうとうと語る。王子殿下率いる遠征軍に参加していること。兵たちがやる気をなくして困っていること。もし彼らが負けたら、王都が危ないかもしれない、などなど……。
「なんだ、水臭いな。そういうことなら手伝うよ」
クローガが言えば、ヴィスタ、そしてユナも頷いた。
「ジンが行くなら、私も構わない」
「そうですお師匠」
ふむふむ、この二人はまあ声をかければすぐ来るだろうとは思っていた。
そこでアンフィが考え深げな表情になった。
「そうね。アーリィー王子様には借りもあるし。ちょっと手伝ってあげなくもないわ」
「いいのですか、アンフィ?」
ナギが少々驚いた調子で言った。アンフィは耳元にかかる自身の金髪を手で払う。
「嫌なの、ナギは?」
「いえ、意外だと思ったのです。だって王国軍と絡むんですよ? あなたは軍が嫌いなのでは……」
軍が嫌い? 俺が小首をかしげると、クローガが囁くような声で教えてくれる。
「彼女、王国に仕える騎士の家柄なんだけど、女だからという理由で家から騎士にならせてもらえなかったんだよ」
それで冒険者やってるのか。騎士になりたくても家から認められない。世の中を見渡せば女性騎士もいなくはないのだが、アンフィの家は相当厳格なのかもしれない。
「あたしのことはいいのよ」
アンフィは眉をひそめた。
「ジンの話を聞いた限りでは、圧倒的にヤバイ仕事ではなさそうだし。まあ、わたしは貸し借りは早めに清算する主義なのよね」
ふうん、と、黙って話を聞いていた斧戦士のルティさんが頷いた。
「そういうんなら、あたしも『何かあったら力になる』って言ったんだ。行くよ」
「ヴォードさんも来ることになってますけど、大丈夫ですか?」
俺が問うと、ルティさんは「うっ」とかすかに唸った。
「いや、まあ……うん、平気」
この様子だと、親子仲は本当にぎこちないのかもしれないな。まあ、いいや。
冒険者たちがこぞって参加を表明したおかげで、士気を補う助っ人は充分だろう。俺は次にラスィアさんに、帰還後に兵士たちに報酬として酒とか美味いものを手配できないか相談した。もちろん費用は俺が自腹を切ろうじゃないか。
「……ジンさん、そういうのって、王子なり王国なりが用意するものでは?」
「王子の個人資産なんてたかが知れてるものですよ」
家を継げば別だけど、それまでは個人が自由に使えるお金ってそうは……いや、そういうのは家によってそれぞれか。
エマン王の腹積もりとしては、第二次遠征隊には全滅してほしいようだから、仮に帰還しても大した褒美は出ないような気がする。他への示しもあるから、まったくないことはないだろうが。……って、確かに本当は俺が気にするものでもないんだがね。
「王国は兵たちに褒美を出すでしょうが、それにプラスしておいしい思いをさせてやりたいわけです。士気を高揚させるために」
ニンジン作戦である。人間というのは、現金なものだから。
「どうしてそこまでやるのか、私には理解できないのですが。……いいですよ。手配はしますが、あとで費用は請求しますからそのつもりで」
「ありがとうございます」
さて、あとはアーリィーのもとに戻って、兵たちに助っ人の存在とご褒美をちらつかせるだけである。




