第1434話、敵迎撃艦隊、迫る
シーパング同盟軍は、真ディグラートル大帝国国境を越えた。
国境防壁であるディグラートル・ラインを寸断し、陸上部隊が大帝国領内に雪崩れ込む。
魔人機部隊は、敵魔人機と剣や斧を手に派手に激突する。空の上から見下ろしていると、歩兵同士が肉弾戦をしているようにも見える。さすが人型兵器。
魔人機の基本は近接戦。中世の騎士よろしく格闘戦で挑む。これは防御障壁を搭載していて、飛び道具があまり通用しない、というせいもあるんだけど。
その点、うちのシーパング軍は、防御障壁を貫通する弾薬を持たせているから、射撃戦闘で敵の魔人機を倒せるんだがね。
粉砕された防壁の間から、どんどん同盟軍陸軍が乗り込んでいく。橋頭堡の確保――これまでも転移なりで、真・大帝国領内を暴れ回ったんだけど、今回は一撃離脱ではない。
じっくり腰を据えて、真・大帝国解体まで持って行く戦いだ。後続部隊の進路啓開のためにも、壁を崩して、通り道を確保しなくてはならない。
「このまま帝都に一直線!」
俺たちの進撃ルートは単純明快だ。大帝国領に走る帝都まで伸びる大街道を通って、帝都へ向かう。
一点集中。いかにもシーパング同盟らしいやり方だ。
「これで、速度もガンガンにかっ飛ばして突き進めば、電撃戦の再現だったんだろうが」
俺が言えば、黒猫姿のベルさんが首を傾げた。
「敵の対応より早く、中枢へ乗り込み、そのまま制してしまう戦術だっけ?」
俺のいた世界で、第二次世界大戦の頃、ドイツがフランスを短期間で降伏に追い込んだ戦術だ。空陸一体の迅速なる機動。敵司令部が前線に指示を出すよりも、さらに早く攻め上がり、対応を後手後手にさせ、時間がかかりそうな戦場は迂回し、ひたすら前進する――
「これができたのは、対応したフランス軍が司令部の指示がなければ、勝手な行動が許されない軍隊だった、というのも影響している。一方のドイツ軍は、前線指揮官に司令部の命令がなくても臨機応変な判断、行動が許されていた」
機械の、特に戦車の性能じゃ、当時はフランスのほうが陸軍大国で優れていたんだけど。そこを作戦と、前線指揮官たちの果断な決断、空軍の支援などで、ドイツが一気にフランスの指揮系統を潰して降伏に追いやった。まだフランス軍には戦力はあったが、首都にドイツ軍が迫ってきて、もう終わりだ、と思ってしまったというね。
「へえ、お前さんの世界の戦争も割と興味深いな」
ベルさんは笑った。
「でも、今回はその電撃戦ではない」
「シーパング同盟の、いやウィリディス軍の基本戦術は、敵を迂回するのではなく、敵部隊を破壊することだからね」
戦わずに勝つのが孫子の兵法だが、敢えて戦って敵を潰すのが、うちの戦略なのだ。
何度も言うが、真・ディグラートル大帝国の軍を構成する戦力の中心は、親衛隊とクローンである。こいつらは、カルトみたいなもので、指導者がいなくなろうとも神のように尊敬しているディグラートルの理想を果たすためなら最後まで戦う。
司令部を潰したら降伏する、というまともな対応は期待できない。ならばどうするか? 敵は全て叩くのだ。
連中は兵隊はクローンでいくらでも補えるつもりだろう。だが命令を下す大帝国親衛隊は、クローンではない。戦闘で敵部隊を叩いていけば、大皇帝信者も減っていくだろう。大皇帝への絶対的な忠誠心を、クローンたちは持ち合わせていない。
この戦いは、言い方は悪いが、戦争ではなく、害虫駆除に似ている。諸悪の根源となっている親衛隊を無力化させる戦いなのだ。
だから行動する敵部隊は、全て等しく撃滅する。こちらが一点集中で帝都に攻める動きを見せれば、相手にされていない部隊を動員して迎撃してくるだろう。野戦に引き込み、民間人のいる都市での戦いを避ける――そのための全軍での帝都進撃なのだ。
ドイツは、フランスに現状把握を許さず、全軍を相手にしないことで勝った。だが俺たちは、敢えて真・大帝国に現状把握をしてもらって、司令部の正常な指示のもと、迎撃してもらう。そしてやってきた奴らを全力で潰すのだ。
ベルさんが口を開いた。
「そのためには勝たなきゃ意味がないがな」
「その通り」
一点集中して負けたら、それで終わりだからね。こっちだって楽観も油断も許される状況ではない。
戦争をしているのだ。相手があることで、こちらの想定を上回ってくること、予想外のことは往々にして起きる。
その時、オペレーター席のラスィアが振り返った。
「前衛警戒艦隊より入電です。真・大帝国航空艦隊、シーパング同盟艦隊に向かって接近中!」
「来たな、真・大帝国艦隊」
制空権を獲得したほうが、戦いってのは有利。航空艦が地上に艦砲射撃を仕掛ければ、地上部隊では手も足も出ない。こちらが野戦でそれを狙っているように、真・大帝国としても、こちらの艦隊を撃破すれば、空中から同盟軍陸軍を攻撃できる。
その制空権を確保するため、艦隊同士がぶつかるのは、必然である。
「定番ではあるな」
ベルさんが言えば、俺も思わず皮肉る。
「ヴェリラルド王国国境を攻めてきた大帝国軍と、毎回ズィーゲン平原でぶつかっていたからな。……まあ、今回はこちらが攻撃側だが」
いつも最初にぶつかるのは艦隊と航空機だった。真・大帝国にとっても、艦隊で勝てば、攻めてきたシーパング同盟地上部隊を蹴散らせると思っているだろうから、事実上の決戦なのよな。
戦術モニターに、遥か前方にステルス航行で、姿を消している潜空艦からの報告が表示される。
真・大帝国艦隊は二つに分かれていて、それぞれ戦艦36隻、空母18隻、巡洋艦66隻、駆逐艦100以上が確認されている。
……これだけの数が揃うのも大皇帝の遺産と、大量配備クローンの力なんだろうな。
「定石なら、敵はまずは航空機を出して、先制攻撃を仕掛けてくるだろう」
「そしてこっちも戦闘機を出して迎撃する」
ベルさんは口元を緩めた。
「いつものやつだな」
「流れはな。だが、スティグメ吸血鬼帝国と真・大帝国の戦いを見て考えれば、敵航空機は全部、自爆体当たり機の可能性が高い」
クローンパイロットを、結界水晶なり防御障壁搭載の飛行機に乗せて、シーパング同盟艦に突っ込ませて撃沈する。
「機体が防御マシマシだから撃墜するのも難しいし、大帝国の戦闘機は、うちのファルケみたいに小型で機敏。これが全部突っ込んできたらさすがにヤバい」
「もうそれ、実質ミサイルなんだが?」
「あそこまで臨機応変に回避できる高性能ミサイルは、なかなかないと思うけどね」
クローンを特攻兵器にしようってのは、吸血鬼帝国も大帝国もやっていたことだ。連中の強みでもあり、この辺りが通用するなら、真・大帝国もこの戦いに勝機を見いだしているのだろう。……これね、対応を間違えたら普通に俺らの全滅もあり得るんだよね。もちろん、そうはさせないんだけど。
こちらも想定はしているし、手は打つ。それで何とかなる。
問題は、こちらが把握していない新しい兵器や戦術を敵が投入してきた場合、なんだよな。
だから、油断はしてはいけないんだ。
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