第144話、英雄たちの凱旋
冒険者ギルドに戻れば、それはそれは大きな騒ぎとなった。
竜殺しの英雄ヴォードがエンシェントドラゴンを討伐した。ギルドにいた冒険者たちは、我らがギルドマスターが、その武勇に新たな足跡を残したことに歓喜した。
討伐に参加した冒険者たちも、周囲からの賛辞を受け、喜びを分かち合っている。
俺は初心者装備だったせいか、そういった歓迎の輪から早々逃れることができた。ベルさんはとっくに猫の姿に戻り、俺の肩に乗っている。
やっぱ、ヴォードさんは絵になるな、こういう時。俺がギルド一階フロアの端に移動して温かな視線を歓喜する一団に向けていると、ギルド長の娘にして討伐に参加したルティさんがやってきた。
「まあ、何と言うか……君のほうをもっと称えるべきだと思うんだけどな、あたしは」
「いえいえ。古代竜を倒したのはヴォードさんでしょう? 彼は称えられて当然だ」
そう、間違っていない。他の冒険者のアシストはあったが、エンシェントドラゴンに一番の打撃を与え、かつ倒したのはヴォード氏である。
「でも、君がいなければ、親父はドラゴンを倒せなかった」
俺の隣に座り、ルティさんは、祝福される父親と仲間たちを見やる。なにやら複雑な心境が窺える横顔だ。
英雄と称えられる父のことが嫌いなのだろうか……? うん、まあ、そうだとしても家族の問題でしょう。俺には関係ないっていうか、口出しするようなものでもないっしょ。
「……俺はアシストしただけです」
俺は席を立つ。
「外で戦っていた者も、防御魔法に徹した魔術師たちも、そして前衛も、みな討伐のためにアシストした。俺だけじゃない。皆で勝ち取った勝利ですよ」
もちろん、あなたも――俺がそう言えば、ルティさんは小さく笑みを浮かべた。
「ありがとう」
すっと手を差し出された。
「何かあったら言って。力になるから」
「どうも」
握手で応えた後、俺はギルドを後にした。肩に乗ったままのベルさん、その首の下を撫でてやる。
「何か言わないのかい、ベルさん?」
「オイラに何を言わせたいんだ?」
「いや。ずっと黙ってるからさ。何か気になることでも?」
「いんや別に……」
「言えよ。何かあるんだろう?」
どうもベルさんは拗ねているようだった。俺に促され、黒猫は言った。
「古代竜の肉をもっと喰いたかったなぁって思ってさ」
ああ、なるほど。皆で山分けしてしまったから。俺も肉はもらったけど、ベルさん的には、それだけでは不足しているのだろう。……何せ古代竜の肉など、レア中のレアだから。
・ ・ ・
ここからは聞いた話も含める。
冒険者ギルドによる古代竜討伐の話は、王城を含め王都全体に広がった。……何せ、古代竜の素材という証拠の品があるからな。
エンシェントドラゴンにトドメを刺したヴォード氏の名声はさらに高まった。その戦いに加わった冒険者たちも、皆から称賛を浴びたし、その参加者たちは古代竜素材から作った武器や防具などを身に付けることで、さらに注目を浴びた。
まあ、俺とベルさんは、そんな目立つことしなかったから、特に騒がれることはなかったけどね。
ただ、参加した冒険者――特にクローガとレグラスは、俺がBランクに昇格したと知っても、それでは低すぎるのではないかとヴォード氏やラスィアさんに物申したらしい。
ルティさんも言っていたが、参加冒険者の中には、俺がいなければ討伐できなかったと思っている人間がいたということだ。……人から評価されるのは嬉しいよね。
とはいえ、実際に俺がアシストしかしていない、という点を指摘する者もいた。Aランク冒険者パーティーの自称美女魔法剣士のアンフィがその筆頭だ。もっとも、彼女の場合はネガティブな意見としてではなく、事実は事実だから、と冷静に言ったらしい。
『本人がBランクでいいって言ってるんだから、それでいいでしょ?』
同時に『彼は謙虚なのね』と笑っていたらしい。
一方で、俺とベルさんはというと、しばらく王都を離れた。
アーリィー率いる王国軍のダンジョン遠征隊に参加するためだ。もともと約束していたし。魔法車を飛ばせば、追いつくのはすぐだった。
王国遠征軍の中にあって、近衛に護衛されたアーリィーは白馬に乗っていた。追ってきた馬車(擬装魔法のせいでそう見える)に兵たちは緊張したが、アーリィーや近衛たちが俺に気づくとすぐ通してくれた。
遠征隊の戦力と行軍日程を軽く打ち合わせたのだが……うん、ちょっとこれは思った以上によろしくない感じだった。
兵の数は輜重(輸送などの補助人員)含めて500人。しかも第一次遠征隊の敗残兵を入れてのこの戦力。エマン王がアーリィーを密かに葬ろうとしているのを知っている俺から言わせれば、明らかに「死んでこい」と言わんばかりの編成だ。
仕方ない。ちょっと細工をしてこようかね。俺はアーリィーの警護を依頼されてる身でもあるわけだから――というのは建前。本音は彼女に死んでもらっちゃったら困るという、極めて個人的な理由だ。
これからアーリィーたちが戦うことになるオーク軍。地下都市ダンジョンのコアはすでに失われた。急激に数が増えるなんてことはないだろうが、まだそれなりの数が残っているはずだ。
前回の第一次遠征隊が失敗した最大の要因であるグリーディ・ワームは排除したが、今回の第二遠征隊は前回より兵力が少ない。そうであるなら、オークの軍勢の数を削ってやるのが、後々のためにもいいだろう。
・ ・ ・
ヴェリラルド王国王都――
夜となり、酒場は騒がしくも客でごった返す。今日は冒険者たちが特に派手に騒いでいる。
とかく、エンシェントドラゴンを、王国が誇るドラゴンスレイヤー、ヴォードとその仲間たちが討伐した、という話題だ。
冒険者や近くにいた酒場の客たちは、その英雄譚に耳を澄まし、喝采をあげている。
そんな中、フード付きの黒い外套をまとう女冒険者が、淡々とした表情でエールを呷っていた。
フードはとっているので、短めの黒髪は露わだ。顔立ちは、普通である。美人ではないが不細工でもない。身体つきはスラリとしていて、これまた女性としては外見上、目立つ要素がなかった。
声をかける者はいない。何故なら常連は、その女に声をかけられても冷たくあしらわれることを知っているからだ。外套の下にはチェインメイルを着込み、ツールベルトにはバトルナイフ。馬鹿な酔っ払いが手を出して、首をかき切られそうになったというのは、もはや語り草にもなっている。
名前は、メンティラと言う。冒険者であり、ランクはD。これまた目立つような依頼を果たしたわけでもなく、知っている人は知っている程度の存在だ。
――ダンジョン『エーアスト』は沈黙、と。
メンティラはエールを流し込みながら、心の中で呟いた。
ヴェリラルド王国は第二次攻略部隊を、彼らが『地下都市』と呼称するダンジョンに派遣している。その間を縫うように王都にもたらされたダンジョンコア、古代竜の討伐。第一次攻略部隊が散々に打ちのめされた直後に、冒険者ギルドが精鋭冒険者を集めて攻略に当たったのだろう。
だが謎が残る。メンティラは胡乱な目を、さも討伐を見てきたように語る冒険者へと向ける。
ヴォードは王都にいたはずだが、どうやってこの短時間で地下都市――コードネーム『エーアスト』ダンジョンに行って竜を倒したのか。
――ま、転移魔法の類だろうが、その術者は誰か。
メンティラの把握している中では、王都冒険者ギルドに転移の使い手はいないはずだ。王国の魔法団か? いや、そのような伝説級の魔術師は王都では確認されていない。なにか希少な魔法具でも使ったと考えるのが無難か……。
もう少し、調査が必要だな――メンティラは勘定を済ませると、酒場を後にする。
フードを被り、夜の王都をぶらぶらと歩く。
「もう一騒ぎ、起こす必要があるか……」
Dランク冒険者メンティラ。それは表の顔。彼女の真の仕事は別にある。
とある国から送り込まれた工作員――彼女の仕える国は、大帝国という……。




